第160話あらやだ! 鳥人だわ!

「我はスピア第一軍団の軍団長、クフォーである! ノース・コンティネントの皇帝はいずこにおわす!」


 甲板に出るとずらっと黒衣の集団が二十人ほど並んどった。身体にぴったりと合うた薄手の服を着とる。胸には紋章のようなもんが刻まれとって、おそらくやけど雷雲を模したもんやろな。全員、頭をすっぽりと隠す兜を被っとった。

 そん中で一番の長身で、胸に勲章のようなもんを付けとる、クフォーと名乗る男が声高に皇帝を呼んどる。


「首席補佐官のシヴ・フォン・クロバーです。失礼ですが――」

「首席補佐官? 皇帝はどこに居るのだ?」


 シヴさんの言葉を遮って、偉そうに言うたクフォーの顔は、明らかに馬鹿にしとった。

 細目で頬がこけとるくらいの痩せぎす。口は大きくて、甲高い声。

 流石にシヴさんもムッとしたらしく「陛下はもうじきいらっしゃいます」と素っ気無く答えた。


「ふん。客を待たせるとは。皇帝とやらは傲慢なのだな」


 いや、あんたのほうが傲慢やろと言いかけたけどやめた。

 それにしても、鳥人いうてもどこに翼があるんやろか? あたし、鳥人のこと詳しくないから、結構興味があるんや。


「……なんだ小娘。さっきからじろじろと見て」


 不審そうにあたしを見るクフォー。


「あ、ごめんな。気にせんでくれ」

「皇帝も傲慢なら、乗客も傲慢なのか?」

「謝っとるやないか。それにもうすぐ皇帝が――」


 来るかもしれんでと言いかけたとき、クフォーが素早く腰に帯びてた剣を抜いて、あたしの首筋に突きつけた。


「無礼者めが! 我を見下しているのか!」

「気が短すぎひんか?」


 隣に居たアイサちゃんが「ゆ、ユーリさん!」とあたしの袖を握った。怖いんやろな。


「見下してへん。気に障ったんやったら、きちんと謝るで」

「……貴様は何故怯えない? 剣を突きつけられているのに」


 まあイレーネちゃんとの戦いを考えれば、喉元に剣を突きつけられても怖ないな。


「よしなさい。人間如きに苛立つなんて、鳥人の誇りに傷がつくわ」


 クフォーの後ろから鈴の転がるような甘い声がした。

 クフォーは「しかし姫……」と後ろを振り返った。


「この私が、不問にしろって言っているのよ」


 そこに居ったのは、黒いドレスを着た、めっちゃ可愛い女の子やった。目が大きい。左右で色が異なっとる。右目が黒で左目が青かった。オッドアイちゅうやつやな。薔薇のように赤い唇。頬もほんのり赤い。歳はあたしの一個下くらいや。


「……姫がおっしゃるのなら」


 剣を納めて、跪いてからクフォーがそう言うと「それでいいのよ」とにっこりと笑うた。


「あなた。お名前は?」


 微笑みながらあたしの名を訊ねる、姫と呼ばれた少女。


「あたしの名前はユーリ・フォン・オーサカ。あんたは?」

「おい! 不敬だぞ!」

「いいのよ、クフォー。私の名前はルウ。よろしくね」


 ルウちゃんか。良い子そうやんか。


「やあ。お待たせしました!」


 気さくな挨拶で甲板にやってきたんは、さっきまで自分の養子が怯えとる姿をにやにや笑いながら見とった皇帝やった。


「どうも。北の大陸で一番偉い人、ケーニッヒ・カイザー・ソクラです」

「…………」


 誰も何も言えへんかった。ひゅうっと冷たい風も吹く。


「あれ? 面白くなかったですか?」

「皇帝。これが俗に言う、滑ったちゅうやつや」

「ありゃ。これは困りましたね。あははは」


 皇帝が困ったように頬を掻くと――いつの間にか黒衣の集団が私たちを囲った。


「……ここまで我らを馬鹿にしたのは、貴様らが初めてだ」


 なんでこないに喧嘩っ早いんやろ?


「……鳥人は全種族の中で最も気が短い種族です」


 シヴさんがこっそりと耳打ちした。ああ、そうやったんか。


「皇帝と言えども、ここで――」

「斬る? どうやってですか?」


 皇帝が再び抜かれたクフォーの剣を指差す。

 いつの間にか、真っ二つに折れとった。


「なっ――なんだと!?」

「ルウ姫、でしたね。招待に応じていただいて、恐悦至極に存じます」


 ざわめく黒衣の集団を無視して、皇帝がルウちゃんに挨拶した。

 ルウちゃんも唖然としとったけど、気を取り直したらしく、優雅に返した。


「こちらこそ。私も皇帝陛下に会えるのを心待ちにしていたのですよ」

「嬉しい御言葉ですね。それでは船内にどうぞ」


 皇帝が促すとルウちゃんは「その前に一ついいですか?」と私を見ながら言うた。


「先ほど、そちらの女性がクフォーに対して無礼を働きましてね。その償いをしていただけませんか?」


 げっ。思わぬ反撃やった。しかも嫌らしい笑みを浮かべとる。可愛らしいくせに性格悪いやんか。


「償い? ユーリさんが無礼ですか……仕方ありません。決闘をしましょう」

「ど、どういうこっちゃ!?」


 突然の決闘宣言にあたしは思わず皇帝に詰め寄った。

 ルウちゃんも想定していなかったらしく目を白黒させとる。クフォーと黒衣の集団はどよめいてとる。


「北の大陸では名誉を傷つけられたら決闘をするのですよ。ですよね、ユーリさん」


 いや、そないな決まりはない……そう言いかけたけど、皇帝が目配せしとった。

 はあ。しゃーないな。


「そうやな。決闘するしかあらへん」

「しょ、正気ですか!? 子どもと鳥人の軍団長を戦わせるんですか!?」


 ルウちゃんは焦ったように手を振り回しながら断ろうとするけど、皇帝は意地悪く「仕方ないじゃないですか」と肩を竦めた。


「鳥人の姫が皇帝に抗議したんですから。非公式だとしてもね」

「――っ! 分かりました! クフォー! 勝負してあげなさい!」


 クフォーは躊躇しとったけど、先ほどのやりとりを思い出したのか「代わりの剣を貸せ!」と傍の者に命じた。

 やけになっとるなあ。


「なあ皇帝。どないする気なんや?」


 こっそりと皇帝に呟くと「適当に痛めつけてあげてください」と口元を抑えながら笑うた。


「向こうはあなたが鉄血祭の優勝者だと知りませんからねえ」

「ほんまええ性格しとるわ……」


 甲板の上であたしとクフォーは向かい合った。クフォーは既に剣を抜いとった。左手にはもう一本の剣を持っとった。


「それでは、いつでも始めていいですよ」


 遠くから皇帝の適当な声が聞こえる。他の人らは遠巻きに見守っとる。


「……これを使え」


 あたしの足元に剣が投げられた。


「丸腰の相手と戦うのは恥だ」

「お優しいなあ。でもええでこのままで」


 そう返すとクフォーは「後悔するなよ!」と言うて斬りかかってくる。

 あたしは「アイス・マシンガン」と合成魔法を使った。

 次々と発射される氷の塊。クフォーは「うおおおお!?」と驚きながらも剣で弾く。


「近づかんと攻撃できひんでー」

「氷の魔法だと!? 聞いたことないぞ!」


 するとクフォーはその場で跳躍した――いや、空を飛んだ。


「おお! 背中から翼生えとるやんか!」


 まるで天使のようやなと感動を覚えた。物凄く大きい翼をはためかせながら、クフォーはどう攻めようかと考えとる様子やった。


「でもなあ。空飛ぶだけやったら、うちの妹でもできるし、あたしもできるんやで!」


 あたしは氷の足場を作り、そのままクフォーに向かって伸ばし続けた。


「な、なんてでたらめな!」

「行くで! アクア・バズーカ!」


 クフォーよりも高く飛んで、そっから上級魔法で攻撃する。

 巨大な水の塊がクフォーに直撃した。


「ぐげええええええ!」


 潰れたカエルのような悲鳴をあげながら、クフォーは甲板に叩きつけられた。

 ふう。これなら文句あらへんやろ。


「勝負あり! ユーリさんの勝利!」


 皇帝の宣言であたしの勝利が決まったけど、なんかしっくりけえへんな。


「凄い……! ユーリさん、そんなに強かったんだ……!」


 走ってあたしに近づいたアイサちゃんが尊敬の眼差しで見つめとる。


「あはは。どうやった? 格好良かったか?」

「うん! 凄かった!」


 皇帝も「いやあ。予想以上でしたよ」と笑いながらこっちに来た。


「素晴らしいですね。流石と言うべきでしょう」

「なあ。鳥人の軍団長ってこんなもんか?」

「彼も強い部類ですが、ユーリさんが強すぎるんですよ」


 あたし、そないに強なってたんか?


「クフォー! しっかりしなさい!」


 ルウちゃんが気絶しとるクフォーにビンタしとる。

 まあ水の塊やからそないにダメージあらへんやろ。上級魔法言うても、威力殺したし。


「これで文句はありませんね? ルウ姫」


 皇帝がにやにやしながらルウちゃんに近づく。ルウちゃんは唇を噛み締めながら「仕方ありません……!」と悔しそうにしとる。


「ついでに、私のお願いも聞いてくださったら、嬉しいのですが」

「なんですか? 聞くか聞かないかは知りませんけど」


 拗ねた子どものようなルウちゃんに皇帝は言うた。


「今回の会議、私に味方してください」


 えっ? こないなところでそないなこと言うんか? 

 みんなもそう思うたとき、続けて皇帝は言うた。


「そろそろ、敵対種族という差別をやめるべきだと思いませんか? 私は全種族の平等を提唱します」

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