第157話あらやだ! 仲直りだわ!
「というわけでユーリさんの優勝を祝しまして、鉄血祭の打ち上げをしようと思います。みなさん、グラスを持ってください」
クラウスの仕切りでささやかながら宴が開かれた。会場はメノウさんの家や。ほんまは宿屋でやろう思うたけど、他の客の迷惑になるからとクヌート先生が言うたから、ランドルフが無理言ってくれたんや。
「それでは、ユーリさん。一言よろしくお願いします」
みんなの目線があたしに集まる。デリアたち三年生とエルザたち一年生。クヌート先生とアデリナ先生。そしてメノウさんの前で、あたしは正直なことを言うた。
「はっきり言うて、あたしが優勝できるとは思えへんかった。もしもルールのない真剣勝負やったらあっさりと負けてたかもしれん」
「そうだな。俺だって――」
「キールくん。ユーリさんの挨拶だから」
アルバンに窘められたキールは「うぬぬ。すまない……」と謝った。
「えー、幸運もあったし、くじ運もあったけど、優勝できたことは素直に嬉しい。みんな思うところもあるやろうけど、せっかくの宴や。遺恨なしで楽しもうや」
そしてあたしはグラスを傾けた。メノウさんが作ったと言うてた見事なガラス細工の杯や。中の液体がキラキラ輝いて美しい。
「ほな、乾杯!」
みんなも乾杯と言うて、グラスを口元に運んだ。
うん。ぶどうジュースやな。美味しい。
「みなさん。今日は僕とアルバンくんが腕によりをかけて料理を作りました。楽しんでください」
ハンバーグ、ピザ、お好み焼き、たこ焼き、刺身。ご飯ものにデザートもどっさりある。
「アルバンくんは何を作ったの?」
エルザがピザを食べながら訊ねる。アルバンは恥ずかしそうに「デザートを作ったよ」と答えた。
「ほう。クラウスの実力は知っているが、アルバンも結構やるな。このケーキ、なかなかの絶品だぞ」
クヌート先生が甘そうなケーキを頬張って、手放しに褒めた。おそらく昔懐かしいバターケーキだと思う。あたしも一口食べてみたけど、めっちゃ美味しかった。
「なあクラウス。あんたが教えたんか?」
「いえ。今回のデザートを考えるよう彼に課題を与えたんですよ。ちょうど鉄血祭で予選落ちしましたからね」
「たいしたもんやなあ」
クラウスは口々に褒められとるアルバンに聞こえへんように呟いた。
「お菓子作りでは僕よりも才能がありますよ。アルバンくんは」
将来のお菓子職人、もしくはパティシエ候補やな。
「さてと。デリア、イレーネちゃん。もう仲直りしたんか?」
あらかた食べ終わった頃、あたしは目を合わせようとしない二人に話しかける。
もう互いに怒ってはおらんけど、なんや気まずいんやろな。
「わ、私は、別にもういいわよ!」
デリアが強がってそないなことを言うた。
イレーネちゃんのほうも「私も気にしてませんから……」と素直になれてへん。
叱るのは簡単やけどな。どないしよ……
「イレーネさん。少しいいですか?」
そんな中、声をかけたのはロゼちゃんやった。さっと顔色を変えるイレーネちゃん。
「何か用?」
「……私は、アスト公として、イデアルとの戦争の犠牲者に謝る必要があります」
後ろでエルザがはらはらしながら見守っとる。あたしもみんなも緊張感に包まれとる。
「うん? なんで戦勝会なのにギスギスしているんだい?」
唯一事情が分かっとらんメノウさんだけが不思議な顔をしとった。ランドルフが説明をしようとする。せやけど――
「どんな事情があるにせよ、友人と後輩との仲が悪くなるのは、あんた自身不幸なことだと思わないかい? イレーネ?」
おお。ズバッと誰もが言いたいけど言えへんことを言うたメノウさん。
するとイレーネちゃんは感情を爆発させた。
「私だって! 嫌ですよこんなの! でも、仕方ないじゃないですか! 恨みや憎しみは忘れられないんですよ! アストの人間が憎くて仕方ないんです! 母と弟を殺したアストの王族が!」
メノウさんがきょとんとして「この子がそんなことをしたのかい?」と訊ねた。
イレーネちゃんは言葉に詰まってしまう。
「うん? 違うのかい? じゃあなんでこの子を責めるんだ? おかしいじゃないか」
「そ、それは……」
「この子……えっと、確かロゼだったね。さっき謝罪とか言ってたけど、別にする必要はないさ」
なんでもないように言うメノウさん。怪訝そうな顔でデリアは「どういう意味よ?」と訊ねた。
「そのまんまさ。ロゼはイレーネの家族を直接は殺してないんだろう? 命令もしてないし、なんなら王族ってだけでまったくの責任はないんだ。そんな子に――」
「メノウさん。もうええ」
あたしはメノウさんを止めた。
「そないなこと、イレーネちゃんも分かっとる。でもな。理屈やないねん」
「……ああ。だからあんたは何も言わないんだね。ユーリ」
あたしは「イレーネちゃん。もうええやんか」と近づいて、抱きしめた。
「ユーリ……」
「あんたが本気なら、いつでも復讐できたやんか。でもせえへんかったのはそういうわけやろ?」
もしもロゼちゃんを本気で憎んでたら、いつでもどこでもなりふり構わずに乱暴したはずや。それをせえへんかったのは……
「……なんでもお見通しなんですね。ユーリは」
「そんなんちゃうわ。さて、後はあんたがどう決着つけるかやな」
イレーネちゃんから離れる。
ロゼちゃんと向き合って――そして話し出したんや。
「私は、今でも許せない気持ちで一杯です。でも、いつか折り合いを付けなきゃ行けないと思います」
イレーネちゃんは、ここではっきりと言うた。
「いつか、あの日の食堂みたいに、笑い合えるように、私も努力します」
まあ、そこが落としどころやな。
「ロゼちゃん。今までごめんなさい」
そう言って頭を下げたイレーネちゃん。ロゼちゃんは涙目になりながら「私も、ごめんなさい……」と呟いた。
「はあ。やっとこれで普通に戻ったわね」
デリアが気の抜けたことを言う。あたしはここぞとばかりに油断しとったデリアに質問した。
「なあ。イレーネちゃんと話せなくて寂しかったんか?」
「当たり前でしょ……はっ!」
思わず本音を言うてしもうたデリア。周りがにやにやしだす。
一気に顔を真っ赤にさせて、あたしを睨む。
「……ねえ。前々から思ってたけど、あなたは私を恥ずかしがらせたいの?」
「やっと気づいたんか?」
「……エクスプローション!」
あたしに向けて爆裂魔法が放たれた! 音は派手やけど、意外と威力は小さい。それでも後ろに吹き飛んでしもうた。
「なにすんねんな!」
「あなたは! 本当に! 馬鹿なんだから!」
まあこの後、イレーネちゃんとデリアも仲直りして、わだかまりは無くなった。
あー、良かったわ。
「それで、ユーリさん。あんたはどんな武器を望んだんだ?」
場が和やかになったのを見計らって、ランドルフが話しかけてきた。
「うん? ああ、外科用のメスとかの医療器具をもらうことにした。ランドルフが持ってきてくれたもんは、いつの間にか変態のもんになってしもうたし」
「……そういえば、あの変態に貸したままだったな」
するとラウラちゃんが「ユーリさんは武器を使わないんですね!」と元気よく訊いてきた。
「そうやなあ。あたしは武器を扱いなれとらんからな」
「もったいないですよ! ユーリさんのセンスなら、一流の使い手になれるのに!」
まあ武器なんて持っとったら危ないしな。
「あ、それと言い忘れていたことがあったな」
「うん? なんやクヌート先生」
後片付けをしとったときやった。
すっかり酔っ払ったクヌート先生がにこにこしながらあたしに言うた。
嫌な予感がした。
そしてそれは見事に的中した。
「ユーリ。お前首席で卒業が決定したから。それから風の月に皇帝陛下と一緒に世界会議に出席しろ」
……どっちに驚けばええのか、分からん。
「えーと、クヌート先生?」
「それから就職先も決まっている。それから――」
「待てや! それからがとんでもないねん!」
「――世界会議の会場はサウスだ」
クヌート先生はにやつきながら言うた。
「今度はどんな無双を見せてくれるのか、楽しみにしているぜ」
うーん。殴りたいな。この教師。
詳しい話は聞けんかった。クヌート先生はその場で眠り込んでしもうたからや。
アデリア先生が介抱しとるのを呆然と見てしまう。
「世界会議ですか。いよいよ平和の聖女が世界デビューするんですね」
「クラウス。今のあたしにそんな余裕ないわ……」
面白がるクラウスに力なく返す。
一難去ってまた一難、やな……
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