第156話あらやだ! 氷と溶岩の決着だわ!

 ハンシンを見た観客のどよめきが闘技場全体を包み込む。


「なんとユーリ選手! 魔物を自身の魔法で創り上げた! はたして溶岩使いのイレーネ選手は対処できるのでしょうか!」


 実況の言うとおりや。あたしのハンシンにイレーネちゃんがどう対応するのか――そこがミソになっとる。『奔流』は威力も範囲も高いゆえに、どうしても溜めが必要となるんや。その隙を逃さんようにすれば、十分勝機がある。


「……なるほど。その『化身』は氷でできているがゆえに、滑るように動くことができ、しかも爪があるから、自在に動きを止められますね」


 冷静に分析するイレーネちゃん。あたしは「そのとおりや」と肯定した。


「クラウスくんの『化身』と同じく、再生ができるとしたら脅威です」

「なら降参するか?」

「冗談言わないでください――たった今、ユーリを倒す策を思いつきました」


 イレーネちゃんは武舞台に手を向けた。そして――


「私の魔力量はおそらく、みんなの中で一番です。この試合中、尽きることはありません」


 何をするつもりやろか――

 そう思うよりも早く、イレーネちゃんは魔法を発動した。


 物凄い勢いで武舞台に溶岩が溢れ出した――


「なっ! 無茶するなあ!」


 あたしはハンシンを後方に下がらせた。せやけど、どんどん溶岩――いや液体状のマグマが近づいてくる。物凄い高温で、湯気や煙で見えにくくなる。


「床一面を溶岩にしてしまえば! こちらに近づくこともできないでしょう!」

「考えついてもやらんやろ! 半端ないな!」


 ハンシンはある程度の自己再生はできるけど、クラウスの『化身』ほどやない。それに再生速度よりも速く溶かされたらやばいわ!


「さあ! どうしますか、ユーリ!」


 ほんまに強敵や! こないに強い人、皇帝以外に見たこと――

 隅まで追い込まれてしもうたとき、不意に皇帝のことを思い出した。

 そういえばあんとき――


「これでおしまいです、ユーリ!」


 あたし目がけて溶岩を発射するイレーネちゃん。


「飛べハンシン!」


 咄嗟にハンシンをジャンプさせて――


「飛べば避けられませんよ!」


 溶岩が数発飛んできて、あたしを襲う。

 確かに空中やと避けられへん。翼のない虎やからな。

 せやけど、避けること自体は可能やった――


「な、なんと! ユーリ選手の魔物が、空を歩いています!」


 実況の驚く声。イレーネちゃんもさぞかし驚いとるやろな。

 それもそのはず。あたしのハンシンは傍目から見れば、空を歩いとるようやろ。

 でもな。それには種があるねん。


「まさか……湯気を凍らせて……!」

「大正解や。流石イレーネちゃんやな」


 以前、ケイオスと戦った皇帝も同じことをしとった。氷を足場にして、空を飛んだように見せとった。それと同じことをしただけや。まああたしの場合、湯気があらへんかったらそないな真似できひんかったけどな。

 氷の足場はすぐに落ちてまうから、物凄い集中力が必要や。

 せやから――早めに勝負をかける!


「行くで、イレーネちゃん! 覚悟しいや!」


 イレーネちゃんのまでの氷の道を一気に作って――突撃した。

 ハンシンの速度。そして斜め下に作ったことから、えげつないスピードになっとる。

 イレーネちゃんの魔法の行使がぎりぎり間に合うかどうかの瀬戸際やった。

 まさに乾坤一擲、一撃必殺の突貫や!


「ゆ、ユーリぃいいいいいいいいいいいいいいい!」


 イレーネちゃんがあたしの名前を叫ぶ!

 そして、ハンシンとイレーネちゃんの魔法がぶつかって――


「うぉおおおお!?」


 ハンシンの背中から放り投げられたあたし。武舞台では溶岩が煮えたぎっとる。氷の魔法を使うて、地面を冷やす時間はあらへんかったので、風の魔法を自分に向かって撃った。

 物凄く痛かったけど、何とか場外に出られた。そして氷の床を精製して、地面との接点を作らんようにする。

 落ちたときも物凄く痛かった。骨が数ヶ所折れたかもしれん。


「あいたたた……イレーネちゃんは?」


 武舞台の外から、イレーネちゃんの様子を見る。


「やってくれますね、ユーリ」


 イレーネちゃんは――血まみれになっとった。おそらくやけど、ハンシンは溶岩で壊されたけど、氷のつぶてとなって、イレーネちゃんを強襲したんやろ。

 特に左側が酷かった――見えへんかったんやろな。

 溶岩の動きが止まった。湯気も全然出えへん。


「こっちに来てください。決着をつけましょう」

「……分かった」


 あたしは氷の道を作って、武舞台に戻る。氷の魔法を溶岩に放つと黒い岩となって、足場ができた。

 イレーネちゃんは槍を構えとる。奔流は使わんらしい。

 身体を動かすと、ズキズキと激痛が走った。やっぱりあばら折れとるな。


「イレーネちゃん。痛ないか?」

「……対戦相手の心配ですか? 相変わらず甘いですね」

「それ以前に友達やんか。でもまあ大丈夫ならええ。あたしも身体中痛いわ」


 あたしはイレーネちゃんに笑いかけた。


「早く決着つけて、美味しいものでも食べようや」

「……ふふ。ユーリらしいですね。緊張感がないと言うか。つかみどころのないというか」


 イレーネちゃんは「そんなあなたが大好きですよ」とにっこりと微笑んだ。


「さあ。来てください! 決着をつけましょう!」

「ああ! あたしも全力で行くで!」


 あたしは何の策も考えもなく、愚直に真っ直ぐに、走り出す。

 目の前のイレーネちゃんはあたしを突いてくる。薙刀みたいに刃があるタイプの得物やない。せやから、確実に突いてくるはずや。それを避けて懐に入れば――


「突きをしてくると思っていますね。それも予想通りです」


 イレーネちゃんの攻撃範囲ギリギリ。槍を反らして、大きくなぎ払う――脇腹に当たった。


「ぐふう……!」


 口から呻き声と血が吐き出される。


「槍使いは棒術もマスターしてるんです。突くだけが槍の全てではありません」


 あばらが折れとるのに、容赦ないな――せやけど、これで槍は封じられる!


「――っ! 槍が、離れない!?」


 咄嗟の判断、ちゅうかほとんど反射やったけど、槍とあたしの身体を氷でくっつけて固めて、動かれへんようにした。

 槍の柄を掴む。そしてピキピキと音を立てながら凍らせていく。

 思わず槍を放してしもうたイレーネちゃん。


「後で槍は弁償するわ。堪忍な」


 もしも火の魔法で氷を溶かされてしもうたら、あたしの負けやったかもしれん。そん場合はあたしは火達磨になっとったやろな。

 それをせえへんかったのは、イレーネちゃんが優しかったからや。

 友達を火達磨にしようと思いつけへん。思いついたとしてもやらへん。

 そんな優しい子なんや。

 ……今までの攻撃を考えると、そないなことはないか?


「これでおしまいや。悪いな、イレーネちゃん」


 あたしは氷の魔法やのうて、風の魔法を使うた。切り裂く風の魔法やない。相手を吹き飛ばす魔法や。


「ウィンド・バスーカ!」


 イレーネちゃんは後ろに吹き飛んだ。そんでそのまま、武舞台の外に落ちてしもうた。

 はあ、これで決着やな。


「勝者、ユーリ選手!」


 武舞台の外に居ったドワーフの審判が宣言した。観客のボルテージが最高潮になり、大声で叫びまくっとる。


「鉄血祭、優勝はユーリ選手! 初出場! そして最年少で優勝したのは、彼女が初めてです!」


 実況の声が遠くに聞こえる。あたしは武舞台から下りて、イレーネちゃんに近づく――仰向けに倒れて泣いとった。


「……イレーネちゃん」

「ほ、本当は、ユーリを、た、讃えないと、いけないし、おめでとう、って言わない、といけないのに、悔しくって……」


 あたしは何も言わずに、イレーネちゃんの手を取った。


「ユーリ……?」

「一生懸命戦ったんやから、悔しくて当たり前や」

「でも……」

「ええんや。またいつか戦おうな」


 あたしはそう言うて、神化モードになって、イレーネちゃんを治療した。


「どうして、勝負のとき、神化モードにならなかったんですか? 使っていれば、もっと楽に――」

「あほなこと言うなや。怪我を治すために決まっとるやろ。多分、大怪我するって分かってたんや」


 あたしの言葉にイレーネちゃんは泣きながら笑った。


「あはは。私の負けです! 完全に負けました!」


 こうして鉄血祭はあたしの優勝で終わった。

 せやけど、あたしは知らんかった。

 優勝したことで、とんでもないことに巻き込まれるなんて、今のあたしには知る余地もなかったんや。

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