第128話あらやだ! やるべきことが見つかったわ!

 結局、あたしはパナケアの製法をアンダーに教えんかった。情けない話や。一度は了承したことを翻すなんて。


「それで良かったのよ。気を落とさないで」


 裏ギルドから一緒に帰ってきて、イレーネちゃんの病室に居るデリアは慰めてくれたけど、あたしは恥ずかしさで一杯やった。

 ちなみにランドルフとクラウスはアンダーに話がある言うて残った。なんやろか……


「それにアンダーが信用ならないって分かっただけでも収穫よ」

「どういうことや?」

「本当に人を救いたいのなら、パナケアを作る必要はないわ」


 意味が分からんかったのでもう一度「どういうことや?」と問うた。


「分からないの? 正規品のパナケアを買って売ればいいのよ。もうソクラ帝国が主導で作っているんでしょう? 今は高価だけどね。買って高値で売れば利益が出るわよ」


 そうや。貴族たちの間で有名になっとるパナケア。実際に使うとる人も居るしな。

 ああもう! なんでそないな考え、思いつかんのや!


「ま、私もさっき気づいたけどね。あなたが気づかなかったのはおかしいわ」

「それこそどういう意味やねん」

「あなたと友達になって裏を読むようになったのよ」


 ううむ。素直やったデリアが腹黒くなったんはあたしのせいか?

 あたしはイレーネちゃんの額に置いた濡れタオルを新しいものに変えた。そのとき少しだけ触れたけど、物凄い高熱やった。苦しそうな顔。なんとかせなあかん。


「氷の魔法で冷やさないの?」

「あ、そうやな。加減が難しいけど、やってみるわ」

「タオルじゃなくて水桶の水を冷やすのよ」


 さっきから細かいミスが多くてあかんな。


「クラウスの言葉が影響しているみたいね」

「そうやな。あたしは間違っとったのかもしれん」

「間違っていないわ。あいつの言ったとおり、正しすぎたのが原因よ」


 そんときやった。イレーネちゃんの意識が戻ったんや。


「ここ、は……」

「イレーネ! 無理しちゃ駄目よ!」


 デリアがすぐに反応した。あたしも「のど渇いてないか?」と話しかける。


「のど、渇いてます。水を――」

「分かった。少し身体起こせるか?」


 デリアが身体を支える。あたしは水差しからコップに注いだ水を飲ませた。ゆっくりとイレーネちゃんは飲む。


「私、どうなるんでしょうか……」


 どうなった、ではなくてどうなる、か……


「大丈夫よ。必ず治してみせるわ」


 デリアがイレーネちゃんを寝かせながら言うた。せやけど――


「デリア、私、どうなるんですか?」

「――っ!」


 同じ言葉を繰り返すイレーネちゃんにデリアは何も言えへんかった。

 せやからあたしが代わりに言うた。


「その熱で理解できるか分からんけど、あんたは難病に冒されとる」

「ちょっと! ユーリ!」


 デリアが遮ろうとするけど、イレーネちゃんは「いいです。続けてください……」と応じた。目が胡乱としとるが、意識ははっきりしてる。


「その難病とは魔力肥大病や。血液の病気なんや。そのためにはいろんなもんが必要で、今それを集めとる」

「もし、間に合わなかったら……」

「そんなことを、言わないでよ!」


 デリアはイレーネちゃんの手を取って強く握った。


「最悪なことを考えるな! あなたは生きることだけを考えるのよ!」

「……生きる、こと? もしかして、死ぬんですか」


 こないなときやのに、頭が回るんやな。いや、自分でも薄々そう思うてたのかもしれん。


「そんなこと、させないわよ!」

「デリア……」

「デリアの言うとおりや。絶対に助ける」


 あたしも二人が握っとる上から手を重ねた。


「イレーネちゃん。あんたは気力で病気と戦うんや。勝つ必要は無い。負けんことだけ考えてや」

「ユーリ……」


 そう言い残して、イレーネちゃんは意識を失った。


「イレーネ!」

「いや寝てもうただけや。このまま寝かせてやり」


 デリアは唇を噛み締めた。そしてあたしに向かって言うたんや。


「どのくらい、イレーネは耐えられるのよ?」

「……このまま熱が続くんなら、一ヶ月は持たん。せめて熱を冷ませばええんやけど」


 デリアは「これほど自分の無力さを思い知ったことはないわ」と悔しそうに言うた。唇からは血が滲んどる。


「あたしもや。せめて器具さえあれば……」

「何が爆裂魔女よ……友達も守れないなんて……」


 落ち込むあたしたち。不意にこんこんと病室の扉がノックされた。「入ってええで」と返事するとランドルフとクラウスが戻ってきた。


「ユーリさん、デリアさん。朗報です。器具を作ってくれるドワーフに会えますよ」


 クラウスが入るなりそないなことを言うた。


「どういうことや? パナケアのことを話してないやんか」

「ユーリさんのおかげだ。クラウスがゲートキーパーのことを引き合いに出してな。それと調理法を教えたんだ。結果、二つの情報のうち、一つは手に入れた」


 あたしは「そうか! 助かったわ!」と喜んだ。するとクラウスが神妙な顔で訊ねてきた。


「ユーリさんは僕に対して思うことないんですか?」

「うん? いやないことないけど、あんたは正しいこと言うた。反省しとるわ。めったにパナケアのことを言うもんやない」

「まあそうですね。アンダーならパナケアも入手できるでしょうし、転売も可能です」


 なんや。クラウスも思いついとったんか。


「とりあえずランドルフさんと話し合って今後の予定を立てました。ドワーフとの交渉はランドルフさんに任せます」

「ああ。荒っぽい奴らって聞いたからな。俺に任せてくれ」


 そないなことなら異存はなかった。


「ねえ。どうしてドワーフの情報なのよ。セントラルの転生者じゃなくて」


 デリアの疑問にクラウスが「そのほうが探しやすいからです」と説明する。


「ドワーフはたくさん居ますから、その中から器具を作れる方を探すのは困難です。ドワーフの国は三つありますしね」

「とは言ってもセントラルも広いわよ?」

「情報通とはいえ、違う大陸でも知られている転生者はセントラルでもなにかしらで有名ですからね。探しやすいでしょう」


 やっぱ賢いなクラウスは。


「それでユーリさん。あなたはセントラルに向かってもらいます」

「うん? 看病するんやないんか?」

「医学の心得を持っている人間を探すのなら、同じく医学の心得を持っているユーリさんが最適です」


 そしてクラウスは「看病は僕に任せてください」と胸を張った。


「栄養重視の食べやすい料理を毎日用意します。それにホットポカリも作れます。任せてください」


 あたしは頷いた。


「よっしゃ。任せたで! あたしは転生者探しや!」


 やるべきことが見つかった。あたしはそれをするだけや。

 正しすぎるあたしにできること。それはイレーネちゃんを助けることや。

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