第121話あらやだ! アルバンの料理だわ!


 アルバンが調理場に向こうて、戻ってくる間に「まあクラウスさんではありませんか!」ちゅう声がした。振り返るとそこにはにこやかな表情のクラウスが居った。


「おお。さっきぶりやな。クラウス」

「ユーリさん。どうしてここに? それと君はキールくんですね」


 あたしは簡単に経緯を話した。


「そうだったんですか。僕は油を買いに来たんです」

「高く買うてるらしいな。テレシアさんが言うてたで」

「非常に質の高い油ですよ。天ぷらとかフライに最適です」


 にこにこしとるクラウスに「そういえばアルバンから聞いたで」と率直に話す。


「まだ子供やないか。あんまり厳しいこと言うたらあかんで」

「貴様だって十三ではないか」


 キールの突っ込み。まあ確かにそうやけど。


「アルバンくんには才能があります。だからキツく言ったんですよ」

「へえ。才能が?」

「料理経験が浅いのに、ハンバーグにぴったり合う濃厚ソースを作れるのは才能ですよ。あとはもてなしの心だけです」


 するとキールが「今、アルバンが子供たちのためにおやつを作っている」と切り出したんや。


「もし子供たちが満足してくれたら、弟子入りを考え直すのはどうだ?」

「……キールくんからそんな言葉が出るとは思わなかったですね」


 あたしも意外に思うた。キールは「同期のよしみというやつだ」と胸を張って言うた。


「義父上も言ってたぞ。チャンスを与える人間になりなさいと」

「なるほど。では僕は隠れています。みなさん、僕が来たことは口外しないでください」


 まるでドッキリみたいやな。モノマネ芸人の後ろから本人登場のノリや。

 数分後、アルバンが戻ってきた。お盆に作った料理を盛っとる。それを子供たちの前に置く。


「できました。じゃがいもの薄揚げです」


 じゃがいもの薄揚げ? まさか――


「なにこれ!? こんなの見たこと無いよ!?」

「食べられるのかな?」


 子供たちがはしゃぐのも無理ないわ。現代の子供かて夢中になって食べるもんやからな。


「軽く塩を振ってあります。どうぞ、たくさん作ったので食べてください」


 やや緊張した面持ちのアルバン。まあ料理を作っても人に食べさす経験があまりないんやろな。


 恐る恐る子供たちがじゃがいもの薄揚げを口にする。そして――


「凄く美味しい!」

「ぱりぱりしてる!」

「こんなの初めて!」


 夢中になって食べる子供たちにほっと溜息を吐くアルバン。

 あたしも一つ取って食べてみる。ちょっと堅めのポテトチップスやな。


「やるやんか。見直したで!」

「ありがとうございます。みんな喜んでくれて……」

「後は先生だけやな」


 きょとんとするアルバンに「僕も食べさせていただきます」と声をかけるクラウス。驚いて振り返って「うわあ!」とひっくり返ってしもうた。

 流石クラウス。出所を弁えとるな。


「く、クラウス先生!? どうして――」

「油を買いに来たのです。さて。一ついただきますか」


 クラウスは子供たちから一つ貰い、口に運ぶ。

 そしてにっこりと微笑んだ。


「美味しい。味は及第点ですね」

「あ、ありがとうございます!」

「いつ思いついたんですか?」


 クラウスの問いにアルバンは顔を真っ赤にしながら「じゃ、じゃがいものフライを作ってたときです!」と言うた。


「フライの端が堅くなってて、食べてみたら美味しくて、いろいろ試してみたら……」

「なるほど。じゃがいもを敢えて堅くしたのですね。素晴らしい発想です」


 その反応を見たキールが「どうだ! 弟子にしたくなっただろう!」と何故か自慢げに言うた。


「えっ? キールくん、どういうことなの!?」

「ああ、さっきそういうことを話してたのだ」

「ほ、本当ですか!? クラウス先生!」


 クラウスは答えへんかった。代わりに「それでは最後に訊きます」と試すように言うた。


「何を考えて、じゃがいもの薄揚げを作りましたか?」


 アルバンは少し迷ってから、一気に答えた。


「子供たちと修道女さんたちを思って作りました!」

「……続けてください」

「子供たちには、美味しいものを、おやつで食べさせたいから、修道女さんたちには、手軽に作れて、安価なものって思ったんです……」


 つっかえながらも言うたアルバンはクラウスの判断を待っとった。


「弟子入りの件ですが、保留にさせてください」


 その言葉にアルバンは顔が真っ青になった。


「ふざけるな! 貴様、美味いと言ったじゃないか!」


 代わりに食ってかかったのはキールやった。正反対に顔を真っ赤にして、怒っとる。


「約束が違うぞ! 子供たちが満足したら、考えると――」

「僕は了解したと一言も言ってません」


 確かに言うてなかった。言質を取っとらんかった。


「だが子供たちを満足させたことは、評価に値するんじゃないか!?」

「確かに。評価に値します」

「だったら――」

「僕はアルバンくんに可能性を感じました」


 クラウスはアルバンの目を見て言うた。


「君は料理の発想が豊かです。それは料理の基礎はないからです。しかし僕が基礎や応用を教えてしまえば、それがつぶれてしまう恐れがあります」

「く、クラウス先生――」

「発想が邪魔にならない程度でしたら教えてもいいです」


 クラウスはにっこりと笑うた。


「僕のライバルになりそうな料理人を、弟子になんてできませんよ」


 おそらくやけど、料理においてクラウスが初めて認めた、異世界の人間はアルバンやろな。


「く、クラウス先生――」

「先生はやめてください。これからは競争相手です。僕を超えてみてください」


 それを聞いたアルバンは大粒の涙を流した。

 こうして、クラウスとアルバンの弟子騒動は終わったんや。


 聖堂院を後にして、あたしらは魔法学校に帰ることになった。イレーネちゃんが心配やからな。

 あたしはなんだか嬉しかった。アルバンのような才能溢れる子が居ることが嬉かったんや。

 せやけど、そんな気持ちが吹っ飛んでしまうことが起きたんや。


「ユーリ! あなた何してたの!?」


 デリアが顔中汗だらけでこっちに向かってきた。息も切れとる。


「どうしたんや? 何が――」

「のん気してないでよ! イレーネが大変なのよ!」


 デリアは涙目になりながら言うた。


「酷い熱よ! このままだと死んじゃうわ!」


 その言葉に、薬草がぎょうさん入った袋を落としてしもうた。

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