番外編
第122話番外編 レオの心残り
心残りというのは不思議なものだ。いくら無くそうとしても、次々に湧き出てしまう。まるで目の前の海水を掬ってもきりが無いように。
ゆらゆら揺れる帆船から夜の海を見ていると、そんなことばかり考えてしまう。
「なんだレオくん。こんなところに居たのか」
後ろから声をかけてきたのはフランシス・フォン・ランドスターさんだ。先ほどと比べて顔色が良い。船酔いはもう大丈夫なようだ。
「どうかしましたか? ランドスター中佐」
「おいおい、やめてほしいな。堅苦しい肩書きや敬語なんて。ここには俺と君しかいないんだ。ヴォルモーデン少尉と呼ばせないでくれ」
困り顔のフランシスさんに俺は「分かったよ。フランシスさん」といつもの呼び方をした。敬礼も解いて普通に接する。
騎士学校の先輩後輩として。
「何をしてたんだ?」
「夜の海を見てたんだ。月明かりしかないけど、静かで落ち着くんだ」
「俺には恐ろしく思えるよ。落ちたら誰も助けてくれないしな」
「フランシスさんは泳ぎが苦手なのか?」
「ああ。だから水練の時間は嫌で仕方なかったな」
誰にでも苦手なものはあるものだ。
「それで、何を悩んでいたんだ?」
唐突に心中を当てられて、動揺する。
「……悩みというよりも悔やみと言ったほうが正しいな」
「ふふ。航海中に後悔だなんて、つまらない冗談だな」
フランシスさんは空を見上げて言う。
「魔族の島に行くのはやはりツラいか?」
「行くことは別に。魔族と戦うのも大丈夫。でもデリアのことが心残りなんだ」
デリア。俺の双子の妹。無条件で俺を慕ってくれる。
「ああ、爆裂魔女と呼ばれる無双の世代の一人だな」
「俺にとっては可愛い妹だ。でも、今まで避けていたんだ」
「どうしてだ?」
俺は初めて本音を他人に言う。誰にも言ったことは無かった。親しい友人にも。
だけどフランシスさんは不思議な人で、自分の悔やみを打ち明けてもいいと思わせる何かがあった。
「父と母は俺たち兄妹を愛してくれなかった。だから愛というものを知らなかった。だからこそ妹は俺を愛して慕ってくれた。それに応える――度胸がなかった」
そう。俺は怖かったのだ。愛を知らない俺に愛をくれる存在である妹をどう扱っていいのか、まったく分からなかったのだ。
「フランシスさんはランドルフやヘルガさんにどう接していた?」
「俺の場合は複雑だったからな。ランドルフは育預だったし、ヘルガは妾の子だった。しかしそれでも俺は自分の弟と妹として扱った」
「……何のわだかまりもなく?」
「ないと言えば嘘になるな。でもなレオくん」
フランシスさんは俺の眼を見て言う。
「一緒に過ごした時間が無くしてくれた。徐々にな。思うに妹と触れ合いが足らなかったんじゃないか?」
ああ。俺の後悔が分かった。分かってしまった。
要はデリアとの時間が少なかったから、悔やんでいるんだ。
「……そうかもしれない。俺は避けてしまっていた」
「まあいいさ。二年の兵役を終えて帰るときに、素直な気持ちを伝えればいい」
優しく言ってくれたフランシスさん。
「なあ。もしも俺が死んだら、デリアに伝えてくれないか?」
「うん? 馬鹿を言うな。死ぬとしたら俺が先だろう。俺には剣や操気法の才能はないんだ。加えて指揮能力もそれほどない」
その代わり、軍政官の才能はピカイチだけど。
「それこそ馬鹿を言うな、だ。指揮官は最後に死ぬものだ。それにあんたは俺が守る。ランドルフにそう約束したからな」
「……まあ一応聞いておく」
フランシスさんに俺のデリアに対する想いを伝えた。
「なるほどな。でも直接伝えたほうがいいと思う」
「ああ。だから俺は、俺たちは死なないで生き残るんだ」
不意に光が見えた。徐々に白み始めている。朝日だ。
「結局、徹夜してしまったな」
「今戻っても吐いてる連中ばかりだ。なら朝食まで行かないほうが良い」
「まあイデアルは内陸国だったから、船酔いは仕方ないことだけど」
そういえばもう一つだけ心残りがあった。
無双の世代筆頭のユーリのことだ。
一体彼女は何者なんだろうか?
初めて出会ったとき、不思議な体術を使っていた。それは騎士学校でも教えてもらっていない。というよりこの世界にはない格闘技だったのだ。クリスタとの対決でも使っていた。それで近距離戦で魔法使いが騎士に勝ったのだ。
まさか、あの歳でオリジナルの格闘技を作ったのか?
今度、デリアに聞いてみよう。友人なら何か知っているはずだ。
「ここは冷える。食堂に行って何か飲まないか?」
「そうだな。白湯でも飲むか」
思考を切り離して、俺はフランシスさんの後に着いていく。
心残りはまだあるけど、それでも俺は前を向く。
それが俺の信じる道だからだ。
一年後に歴史的戦果を挙げるフランシス大隊の大隊長、フランシス・フォン。ランドスター。
そして大隊副官であり、『二刀流』の二つ名で呼ばれることになるレオ・フォン・ヴォルモーデン。
魔族の島、ベナリティ・アイランドに上陸する四日前。二人だけの会話である。
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