第十五章 男の約束編

第107話あらやだ! 本音とランドスター家だわ!

 デリアから教えてもろうたランドスター家の詳細。

 エーミールのキーデルレン家と同じく、武人を多く輩出する名家や。イデアルだけやのうてアストやソクラにも武名が轟いとる。アスト地方を旅してたとき、子供を叱りつける母親が「悪いことしたらランドスターが来るわよ!」と言ってたのを思い出す。

 一族の者が元帥の地位に就くことも珍しくないらしい。せやけどキーデルレン家には後塵を拝しておった。そのキーデルレン家の本家が取り潰されてしまったので、ソクラ帝国におけるイデアル派の武断派筆頭になっとる。


「今回の魔族討伐は平民には知られないわ。そして貴族でもほとんど知る者は少ない」

「魔族の存在を隠すためか?」

「そうよ。だから少数精鋭で戦うらしいわ」

「クヌート先生も同じこと言うてたわ」


 辺りはすっかり暗くなった。心地良い夜風が頬を撫でる。屋敷のベランダでデリアと一緒に話をしていた。椅子とテーブルを出してもろうて、ガーランさんの用意してくれた紅茶とデリアが焼いてくれたアップルパイを食べていた。この前の食事では失敗したので、初めて食べるんや。

 一口、フォークで刻んで食べる。

 甘くて美味しかった。


「ランドルフ、大丈夫やろか」

「分からないわ。いくら『魔法剣豪』と呼ばれていても、魔族に通用するか……」

「…………」


 エルザとイレーネちゃんはこの場には居らん。エルザは昼間に魔法の制御の練習をしとったせいでダウンしとる。イレーネちゃんはソクラ帝国の首都、クサンに向かってしもうた。


「ランドルフくんのこと、気にかけてあげてください」


 最後に心配そうに言うたイレーネちゃんにあたしは強く頷いた。

 あたしも同じ立場やったら言うやろと思うた。


「それで、あなたはどうする気なの?」

「どうするって、ランドルフの気持ちを確かめなあかんわ」


 デリアの顔を見つめながら、あたしは答える。


「本人が嫌がるなら行かせへんようにするし、望んどるなら行かせるわ。せやからまずランドルフと話したいな」

「あなたはいつもそうなのね」


 デリアは顔にかかった髪を耳に乗せ、呆れたように言うた。


「自分のやりたいように、したいようにしている。自由なのよ」

「そないなつもりはないけどな」

「やっぱり異世界――日本はおかしいわ。あなたが普通の一般人なんだから」


 あたしは「あはは。デリアはあたしを買いかぶりすぎや」と笑うた。


「それに日本はまともな国やで?」

「まともじゃないわよ。だって戦争に負けたのに経済大国になっているんでしょう? 詳しくは知らないけど、異常なことだって分かるわよ」


 日本の歴史について知りたがっとったので話したんやけど、話すたびに「やっぱり異常だわ……」と呆れるデリアやった。


「貴族が居ない。奴隷も居ない。みんな平等で自由。なんて素晴らしい国かしら。まるで夢のようだわ」

「うん? デリアは貴族に生まれて後悔しとるんか?」

「馬鹿言いなさい。誇りに思っているわよ」


 鼻で笑うデリアやったけど、急に顔を曇らせる。


「でも上辺だけの関係が多いのは嫌だったわ」

「……まあそれは日本でもないことはないな」


 別に慰めるつもりはあらへんかった。デリアが話しやすいように言うただけやった。


「おじいさまのおかげで、私は常に社交辞令をされる立場なのよ。媚びたりへつらったりしなくて良かったけど、心を許せる存在は居なかったわ。無礼な態度を取られたのは、あなたが初めてよ、ユーリ」

「そういえばそうやったな。でもあんときは……」

「ええ。思えば私が悪かったわ」


 ほう。なんや成長したなあ。そないな目で見ると「その母親みたいな目つきはやめなさい」と睨まれた。


「ワガママな貴族の小娘だったのは自覚するけど、あなたも相当だと言っておくわ」

「否定せえへんよ」

「肯定しなさい。でもあなたとイレーネに出会えて、クラウスとランドルフ、エーミールと知り合えて、変われたのよ」


 デリアは夜空を見上げた。あたしも一緒になって見る。満天の星。空気が澄んどって、一つ一つが輝いとる。


「上辺じゃない。本当の友達ができた。だからユーリ、あなたには感謝しているのよ」

「……素直に受け取るで」

「……笑わないの? あなたたちに出会うまで、友人ができなかった私を」


 首を横に振って「笑うわけないやん」と言うた。


「あたしかて周りが子供に見えてしゃーなかった。中身がおばちゃんやからな。でも大人びているあんたやイレーネちゃんが友達になってくれて嬉しかったんや」

「……そうなの?」

「そうやで。友人の居らん人生なんて青海苔のないお好み焼きやで」

「分かりづらい喩えやめてくれないかしら?」


 あたしはせめてソースにすべきやったなと反省した。

 デリアは真剣な顔で唐突に言うた。


「私のお父様とお母様について話していい?」

「ええで。なんでも聞くわ」

「お父様は凡庸で、お母様は政略結婚の道具だったわ」

「ふうん。まあありがちやな」

「二人の間に愛はなかったわ。もしも双子じゃなかったら、妹の私はこの世に生まれなかったと思う」


 跡継ぎは一人でええ。そういうことか。


「だからほとんど構ってもらえてなかったわ。寂しかった。お兄様が居てくれたから、ここまで生きていけたのかもしれないわ」

「せやから、レオのことが好きすぎるんやな」

「なにか文句ある?」

「いやない」


 デリアは「それくらい貴族の家庭は複雑なのよ」と結んだ。


「……なるほど。ランドスター家も同じかもしれんと言いたいんやな」


 デリアは何も言わへんかった。気を使わせてしまったみたいやな。


「さて。どないしよ……」


 夜が更けていく。静かに。徐々に。




 翌日。デリアとエルザと一緒にランドスター家の屋敷に行くことにした。


「行く前にお手紙出さなくてもいいの?」

「大丈夫よ。ヴォルモーデン家と同格の家なんだから」


 エルザとデリアの会話を聞きながら、馬車窓から外の光景を見とった。頭ん中はランドルフに会うたら何言うべきかと考えとった。

 そんなあたしを二人は何も言わんかった。


 ランドスター家はヴォルモーデン家の屋敷と変わらんくらいの規模やった。塀に沿って馬車を走らせとると正門でなんや騒いどる女性が居った。衛兵が居るけど、女性を排除するのではなく、何故かおろおろしとった。


「ガーラン。ここで止めなさい」

「分かりましたお嬢様」


 御者のガーランさんが馬車を止めた。あたしは馬車から出て、正門に近づく。

 すると女性の声が徐々に聞こえてくる。


「ふざけないで! ランドルフに会わせなさい!」

「それはできませぬ。育預殿はあなた様には決して会わないと……」

「ではフランシス様を出しなさい!」

「ご勘弁ください……」


 どうやらランドルフの知り合いみたいやな。

 女性は十八か十九くらいの背の高い女性やった。青みのかかった黒髪で、物凄い勝気な美人や。でも顔色が悪く、頬も痩せとる。これは――


「ちょっとええか? そこの人――」

「ああん? ……あんた誰よ?」


 美人なのにガラ悪いなあ。あたしは「あんた、肺を患っとるな」と指摘した。

 女性は青ざめて「どうしてそれを?」と怪訝な顔をした。すると後ろに居ったデリアが「ユーリは治療魔法士なのよ」と言うた。


「ユーリ? 治療魔法士? 治療魔法士がどうして肺のことが分かるのよ」

「ねえユーリ。前々から思ってたけど、肩書きは変えたほうがいいわ。医者にしなさいよ」


 デリアの言葉にあたしは「愛着があるんやけどな」と答えた。


「まあそれはそうと、一度診て――」


 そう言いかけたとき、その女性がふらふらとよろめき膝をつこうとする。


「あんた大丈夫か?」

「あんたって名前じゃないわよ……」


 女性はなんとか立ち上がって言うた。


「私はヘルガ・フォン・ランドスター」


 そして疲労を見せながらも笑って言うた。


「魔法剣豪ランドルフの義理の姉よ。今、義弟を戦地に送らないように直談判しにきたの。邪魔しないでよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る