第106話あらやだ! 友人に打ち明けるわ!
ランドルフとエルザに連れられて、寝室から食堂に来るとそこには豪華な料理がテーブル一杯に置かれとった。
上座にはデリア。その左隣にはイレーネちゃんが座っとった。
「遅いですよユーリ。さあ早く食べましょう」
「ああ、すまんなイレーネちゃん。ええと」
「私の右に座りなさい」
デリアの言葉に従って、見事な細工が施された木製の椅子に座る。クッションもふかふかで座り心地が良かった。
「座りましたね。さあ食べましょう」
「ちょい待ち。クラウスは?」
「メインディッシュを作っているわ。何でもできたてが美味しいらしいのよ」
「そうらしいです。だから食べましょう」
「イレーネちゃんは昔から食いしん坊キャラやったけど、酷なってないか?」
手にナイフとフォークを持って、目線を料理から外さないイレーネちゃんが心配になってまう。デリアは頭を抑えながら「イレーネが親衛騎士団の候補生になったの知ってるわよね?」と訊ねる。
「まあ知っとるけど」
「あそこ粗食が掟なのよ」
「……イレーネちゃんにはキツイな」
さらにデリアは「それにあなたに会うまで粗食を続けるって言ってきかなかったのよ」と言うた。
「うん? なんでや?」
「無事に再会できるよう願掛けしてたのよ。まったく、単純なんだから」
「デリアには言われたくありません。ユーリが居なくなった当日、泣いてたくせに」
泣いてた? デリアが?
それを言われた瞬間、デリアの顔が紅潮して立ち上がる。
「ば、馬鹿! 言わないって約束したでしょ!」
「言わないってことは本当なんか?」
「……はっ!?」
デリアは私に向かって「泣いてなんかないわよ!」と怒鳴った。
「別に悲しんで泣いたわけじゃないわ!」
「そうですよね。相談されなかったことが悔しくて泣いたんですよね」
「イレーネ! それ以上余計なこと言ったらぶっ飛ばすわよ!」
デリアやイレーネちゃんを見とると成長はしとるけど、根本的なところは変わっとらんな。なんだか嬉しいわ。
「とにかく! もう食事を始めるわよ! 話は後よ!」
「賛成です。それでは食べましょう!」
これ以上の追及を恐れたデリアの言葉で食事が始まった。
「うん? このザワークラウトよく漬かっとるなあ。美味しいわ」
「それはイレーネが作ったのよ。親衛騎士団でも唯一許された塩気のある食べ物だから」
「なるほどなあ」
イレーネちゃんは「候補生は食事を作るのも任務ですから」と言いつつ、めっちゃ食べとった。隣に居るランドルフと変わらんほどのペースや。
「お姉ちゃん、どれも美味しいね。やっぱりクラウスさんは天才だね」
「そうやな。あたしが作ってもここまではできひんやろ」
そないな会話をして、料理もほとんど食べ尽くしたあと、クラウスとガーランさんがお盆を持ってやってきた。
運ばれたのはなんと串カツやった!
「おお! 串カツやな!」
「そうです。ソースは個人で分けてありますので、二度付けしても大丈夫ですよ」
あたしは嬉々として串を手に取る。
「毎回思うけど、クラウスの料理は独創的だわ」
「でも毎回美味しいですよ。デリアもそう思いません?」
「そうだけど、勇気が要るのよ」
たとえるなら日本人がアフリカ料理食べるようなもんやろか。
あたしはソースをたっぷり付けて口に運ぶ。ジューシーな肉汁。これは牛肉や。なんだちゃんと関西風にしてくれたんやな!
他にもきのこや魚介類、卵もあって、お腹が膨れとっても食べられるくらい美味しかった。
「ふう。美味しかったわあ」
お腹も心も満たされて、満足したあたし。イレーネちゃんも心地良い顔をしとる。
「さて。それじゃあ話してくれるかしら」
紅茶を啜りつつ、デリアはあたしに言うた。部屋には無双の世代とエルザしかおらんかった。ガーランさんは食器を片付けに行って居らん。
「何から話す? あたしの正体からか?」
「……やけに素直じゃない」
「まあ二人を信用しとるからな」
二人という言葉を聞いて、デリアは眉をひそめた。
「二人? 誰のことよ?」
「もちろん、あたしの秘密を知らんあんたとイレーネちゃんや」
デリアとイレーネちゃんは顔を見合わせた。
「……じゃあクラウスくんとランドルフくんは知っているんですか? エルザちゃんも?」
「エルザが知ったのは最近の話やけどな。ほんの数ヶ月前や。まあランドルフとクラウスは秘密を教えたちゅうより、同じ秘密の持ち主なんや」
するとエルザは「えっ? ランドルフさんもそうなの?」と驚いた。
「ああ、そういえば言うてなかったな。最後の一人やで」
「そっか。なんか納得できる気がする」
頷くエルザにデリアは焦れたように「秘密ってなんなのよ!」と喚いた。
「早く教えなさいよ!」
「そうやな。信じてもらえるかどうか分からんが、言うで」
あたしはデリアとイレーネちゃんを見ながら言うた。
「あたしとランドルフとクラウスは転生者や。一度死んでこの世界に生まれ変わったんや」
誰も何も言わへんかった。イレーネちゃんはあたしの言うてることを理解できひんようやったし、デリアはあたしが冗談を言うてるのやと思うたみたいやった。
でも徐々に冗談ではないことに二人とも気づく。
「……ごめんなさい。ちょっと整理させてもらえるかしら?」
「ええで。なんでも訊いてや」
デリアは「転生者ってなんなの?」と根本的なことを訊いてきた。
「説明が難しいんやけど、この世界とは違う世界であたしたちは暮らしとった。そして死んでしもうたとき、女神に前の人生の記憶を引き継いでこの世界で生きるようにと言われたんや」
「この世界と違う世界? どういう世界なんですか?」
イレーネちゃんの質問にあたしは「まず魔法がない」と言うた。
「その代わり科学技術ちゅうものがあって、この世界よりも文明が発達しとる。馬よりも速く走る乗り物や空を自在に飛べる乗り物、風向きに左右されない船もある」
「……魔法なしでどうやって実現しているのよ」
デリアの呟きに「多分、魔法がないから発達したんだと思いますよ」とクラウスが補足した。
「どういうことよ?」
「火の魔法で火を起こすのは容易いですが、火打ち石で火を起こすのは面倒です。魔法がない世界では火打ち石に変わるものを考えますよね? だから科学は発展していったのです。必要は発明の素ですから」
「なるほど。分からなくもないわ」
あたしは「前の世界のことは追々話すわ」と言うた。
「とにかく、あたしたち三人には前世の記憶がある。黙っていたのは悪かったわ。でも信じてもらえへんと思うたし、言いふらすことでもなかったからな」
「それは分かります。正直、初対面で言われたら信じなかったか気が狂っていると思うでしょう。でも――」
イレーネちゃんは「そう考えると納得できます」と言うた。
「どこか大人びていて、考え方や発想が理解できないのは、そういうことだったんですね」
「まあそうかもな」
デリアは「私も確かに納得できるわ」と苦笑いしながら言うた。
「私が思ってたのはどこかの王族の隠し子か何かだとばかり思ってたわ。それが想像の斜め上に行くとは。本当に規格外だわ」
「あはは。デリアらしい勘違いやな」
そしてデリアは「ちなみにだけど」と前置きしてから言うた。
「あなたは何歳で死んだのよ?」
「うん? ああ、確か四十二歳やな」
それを聞いたイレーネちゃんとデリアは今日一番の驚きを見せた。
イレーネちゃんは「ええ!? 四十二歳!?」と大声で叫んで、デリアは椅子ごとひっくり返った。
「はあ!? 四十二!? 嘘でしょ!?」
「……そないに驚くことか?」
「ま、まさか、子供も居たの?」
「三人居ったで」
それでまた驚く二人。リアクション芸人みたいやな。
それから転生者の三人が交代しながら前世のことを語って、その後旅に出て山賊の頭目になって村作りする経緯を話した。
「日本人って頭おかしいの?」
「いーや。日本人の中でもユーリさんは特別だ。もっと言えば大坂のおばちゃんが特別なんだ」
デリアの呆れた声にランドルフがすかさず言うた。なんかやくざに言われるのは納得いかんなあ。
「話してくれてありがとう」
話し終わった後、デリアが珍しく素直にお礼を言うたので、面食らって「何や改まって」と言うてもうた。
「はっきり言って話したくないことでしょう?」
「前まではな。でも家族に受け入れてもろうて、それで肩の荷が下りた感じやな」
「勝負の約束を破って嘘を言うこともできたはずよ」
あたしはきょとんとして「デリアやったらそうするか?」と訊ねた。
「そんなことしないわよ」
「あたしも同じ気持ちやで。せやから話した」
あたしはデリアとイレーネちゃんに向かって言うた。
「ありがとうな。信じてくれて。受け入れてくれて」
二人は黙って頷いた。
「あたしは良い友達に出会えたわ。ほんまにありがとう」
それから数日後。
デリアの屋敷に泊まって、食堂でデリアとイレーネちゃん、エルザと食事をしとった。
ランドルフとクラウスは既にそれぞれの実家に帰っとった。
「お嬢様。御手紙です」
ガーランさんがデリアの傍に寄って跪き、恭しく差し出す。
「差出人は?」
「ランドスター家、からです」
ランドスター? どこかで聞いたような……
「ランドスター? ……なんですって!?」
デリアは手紙を読むなり立ち上がって叫ぶ。
「ランドルフが……嘘でしょ!?」
あたしはそこでランドルフがランドスター家の育預やったことを思い出した。
「何があったんや?」
あたしが訊ねるとデリアは震えた声で言うた。
「ランドルフが、ランドスター家の次期当主に代わって、魔族の討伐に向かうらしいのよ――」
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