第102話あらやだ! 妹と戦うわ!

 闇の属性魔法は六属性の中で最も凶悪だと言われとる。

 加えて扱いの難しい魔法でもあるんや。それは使い手が少ないせいでもあるし、先達も少ないせいでもある。

 せやから実際に見るのも初めてやった。攻撃を受けたのも初めてやった――


 黒い翼があたしをなぎ払った。物凄いぶっとい鞭で跳ね飛ばされた――いや、前世で子供を庇って車に衝突したときのことを思い出すような――


「ユーリさんっ!」


 クラウスの声が遠くに聞こえる。旅館の壁にぶつかったのは分かる。身体中がめっちゃ痛い。

 でも致命傷を負ってはないようやった。そうやないとこうして考えることはできひんやろ。

 壁に身体を預けながらゆっくりと立ち上がる。口から血が溢れた。内臓が傷ついとるのかもしれんな。


 クラウスがエルザに魔法を放った。初歩魔法や。でも難なく黒い翼で打ち消した。


「オネエチャンヲカエセエエエエエエエエ!」


 あかん。暴走しとる。どないしよ。

 ずるずると座り込んでしもうた。身体が動かへんかった。

 なんだか、麻痺しとるような――


「おい! 何の騒ぎだ!」

「あなた! エルザが、ユーリが!」


 騒音を聞きつけたおとんとおかんがこっちに来たようや。おとんがあたしを抱きかかえた。


「大丈夫か、ユーリ!?」

「へ、平気やと言いたいけど、あかんわ……」

「くそ、何があった!? どうしてエルザが、あんなことになったんだ!」


 原因は分かっとる。あたしのせいや。あたしが家族を騙してたから――


「エルザ、やめなさい! お願いだから!」


 おかんがエルザに近づこうとする。やばい、止めなあかんわ!


「おかん! 危ないから下がっとき!」

「自分の娘のほうが心配よ! エルザ!」


 エルザの瞳は真っ赤に染まっとる。それがおかんを見た。その瞬間、黒い翼がおかんに迫った。

 駄目や! 身体の弱いおかんが耐えられるわけがない!


「おかん! やめやエルザ!」

「マーゴット! 逃げるんだ!」


 あたしとおとんの悲鳴に似た声が重なった。おかんは圧倒的な圧力で動けなかった。

 黒い翼がおかんを襲う――

 思わず目を閉じた――


「マーゴットさん!」


 それを助けたんはクラウスやった。おかんにタックルするようにぶつかって、間に合わんはずの黒い翼から身を挺して救ったんや。


「クラウス、ようやった!」


 あたしは立ち上がろうとして、動かない脚に気づいた。そしてよくよく見てみると、脚に羽根が突き刺さっとった。

 なんやろと思うて引き抜くと、脚の感覚が戻った。抜いた羽根は砂のようにさらさらと消えていく。


「これは……刺さったもんを麻痺させる能力か?」

「ユーリさん、どうしますか?」


 クラウスがおかんを抱えてこっちにやってきた。

 そしてエルザもこっちに一歩ずつやってくる。


「このままですと、僕たちどころか旅館、いえ村ごと破壊尽くされます」

「それは困るな。なんとかせなあかんわ」

「……先ほど、黒い翼でマーゴットさんを攻撃したときのことです」


 クラウスは魔力を溜めながら、早口で言うた。


「黒い翼の攻撃が止まった気がしたんです。もしかしてマーゴットさんを認識して攻撃を止めたのかもしれません」

「……ほんまか?」

「ええ。意識的にしろ無意識的にしろ、エルザさんにはあるのかもしれません。家族を攻撃したくないという気持ちが」


 そしてこう続けたんや。


「ユーリさん。あなたがまともに一撃を受けても死ななかったのは、そういうことかもしれませんよ」


 あたしはそれを聞いて――腹をくくった。


「分かった。おとん、おかん。これからあたしがやることを黙って見といてや」


 その言葉に、おとんは「何をする気だ?」と素早く訊ねた。


「もし危ないことをするつもりなら――」

「おとんとおかんには言うてなかった秘密があるんや」


 あたしの言葉に二人は黙ってもうた。


「あたしがどうして小さい頃から料理や裁縫ができたのか。あんなに大人びていたのか。その理由、知らんやろ?」

「な、なんで今――」


 あたしはにっこりと笑った。できるだけ綺麗な顔で。

 二人の子供であるうちに、良い印象で残りたいから。


「あたしは一度死んで、この世界に生まれ変わった人間やねん。いわゆる転生者ちゅうわけやな」


 何を言うてるか分からんらしいおとん。

 対称的に納得するように涙を流すおかん。

 さて。これで思い残すことはないな。


「行くで、エルザ。あんたのお姉ちゃんの底力、見せたるわ!」


 あたしは何の魔法も用いずに、エルザへ歩き始めた。


「グルウウウウウウ! コノニセモノガ!」


 エルザの黒い翼があたしを吹き飛ばす。

 今度は覚悟してたから痛いだけで済んだ。

 また立ち上がってエルザのほうへ歩いていく。

 また吹き飛ばされる。

 でも今度は立っていられた。

 黒い翼の威力が小さくなっとる。

 向かう。吹き飛ばされる。また向かう――


 それを繰り返してると、エルザの表情に戸惑いが生まれた。

 そしてようやく会話ができた。


「どうして、どうしてこっちに来るの……?」

「……あんたの姉やからな」


 エルザは「来ないでよ!」と言って黒い翼で跳ね飛ばす。

 今度は一番最初に食らったときと同じ威力やった。

 かなり吹き飛んで、倒れてしもうた。


「はあ、はあ、はあ……」


 エルザの荒い息遣い。

 あたしは――


「どうして、立ち上がれるのよ!?」


 あたしは立ち上がってエルザのほうへ向かう。

 黒い翼はもう襲わんかった。

 そして、目の前に立つことができた。


「お姉ちゃん……」

「ごめんな、エルザ」


 あたしはエルザを抱きしめた。

 強く、優しく、抱きしめた。


「お姉ちゃん……うわあああああああああ!」


 エルザが大声で泣いた。あたしも涙が出てしもうた。


「ごめんなあ。あたしが悪かったわ。秘密にしてもうて、ほんまにごめんな」

「お姉ちゃん、ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 あたしとエルザは満天の夜空の中、抱き合った。

 互いに謝りながら、抱き合ったんや。

 謝り合うと自分が隠していた秘密がちっぽけなもんに思えて。

 なんだか救われた気がしたんや。

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