第95話あらやだ! 予想外の展開だわ!
「……なんでこないなことになってもうたんや?」
呆然と立ち尽くすあたし。その後ろにジンも訳が分からないという顔で立っとる。
縄で捕らえられたアルムが愕然として叫んだ。
「どうして……山賊と商人が協力して、娘を守っているんだ!?」
そう。農具などを武器にしとる村人たちは商人たちが盾になっとるせいで手出しできひんかったんや。
具体的に言えば、半月状にぐるりと囲まれとるセシールとワールたち護衛の山賊を守るように商人たちは武器を持たんと、スクラム組んで守っとった。
そしてその中心にはエドガーと村長の娘、フローラが居った。
「フローラ! いい加減にそこをどきなさい! 商人たちもどうして山賊を守ろうとするんだ!」
村長さんが大声で喚いとる。せやけど怒りやのうて、まるで子供のように泣いとるようやった。
「お父様、いけません! 怪我をしている方を取り囲んで、殺すなど! それは悪いことです! 悪い行ないをするなとおっしゃったのは、お父様ではありませんか!」
フローラの声に村人たちは怯んどる。まあ確かに誰だって人殺しはしたくないわな。それも怪我人のセシールとそれを守ろうとする山賊相手や。
もちろん山賊は悪人やけど、それでも罪悪感は残るやろ。
「よく考えてください、村長さん。今、ここで彼女を殺してしまったら、山賊がこの村を滅ぼしてしまう可能性があります」
今度はエドガーが言うた。
「あの山賊たちは決して人を殺さなかった。しかし我々が彼女を殺してしまえば、不殺の掟を破り、この村を滅ぼしてしまう。そんな心中めいたことはごめんです」
「し、しかし、アルム様が山賊たちを倒してくださるとおっしゃった!」
「山賊はおよそ三百人居ます。いくら元アスト魔法部隊副長のアルム様と言えども……」
そこまで言うたとき、ここが出番やと思うて、あたしは「アルムは捕らえたで!」と大声をあげた。
みんながあたしを見る。エドガーもフローラもセシールもワールも。そして村長も。
「なんだと!? ……ああ、なんてことだ!」
村長さんは膝をついてしもうた。
「みんな、争いはやめや! 山賊はこの村を襲わんし、村のみんなも山賊を殺さんでええ! それでええやないか!」
そう言うたら村人たちは一人ずつ武器の農具を手放した。
「さ、三百人の山賊なんて、勝てるわけがねえ!」
「おらだって無理だ! 初めから気が進まなかったんだ!」
これでなんとか場は収まったな。そう思うて一安心しとると――
「ユーリ、俺と戦え」
ジンがそないなことを言うてきた。あたしは「何を言うとるん――」とまで言いかけて、そのまま何も言えへんかった。
ジンは覚悟を決めた目で見とったから。
「ジン……」
「頼む。俺と決闘してくれ」
周りの人々がざわめき始めた。せっかく話がまとまったのにという顔をしとる。
「あんたと戦う理由なんてあらへん」
「……理由なら、ある」
ジンはあたしの顔を見つめた。
「未遂とはいえ、この村の人間にセシールは殺されかけたんだ。山賊の頭目として、父親としてケジメはつけないと駄目だ」
「……それなりに筋は通っとるな」
「それにだ。お前はこの村を守らなければいけない。そうだろう? セシールを助けて、俺を助けてしまったから、こんな事態になっちまった。だから、お前には、俺と戦って村を助ける義務がある……いや、こんな子供染みた理屈はどうでもいい」
ジンはにやりと笑った。
「このまま村を襲えば、お前だって助けざるをえない。結局戦うしかないのさ」
「あんたは単純に、あたしと戦いたいんか?」
その言葉を聞いて、ますます笑うジン。
「そうだ。俺はお前と戦いたい。ただそれだけなんだ。お前はどうする? 戦うか? それとも逃げるか?」
戦うか逃げるか。そんな選択、決まっとるやろ。
「戦うに決まっとるわ。あたしはもう逃げへんと決めたんや」
「……良い女だ。それでこそ、俺が認めた女だよ」
不意に村の外が騒がしゅう思うて、外を見たら、いつの間にか山賊たちが勢揃いしとった。
「総勢三百人の山賊だ。もちろん手は出させない。あくまでも見届け人だ」
「なるほどな。全員納得するやろな。あんたが負けるところを見たら」
「はっ。ほざくなよ」
あたしたちは自然と村の広場に足を進めた。山賊も村人も商人も全員離れていく。そしてあたしたちの戦いを見届ける位置に着いた。
「父さん! ユーリ! どうして戦おうとするんだ!」
セシールは大声で叫んだ。輿の上で暴れながら、ワールたちに宥められながら、なおも大声で喚く。
「もういいだろ! あたいの仇、取ってくれたんだろ! ていうか、商人たちとフローラが守ってくれたから、いいじゃんか!」
「セシール。お前は何も分かっちゃいない」
ジンはセシールに向かって言うた。それは父親が娘を諭すような言い方やった。
「男には、ケジメをつけなきゃいけねえときがあるんだ。それが今なんだ」
あたしはその男気に惚れ惚れとした。
ランドルフ、あんたみたいなやくざもんで筋を通すような人間がここに居るで。極道ちゅうのは異世界にも居るんやな。
「さあ。舞台は整った。おっぱじめようぜ、ユーリ!」
「ああ、いつでもかかってこいや!」
こうしてあたしとジンの戦いが始まったんや。
「先手必勝! オラァア!」
ジンは高熱を帯びた拳であたしに襲い掛かる。遠距離の攻撃やとあたしの水魔法で相殺されるって分かっとるからな。
「ジン。柔道ちゅうのは相手の力と動きを利用して、攻撃するもんや!」
先手必勝ならぬ後手必勝。あたしはジンの突き出した腕を取って、一本背負いを決めた。
もちろん高熱のジンの腕はめっちゃ熱いけど、そこは我慢して投げた。まあ、ほんの数瞬やったからな。
「すげえ体術だ。でもな、地面に叩きつけるだけじゃあ俺には勝てねえ!」
叩きつけながらもそのまま起き上がろうとするジン。まったくのノーダメージではないけど、結構タフやな。
このまま寝技に持ち込むこともできたが、せえへんかった。高熱の身体を持っとるジンに対してそれは悪手やしな。
せやから、あたしは距離を置いて風の魔法で対抗した。
「ウィンド・マシンガン!」
空気の弾丸がジンに向かう。ジンは立ち上がり、なるべく致命傷を避けるように、急所を腕でガードし、半身でこちらに近づく。
こっちは遠距離。向こうは近距離。確実な攻撃を与える間合いに踏み込むか踏み込ませないかの勝負になっとる。
風の弾丸はジンに多大なダメージを与えとる。もしかしたら勝てるかもしれん。
それに距離を空けながら魔法を唱えればこっちが勝つ。
せやけど――
「……どうして、距離を空けなかったんだ?」
目の前にジンが居る。身体中傷だらけで血まみれになってもなお、あたしの目の前で立っとった。
「お前なら、逃げることができたはずだ」
「あたしは逃げへんよ。それにあんたとの勝負を『逃げ』で終わらすのは嫌やし」
あたしは逃げも隠れもせず、ジンに向かい合った。
「勝負や。どっちが致命傷を負わせるか。どっちが速く攻撃できるか。誰もが納得するような勝ち方をせなあかん。さあ行くで」
あたしは魔力を練り上げた。必殺の攻撃ができる体勢を取った。
そんなあたしにジンはにやりと笑って言うた。
「すげえ女だ。俺が女を尊敬するのは初めてだ」
ジンも自分の身体でできる限りの高温を身体に纏う。
この場に居る全員が固唾を飲んで見守る中。
動いたんは――ジンやった。
「オラァアアアア!」
気合の入った拳であたしの左頬を思いっきり殴りつける。
風船が破裂するような音。
あたしは――吹き飛んでしもうた。
「ユーリ!」
女の子の声。セシールかそれともフローラか。いや、フローラはあたしのことを様付けで呼ぶから、セシールやな。
そないなことを冷静に考えられるくらい、あたしの頭の中は正常やった。
うん。上手くいった。
「な、なんだと……!?」
驚愕するジンの声。
あたしは何事もなかったように立ち上がった。
「……ぶっつけ本番やったけど、上手くできたな」
あたしの切り札、ちゅうことでもないけど、昔から考えとった魔法やった。
名付けて――水枕。
「水の防御壁。土の魔法を水に置き換えただけやけどな」
初めは水枕のように熱を冷やす目的で開発したけど、すぐに温くなってまうので、途中で諦めたんやけど、今回の勝負の最中に思い出したんや。
水枕の強度はそれほどない。柔らかいだけやった。でも緩衝材になってもうて、結果的にノーダメージやった。吹き飛んだのは水枕が熱による膨脹で破裂したのが原因や。
「……まさかそんな切り札を持っていたとはな」
「切り札? どっちかちゅうと捨て札や死に札やな。それでも、これならあんたの攻撃は効かへん」
ずっとジンの対策を考えとって、そういえばと思いついたのがこの魔法やった。せやけど、弱点があって、さっきみたいに水蒸気爆発でこっちが吹き飛んでまうところやな。
「今度はこっちの番や。覚悟せえや!」
あたしは何の魔法も小細工もせずに、真っ向からジンを――殴った。
避けられるはずのあたしの一撃を、ジンは何の魔法も小細工もせずに、受け止めた。
そしてそのまま大の字で倒れるジン。
ま、アルムとの戦いで限界やったんやろな。
「頭目が負けた……ユーリの勝ちだ!」
ワールの言葉に皆が喜んだり悲しんだり驚いたりして、村中が大きく揺れた。
あたしはどさっとその場に座り込んでまう。
「あー、しんどかった。もうしばらくは戦わんとこ」
一休みしたらとりあえず、ジンの身体を治すか。
そう思うたら眠くなって。
その場で寝てもうた。
目が覚めたのは二時間くらい経った後。
誰かが運んでくれたのか、ベッドの上で寝ていた。
「……誰か居らんの?」
誰も居なかったので、寂しくなって、外に出ると、そこには山賊たちがずらりと並んどった。
「はあ? なんやこの状況……?」
「ユーリ! やっと起きたか」
目の前には包帯だらけのジンが立っとった。
「ジンか。この状況、どういう――」
するとジンはその場に跪いた。
「ユーリ! いや姐御! 俺たちはあんたについていく!」
頭目であるジンの言葉に総勢三百人の山賊たちは一斉にあたしに跪いたんや。
「えっとな、その……」
「是非、盃を受けてくだせえ! 姐御が親分、俺たちが子分だ!」
うおおおおおおっと盛り上がる山賊たちの前であたしは呆然としてまう。
「俺たちは姐御のためなら命も惜しまねえ! 頼む、頭目になってくれ!」
「親分なのか、頭目なのか、はっきりせえや! いやあたしは――」
熱狂の渦に巻き込まれたあたしは、どうしてこないなことになったのか、分からへんかった。
あたしは始め、病気の子を助けようとしただけやのに、それが頭目と決闘して、起きてみたら、なんで――
「なんでこないなことになってもうたんやあああああああああ!?」
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