第75話あらやだ! 再び捕まるわ!

「おや。お久しぶりですな、使者殿。結局はお捕まりなるとは。徒労とはこのことですね」


 エルフの王城。正門前。

 縄で縛られたあたしは計画通り、エルフ国軍に引き渡されたんや。

 せやけど、まさか引渡しにリアトリスが来るとは思わへんかった。趣味の悪い金ぴかの鎧を着て、嫌味な言い方であたしを見下した。


「……地位のために女王を裏切るようなエルフにそんな口をきかれたくないわ」

「辛辣ですねえ。しかしわたくしはあなたと違って徒労ではなく、苦労をしているのですよ?」


 リアトリスはあたしを連れてきた変装中の革命軍のメンバー二人に、報奨金を渡しながら溜息を吐いて言うた。


「武勇に秀でていないわたくしがこの地位まで来るのに、どれだけ苦労したのか、あなたには分かりますか?」

「どうせ汚い金を使こうたんやろ」

「金に綺麗も汚いもありませんよ。いかに稼げるかどうか。ただそれだけですよ」


 リアトリスは高笑いをして、あたしに告げた。


「さあカサブランカ王子がお待ちです。付いてきなさい」


 リアトリスの案内で再び王座の間に入ったあたし。跪いて王子が来るのを待たされた。

 十数分後、王子は「やあ。また会えたね」と何故かフレンドリーに挨拶をして、王座に行儀良く座った。


「イレーネちゃんのお友達のユーリさんだね」

「……ちゃん付けすんなや」


 そう言った瞬間、傍に居った衛兵から「無礼な口をきくな!」と怒られてもうた。

 しかし当のカサブランカ王子は涼しい顔で「まあいいさ」と言うた。


「君には生きていてもらわないとね。結婚式で友人代表の挨拶をしてもらわないと」

「この外道! イレーネちゃんと無理矢理結婚する気なんか!?」


 喚くあたしにカサブランカ王子は「そのつもりさ」と余裕の顔をしとる。


「むしろどうして反対なんだい? 僕はエルフの王子で、後一ヵ月後ぐらいに王になるんだよ」

「当たり前やろ! 花束も指輪もなくプロポーズして、強引に結婚しようなんて考えるエルフの子供に、大切な親友を渡してたまるか!」


 するとカサブランカ王子は「あ、忘れてたね」とぽんと手を叩いた。


「そうだね。プロポーズにはそれらが必要だ。後で用意しておくよ。ありがとう」

「そないな意味やあらへんわ!」


 あたしは目の前の馬鹿王子を殴りたい気持ちで一杯やった。ていうか子供を本気で殴りたいと思うのは生まれて初めてやった。


「さてと。即位式まで時間があるね。それまで君には牢屋に入ってもらおう――って考えてたけど、前はそれで失敗しているからね。貴賓室で軟禁させてもらうよ」

「貴賓室? どこにあるんやそれ?」

「今から案内するよ。そこでおとなしくしてくれれば、欲しいものをできる限り用意する」


 カサブランカ王子は立ち上がって、あたしを指差した。


「彼女を貴賓室へ。それじゃ僕は忙しいから。バイバーイ」


 最後の挨拶がめっちゃ軽くて、腹が立ってもうた。

 ほんまに礼儀を叩きこまなあかんな。


 しかし貴賓室で軟禁となるのはどういうことなんやろか。ボタン女王も貴賓室で囚われとるなら、話は簡単なんやけど。

 そういうわけであたしは地下牢ではなく、上階にある貴賓室に案内されたんや。


「この部屋だ。今から縄を解くが、暴れるなよ」


 貴賓室は全部で六つあり、廊下を挟んで三つずつ並んどる。高級ホテルを想像してくれればええ。

 中はこれまた豪華な家具や寝具で埋め尽くされていた。


「食事は後に運ぶ。飲み物が欲しかったり用件があるときは、そこの紐を引っ張れ。ベルが鳴る仕組みになっている」

「さっそくやけど、水を持ってきてくれるか。喉がカラカラやねん」


 衛兵にさっそく頼むと「水差しで持ってくる」と事務的に言うて、その場を後にした。

 あたしはベッドに仰向けで倒れこんで、この後のことを考える。

 どうにかしてボタン女王と接触せなあかん。しかし軟禁されとるのにどうやって会いに行けばええんやろ?


 すっかり煮詰まってしまった頭を冷やそうと、あたしは窓の外を見た。うん? なんやバルコニーになっとるやん。せっかくやから出てみよう。

 バルコニーから覗く外は眺めが良かった。そりゃあ結構高い場所にあるからなあ。ま、ここから逃げ出すのは無理やな。カーテンをロープ代わりにしても下には届かへん。


「まったく。難儀なことやで……」


 知らず知らず呟くと隣の部屋から誰かがバルコニーに出た。

 何気なくそっちを向くと、ボタン女王が立っとった。


「ボ、ボタン女王!? なんでそないなところに!?」

「うん? ああ、そなたは使者の一人じゃな」


 驚くあたしに対して、それほど驚かへんボタン女王。というかどこか虚しげな感じがする。


「ボタン女王、あなたは――」

「もうよいのじゃ。わらわは疲れた……」


 そう言うボタン女王は前に見たときよりも歳を取っているように思えた。


「のう、使者殿よ。わらわの愚痴を聞いてもらえぬか?」


 あたしは「まあええけど」と頷いた。


「わらわはエルフのため、国のために施政していたつもりじゃ。しかし自分の息子に裏切られるとは思わなかった」

「心中察するにあまる、という奴やな……」

「使者殿も知っているとおり、この国は厳しい身分制度が敷かれている。しかしそれは人間との戦いに敗れたときには必要じゃったのだ」


 あたしは意味が分からへんかったので「どういう意味や?」と訊ねた。


「敗戦の責任を誰かに押し付ける必要があったのじゃ。結果、戦争に非協力的だったもの、敗戦のきっかけを作った軍の者、それに権勢を誇っておった者、それらを処分するために、身分というものを創ったのじゃ」

「……じゃあブルーカの中にはお偉いさんの子孫が居ると?」


 ボタン女王は自嘲ぎみに笑った。


「王家――いや当家は敗戦のどさくさに紛れて王位に就いた簒奪者よ。反対する者を押し込めるのに、苛烈な身分制度は必要だったのよ」

「結果として、それが歪みになっとるとは思わへんのか?」


 歪み。不意にカルミアの顔が浮かんだ。


「ああ、それも重々承知の上じゃ。しかし、いきなり身分制度を無くすことはできぬ。強引な手を取らぬ限りな」

「うん? どういう意味や?」


 ボタン女王はあたしに向かって言うた。


「そなたは革命軍の命を受けて、わらわに譲位せぬよう伝えにきたのだろう?」


 ずばり当たっとる予想にあたしは「なんで分かるんや?」と反射的に訊き返してしもうた。


「エルフの女王ともあろう者が、分からぬわけないじゃろ。使者のうち、一人しか捕まっていないこと。捕まるまでに時間がかかっていたこと。そしてそなたの態度。それらを統合して判断できる」

「……めっちゃ賢いな」

「そなたの主、皇帝でも判断できるだろうよ。そして人間に考えられることはエルフにも考えられるということじゃ」


 そしてボタン女王は最後にこう言うた。


「人間もエルフも、同じように成長する者、腐りゆく者が居る。ただそれだけなのよ」


 この言葉の意味は、あたしにはまったく分からず、ボタン女王の意図は計りかねた。

 ボタン女王はそのまま部屋の中に入っていった。あたしは声をかけることもできず、そのまま自室へと戻ってしまった。


「ボタン女王、何考えてるんやろうか……」


 呟いてみても、答えは見つからんかった。

 そのとき、コンコンとドアをノックされた。


「うん? ああ、水を頼んどったな」


 あたしは「入ってええでー」と声をかけた。

 ドアが静かに開いて、中に入ってきたのは――


「お、お久しぶりです。ユーリ」


 イレーネちゃんやった。まるで童話に出てくるお姫様のような格好をしとるけど、イレーネちゃんそのものやった。


「イ、 イレーネちゃん!? どうしてここに!?」

「あはは。衛兵さんにお願いして、会いに来ました」


 あたしはイレーネちゃんに近づいて、手を取って「はよここから逃げよ!」と言うた。


「ああ、でもあたしやらなあかんことあるねん。どないしよ……」

「……ユーリ、落ち着いて聞いてください」


 イレーネちゃんが真剣な顔であたしを見た。だからあたしはイレーネちゃんの言葉を待った。

 せやけど、イレーネちゃんの口から出た言葉は信じられへんものやった。


「私、カサブランカ王子と婚約します」

「……はあ?」


 続けてイレーネちゃんは言う。

 表情を崩さずに淡々と。


「それからユーリにお願いです。カサブランカ王子を助けてください。あの人――死ぬ気なんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る