第49話あらやだ! びっくり仰天だわ!

「いやあ。実に有意義な話し合いができましたよ」


 そう言うてあたしたちが居る部屋に来たクラウス。ランドルフも一緒に居る。

どんな有意義な話し合いをしたのか知らんけど、クラウスは今までにないくらいの笑顔やった。


「良かったなあ。うん? 皇帝はどこに居るんや?」

「あの人なら帰りましたよ。いや、プラトの王城に行くって言ってましたね」


 ほんまにフットワークが軽いなあ。まあトップがそれくらいでないと、判断が遅れてまうのかもしれんな。


「……正直、安心したわ。いくらヴォルモーデン家といっても、陛下をもてなせって言われてもできっこないわ」

「まあな。毎晩豪勢な料理ばかり食べとる皇帝をもてなすなんて、難しいわ」


 デリアのホッとした様子に思わずぽろりと言うてまうとイレーネちゃんが「どうしてそんなことを知っているんですか?」となんや恐い笑顔で訊ねてきた。


「おおう? なんや恐ないか?」

「いいから質問に答えてください」

「ええと、そらここに来るまでに散々ご相伴したからなあ――」

「へえ。そうなんですか。豪勢な料理を毎日食べたんですね」


 するとますます恐い笑顔で凄んできよった。


「私たちが心配しているのに、すぐに帰らないで、もてなしを受けていたんですね」


 一言一言区切りながらイレーネちゃんは言う。いや、イレーネちゃんだけやない。デリアも恐い顔をしとる。


 ここから女の子の女の子による女の子のための説教が始まった。

 しかも二重奏や。


「それで驚かせようと皇帝陛下を連れてくるなんて、正気を疑うわ」

「いや、言い出したのは皇帝のほうやし……」

「手紙でもあんまり詳しく教えてくれませんでしたね」

「その、守秘義務とかあるやん?」

「もしも皇帝陛下の機嫌を損ねたら、私の家、取り潰されてしまうかもしれなかったのよ?」

「そ、それは正直すまんかったわ」

「美味しい料理。なんて羨ましくて――嫉ましいのでしょう」

「イレーネちゃん? 論点ずれてへん?」


 助けを求めようと男三人衆に目線を向ける。

 エーミールは素早く目を逸らしよった。

 ランドルフは「自業自得だ」とばかり睨んどる。

 クラウスはにやにやと笑ってばかりや。

 ええい、やっぱ男は頼りにならん!


「ユーリ? 私の目を見てください……」

「あなた、さっきから一言も謝ってないわね?」


 二人の圧力。あたしは先ほどのデリアよろしく土下座をした。


「ごめんなさい。許してください」

「……世間の連中が見たらショックだろうな。大陸を統一した平和の聖女が同学年に土下座するなんてよ」

「ランドルフ、後で覚えておけや」


 まあそんなこんなで謝って許してもらったんや。根は優しいからなあ。


「そうだ。ユーリさん。お腹空きませんか? あなたに食べてほしいものがあるんです」


 涼しい顔をしとったクラウスが突然言うてきた。なんやろ?


「クラウスのことやから、美味しいもんやと思うけど、なんや?」

「そうですね。ここに持ってくるのはなんなので、移動しましょう。みなさんもどうぞ」


 クラウスは長い間、滞在しとったから、既に他人の家なのにどこになにがあるのか、どういう用途の部屋なのか、把握しとるようやった。部屋を出てあたしたちを先導する。

 なんかデリアが「なんで他人の家に詳しくなっているのよ……」と複雑そうな顔をしとるけど、まあそうやろな。心中察するで。

 案内されたのは調理場やった。清潔に使われとって、流石貴族の屋敷やなと感心する。


「見てほしいのはこれですね」


 倉庫から取り出したのは、青くて丸っこい形をした芋のような野菜やった。なんや知らんけど、食欲をかき立てる色合いではないな。


「なんやねん、それ」

「ソクラ帝国の領土内で育てられた野菜です。ヒントはあなたの故郷の味です」


 故郷の味? 芋? 大阪で芋言うたら――


「ま、まさか、里芋か!?」

「そのとおりです。ソクラ帝国ではブルイモと呼ぶそうです。色も形も違いますが、味は里芋ですね」


 里芋がなんだか分からんイレーネちゃん、デリア、エーミールはきょとんとしとった。

 でも逆にあたしは興奮してきたんや!


「これが、これがあれば、アレ、作れるんか!?」

「ええ。残念ながら豚玉しか作れませんけどね」

「クラウス! あんたは天才や!」

「褒めるのは早いですよ? こちらも見てください」


 そう言うて、料理場の奥に引っ込むクラウス。あたしはブルイモを手に取る。まるで宝物のように感じられた。


「ユーリ。なんなんですか? それは?」

「一体、何を作ろうと企んでいるのよ?」

「美味しいものや。あたしの思い出の味や」


 胸が一杯になってもうて、イレーネちゃんとデリアにそれしか言えんかった。


「お待たせしました。これが見てほしいもの第二弾です」


 持ってきたのは、大きな壺やった。なんや知らんけど、カタカタ言うとる。

 多分、まだ生きとるもんや。


「これは結構活きが良かったんですよ。試しに刺身で食べてみたら、絶品でした」


 クラウスは壺の蓋を取って、何の躊躇もなく、中の『生物』を取り出した。


「きゃああああああ!? 何よそれ!?」

「なんで魔物なんかが居るんですか!?」

「ちょっと! クラウスくん、正気かい!?」


 転生組以外の三人が驚く中、あたしは別の意味で驚いておった。


「そ、それは、タコ、なんか?」


 そう。色は黄緑色をしとるけど、見た目はタコそのものやった。


「オコパといいます。魔物の一種とされていますが、地元の漁師たちは食べるそうです」

「どうやって手に入れたんや? イデアルは内陸国やろ?」

「何言っているんですか? 海に面しているアストが降伏したじゃないですか」


 ああ、そう言えばそうやった。


「つまり、ユーリさん。あんたのおかげでもあるんだな」


 それまで見守っていたランドルフが口を開いた。


「大陸を統一して、物流が良くなって、各々の国の名産品が廻るようになって。それでこうして材料が揃ったんだ」

「……あたしのおかげ、なんやな?」

「ああ。ユーリさんは自身の手で好物を手に入れたと言っても過言じゃない。だから大陸を統一したことは無駄じゃない」


 なんや知らんけど、感動してまう。知らず知らずのうちに涙がぽろぽろ流れてきた。


「ユ、ユーリ? 本気で食べる気なんですか?」

「イレーネちゃん。それは愚問やで?」

「ど、毒があったらどうするのよ! そのオコパって魔物に!」

「デリア。地元の漁師も食べる言うたやろ。だから平気や」


 クラウスは「それじゃあ作りますか。お好み焼きとたこ焼きを!」と嬉しいことを言うてくれた。


「それじゃ、みなさんは食堂で待ってください。すぐにお持ちしますから」

「あ、ソースはどうなっているんや?」

「ふふふ。あまり僕を舐めないでいただきたいですね。既に用意しています」


 びしっと指差したのは、二リットルぐらいある蓋のされた桶やった。

 流石としか言いようがないわ。


「安心してください、ユーリさん」


 こっそりとあたしに耳打ちしてきたクラウス。


「僕の女神の加護でたこ焼きのプレートが召喚できます。完璧なものを用意しますよ」

「……なんや知らんけど、あんたが神様に思えてきたわ」


 そうして食堂で待機するあたしたち。期待に膨らむあたしに対して、不安そうなもんが多かった。特にエーミールはびびっとる。


「そういえば学校から手紙が来まして、もう冬季休暇に入って良いそうですよ」

「ほんまか。そんで、いつ明けるんや? イレーネちゃん?」

「確か光の月の二十八日までに学校に来なさいとのことでした」


 それまで休めるんやな。なんか学校にほとんど通ってないなあ。


「できましたよ。まずはお好み焼きです」


 クラウスが持ってきたんは、まごうことなくお好み焼きやった。食欲をそそる匂い。そして見た目。やっぱり粉もんは最強やな。


「次にたこ焼きです。青海苔と鰹節が無いのはご勘弁ください」

「いや。ここまでやってくれたのは嬉しいで」


 あたしは手を合わせて「いただきます」と言うた。

 だけど、誰もフォークを持ったりせえへん。


「うん? どないしたんや?」

「まずユーリさんが食べてください。ユーリさんが居なかったら食べられなかった料理ですから」


 クラウスの優しい声。そうか。なんや悪い気がするけど、食べようかな。

 一口ぱくりと切り分けたお好み焼きを食べる。

 前世以来の味、再び涙が出てまう。

 そしてたこ焼き。あつあつをふうふうしながら食べる。

 これも美味しい。


「クラウス。あんたは最高の料理人やな」

「褒めていただき、感謝の極みってやつですね」


 あたしは夢中になって食べる。その姿を見て、警戒しとったみんなも食べ始めた。


「なによこれ……美味しいじゃない!」

「あ、あんな不気味な姿なのに、こんなにも美味しくなるなんて!」

「おかわりください!」


 やっぱ美味しいもんは世界が変わっても、同じなんやな。

 そう思いながら、夜は更けていった。





 その後の顛末を話すことにする。

 まずおかんにめっちゃ怒られた。

 何の気のなしに家に帰ると、おとんがホッとして何かを言う前に、おかんに頬を引っ叩かれた。

 エルザは呆然としとった。あたしも何が起こったのか分からんかった。


「どうして! どうして無茶なことをしたのよ! どうして何も言ってくれなかったの! 私たちは家族でしょ! なのに、どうして……」


 泣き崩れてしもうたおかんに、あたしは何も言えへんかった。


「マーゴットが言ってくれたから、俺からは何も言わない。だけどな、家族を心配させることだけは、これからしないでくれ」


 おとんはおかんを寝かしつけた後、諭すように言うた。


「平和の聖女と呼ばれていても、お前は俺たちの子で家族なんだ。忘れないでくれ」


 あたしは黙って頷いた。情けなくて何も言えへんかったから。

 エルザが「お姉ちゃんは私の誇りだよ」と言うてくれたけど、めっちゃ反省した。

 家族に心配かけるのはあかんなあ。

 それからおかんになんとか口をきいてもらうまで、三日かかったんやけど、それはまた別の話やな。

 それから学校に行くまで魔法の練習したりした。外を出歩くと変に注目されて困るからや。まあ、街の連中は半信半疑やったけど。





 そして光の月の二十二日。再び学校に向かうことになった。おとんは仕事、おかんは検診で居らんかったから、エルザだけが見送ってくれた。


「まったく。二人ともお姉ちゃんを見送らないなんて!」

「忙しいんやから、しゃーないやろ」


 あたしはエルザにいちご味の飴ちゃんを渡した。嬉しそうに舐めるエルザ。


「またな。今度はお土産買うてくるで」

「ありがとう。お姉ちゃん!」


 そんで馬車に乗って魔法学校まで戻ってきたんや。途中、イレーネちゃんと合流したり、休憩中にデリアの馬車に遭遇したから、それに乗せてもらったりした。

 光の月の二十七日。あたしとイレーネちゃんとデリアは古都テレスに戻ってきた。


「久しぶりやな。懐かしいわ」

「とりあえず学校に行くわよ。その後ゆっくりしましょう」

「せやな。それじゃあ行くか」


 魔法学校に入り、担任の先生に報告しようとする。クヌート先生にや。

 でも見当たらん。どこにもおらへんねん。


「あの先生、どこにいるのかしら?」

「あ、あそこにアデリナ先生がいますよ。訊いてみましょう」


 戦闘訓練の先生、アデリナ先生が居ったので「アデリナ先生、こんにちは」と声をかけた。

 アデリナ先生は「おや。ランクSの……」となんや元気のない感じで返事した。


「先生、クヌート先生見ませんでしたか?」

「……どうやら知らないみたいですね」


 アデリナ先生は憂いを帯びた顔で言う。

 それは信じられへん言葉やった。




「クヌート先生は、死にました」

「……は?」


 続けてアデリナ先生は言うた。


「どうやら、何者かに殺されたようです」


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