第八章 魔法学校陰謀編
第50話あらやだ! ミステリーだわ!
クヌート先生が死んでしもうた。
しかも殺された。
その事実はおばちゃんのあたしにも衝撃的やったけど、それ以上にイレーネちゃんやデリアが受けるショックというものは相当なもんやった。
「新しい担任の先生が決まるまでは、私が基礎演習を請け負います」
気丈な面持ちでアデリナ先生は言うた。そしてあたしたちを慰めるようにクヌート先生のことを語る。
「アストを降伏させた、大陸を統一したことはクヌート先生も驚いていました。いえ、それ以上に喜んでいましたね。担任であることに誇りが持てたと言ってましたよ。だから――」
そしてアデリナ先生は慰めるように言うた。
「クヌート先生に無念はなかったと思います。だから元気を出しなさい」
一人ずつの肩に手を置いてから、アデリナ先生はその場を去っていった。
「なによ……なんなのよ……」
デリアは悲しいちゅうより、虚しい気持ちで一杯なようやった。もしかすると身内や知人が死ぬのは初めてかもしれへんかった。
「たった一回、授業を受けただけの間柄だけど、それでもこの気持ちはなんなのよ……」
「多分、それは喪失感や」
本来なら自分で答えを見つけることや。でもな、本来という言葉ほど残酷なもんはあらへん。教えられるものは教えなければあかんのや。
そうでないと答えの見つからない感情に押しつぶされてしまうんや。
「ユーリたちがアストに行っている間、私はクヌート先生に教わっていました」
静かに語り出すイレーネちゃん。涙は流さへんかったけど、悲しいという気持ちは伝わってくる。
「私が魔法制御が苦手だと知ると、分かりやすいように丁寧に教えてくれました。やる気のなさそうな感じなのに、教え方は的確でした。いい先生だと思います。だけど、どうして――」
あたしはイレーネちゃんを後ろから抱きしめた。彼女は腕を握ってくる。
心の中にカラっとした風が吹いた。まるで枯れ葉を落ち葉に変えるような、無慈悲な風やった。暖かみがない冷たい風やった。
窓の外を見つめた。
まるで無力なあたしらを馬鹿にするような青い空やった。
「聞いたぜ。クヌート先生が死んだそうだな」
「ええ。しかも殺されたらしいですね」
翌日。やることもないし、もやもやした気分を払拭しとうてしゃーないあたしは修練塔に訪れとった。そこにはランドルフとクラウスがいつもの通りに訓練をしとった。
せやけど、あたしが来た途端、訓練を止めて話しかけてきた。二人とも気になっとるんやろな。
「それで、ユーリさん。あんたどうする気なんだ?」
汗をタオルで拭きながらランドルフは当然のように訊ねてきた。
「どうするって……流石に人を甦らせる魔法なんてないやろ。ゲームや漫画じゃあるまいし」
「そうじゃねえよ。犯人探しするかどうかだ」
それは――考えてあらへんかった。
そうや。アデリナ先生はクヌート先生が殺されたと言うとる。だけど犯人が捕まったとは言うてへん。『何者かに殺された』と確かに言うてた。
せやけど、手がかりも何もないのに、どうやったら見つけられるんや?
「ランドルフ、あんた心当たりあるんか?」
「ねえな。まったくもって皆無だ。なんだこれは。ファンタジーの次はミステリーか? 展開を変えすぎだぜ」
そう愚痴るランドルフに「あはは。何言っているんですか、ランドルフさん」とクラウスが近づいてくる。
「この世界は僕たちにとって小説でもなんでもありません。現実なんですよ。だからどんなことが起きても不思議じゃない」
「現実は小説よりも奇なり、っていうやつか?」
「なんやランドルフ。自分頭良さそうやん」
「からかうな。それで、あんたはどうするかだ」
ランドルフは真剣な眼であたしに問う。
あたしの心に問う。
「クヌート先生は悪い奴じゃないと俺は思う。裏では何をしているのか、何をしたのか知らないが、少なくとも俺たちの前では不正や義理の欠いたことはしなかった。むしろ良い先生だった。カリキュラムをしっかり組んでくれたし、俺たちが戦争に行っても死なないようにと教育してくれた。好感を持てる人だった。まあやる気のなさそうな感じは玉に瑕だったけどな」
最後は軽く笑ってから、そして宣言した。
「俺とクラウスは犯人探しをすることに決めたぜ」
「見つけてどないすんねん?」
「ケジメをつけさせるさ」
「小指でも切り取るつもりか?」
「あはは。そんな乱暴なことはしないですよ」
クラウスは「あなたのせい、というか影響ですよ」とあたしに向かって指差した。
「あたしのせい? 影響? なんやそれ?」
「自分の担任を殺されて、黙って学校生活を過ごすなんて、そんなことは僕たちの癪に障るんですよ。ユーリさん、あなたもそうでしょう? アストの王子を助けてしまった気持ちと一緒ですよ」
心の中にあるもやもやの正体がなんなのか、ようやく分かった気がする。
あたしは犯人を見つけて、ちゃんと裁いてほしいんや。
「よう分かった。あたしも協力したる。ただし条件がある」
「なんですか? 条件とは?」
「もしもクヌート先生が悪人で犯人が善人やったとしたら――」
「だとしても殺人は殺人だぜ」
ランドルフは厳しい顔をしとる。そして続けて言うた。
「どんな悪人や悪党だろうと殺されていいわけがないぜ」
「……元やーさんの台詞とは思えへんな」
「だからだよ。人を殺したらごめんなさいで済まない世界で生きてきたんだ。だから命の重さは嫌と言うほど知っている」
ああ。だからタイガを助けるあたしを止めへんかったんやな。
「俺としては復讐したいけどな。何にでも『返し』は必要だからな」
「はっ。そっちのほうがやーさんやな」
「決まりですね。それでは僕たち三人で調べましょう。いや四人かな」
クラウスは「エーミールくんも手伝ってくれるそうです」と言うた。
「なんや。それやったらデリアとイレーネちゃんも――」
「いえ。二人には内緒です。というより、ユーリさんは動かないでください」
思わずぽかんとしてまう。動かないでください?
「どないなことやねん? 動かないでって――」
「自分の知名度分かってます? あなたはもう裏でこそこそできないんですよ。有名人がこっそり恋人と会っても週刊誌にスクープされるように、何しても目立ってしまいます」
「じゃあどうする――あ、だから動くな、か」
クラウスは「もしもクヌート先生が死んで動く人間が居るとしたら、ユーリさん、あなたですよ」と指摘した。
「戦争を止められた人間が、自分の担任の不審死を調べないわけがない。クヌート先生を殺した人間、単独か複数か知りませんけど、その人間はおそらくあなたを警戒します」
「だったら動かないのも警戒されるんちゃうの?」
「ええ。確実に見張りがつくでしょう。その隙を僕たちが狙います」
なるほどな。上手く考えてるやんか。
「ランドルフさん、エーミールくん、そして僕。この三人の囮になってもらいます」
「……ええで。元々探偵めいたことは苦手やったからな」
まあ自分の手で犯人を特定できひんのは残念やけどな。
「調べたことは逐一報告しますよ」
「ああ、そうしてくれるか。助かるで」
「話は以上だ。それから女子二人が調べようとしたら止めろよ? それから俺たちが調べていることも内緒な」
「それも分かっとる。そんでいつから調べとるん?」
「流石に昨日今日で調べられないですよ。しかし不審に思ったことはあります」
クラウスは「僕が言うことは相当おかしいですが、それでも僕は正気です」と前置きしてから言う。
「クヌート先生の顔や背格好、覚えていますか?」
一瞬、何を問われたのか分からんかったけど、次の瞬間に理解する。
あれ? どないな顔をしとったっけ?
ていうか、初めて会うたとき、やる気のなさそうな顔としか認識せえへんかった?
そ、そんな。顔を思い出されへんなんて、ありえへん!
「これは、どないなっとるんや?」
「やっぱり。ランドルフさんとも確認しましたけど、ユーリさんもそうでしたか」
「表情とかは分かるけどな。髪の色、ヘアスタイル、顔、服装、全てがもやにかかったように分からねえ。殺した奴の魔法か?」
他者の記憶を操作? もしくは改ざん? あるいは消去?
考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる。
クヌート先生、あんたの顔、どないやったっけ?
「とりあえずはそこらへんも探ってみますよ」
そう言うて、クラウスは修練塔の出口に向かった。
「ユーリさん。もしかしたら――」
「なんや?」
「いや、なんでもないです」
気になるようなことを言うて、それから出て行ったクラウス。
「意味深だな。まあいいさ。ユーリさん、一応魔法の練習をやっておけよ。不自然に思われるからな」
「ああ。分かった。そうするわ」
ランドルフも出て行って、修練塔で一人きりになったあたし。とりあえず二百周走ることにした。
今はただ無心になりたかった。
そうすれば、顔も分からない担任の先生の死を悲しむことができると思うたから。
ただ無心に。それだけがあたしの――
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