第47話あらやだ! 皇帝と夕飯だわ!

「どうですか? 一応、帝国で手に入る美味や珍味を集めたんですけど。気に入りましたか?」


 皇帝との夕飯だなんてヨーゼフのおとんあたりが聞いたら卒倒するやろなと思いながら、料理を口に運ぶ。長いテーブルには皇帝とあたし、ランドルフ、イデアル公、そしてシヴさんがおる。


「庶民の舌には贅沢すぎて、よく味は分かりませんわ」

「異世界では流通が発達しているのに、贅沢品というものがあるんですね」

「人間の稼ぎには限界があるし、希少なものはめっちゃ高いねん。ていうかこの世界のほうが安い場合もあるかもしれん」


 そう答えると「なるほど、希少価値を高めるのはリスクがありますね」と考え込む。

 しかしまあ、キャビアっぽいのとフカヒレっぽい奴があったり、今まで食べたことのない上質な牛肉やマグロ、瑞々しく新鮮な野菜や前世では見たことのないフルーツ。豪華絢爛とはこのことやな。


「ランドルフさんはどうですか? 裏社会は儲かるのではないですか?」

「いや。そんなことはない。暴対法という法律が厳しくてな」

「ふうん。裏ギルドを取り締まる感じと似てますね」

「それよりもたちの悪いとだけ、言っておく」


 そないな会話をしとると、ワインを呑んどるイデアル公は「しかし『転生者』は記憶力がいい」と感心したように言うた。


「普通、前世の記憶など詳細に覚えていないはずだ」

「多分、女神が何かしたんだろうな。覚え続けたくないことまでしっかりと覚えているからな」


 ランドルフの言葉に皇帝は何かを思い出したようやった。


「女神、ですか? そういえば『転生者』はおよそ三人ほどの女神によって、この世界に転生されるらしいですね」


 皇帝の言葉にイデアル公は「ほう。そうなのですか」と感心しとる。


「お前たちはその女神の名などは知っているのか? 教えてくれないか?」


 イデアル公の素朴な質問にあたしは何気なく「ええよ」と答えた。


「確か『ミルフィーユ』と言うてたな」

「……? 今、なんと言った?」


 イデアル公が不思議そうな顔をした。あたしは何が何だか分からんかったから「うん? 『ミルフィーユ』やで?」と繰り返し言うた。


「……悪いが聞き取れん。いや何かを言っているのかは分かるが、何を言っているのかが理解できんのだ」

「……どないなっとんねん」


 このやりとりを眺めてた皇帝は噴き出すように笑った。


「あっはっは。やっぱり伝承どおりですね」

「皇帝さんよ。あんたは何か知っているのか?」

「ランドルフさんは女神の名前は聞こえてますね?」

「ああ。もしかして、あんたらは聞こえないのか? いや、聞こえているが理解できないというべきなのか?」


 なんや分からんことを言うランドルフに「正解です」とにっこり笑った。


「過去の『転生者』も女神の名を口にしたんですけど、我々には理解できませんでした。筆談でも仕草でも指差しでも。いかなる方法でも女神の名を知ることができません」

「じゃあなんで三人って分かんねん」

「なんでも『転生者』同士には伝わるようです。まあ名前だけではなく姿やなり形も伝えることはできませんけど、自分を転生した女神と他人を転生したものの違いぐらいは私たちに伝えることができるそうです」


 ふうん。よう分からん。正体を知られたくないって、神様って恥ずかしがり屋なのかな。


「そういえば、大陸教会が信仰している神も三柱だったな。まあ、龍族から知識を奪った三人の女をモデルにしているらしいが」


 そう言うて、ランドルフは肉を大振りに切って、口に運んで咀嚼した。


「まあ全知全能の神など私は信じていませんけどね」


 そうや。全知全能で思い出した。聡明すぎる皇帝に訊きたいことがあった。昔貴文さんから聞いた、論理テストなんやけど、ノース・コンティネントで一番頭の良い皇帝はどんな答えを出すんやろ。


「皇帝陛下。一つ質問ちゅうか、クイズ出してええか?」

「クイズですか? いいですよ。クイズは得意です」


 あたしは苦手やけどな、とは言わへんかった。


「みんなも考えてほしいんやけども、さっき皇帝陛下が言ってた『全知全能の神』が居るとするやんか。そんで、その神様ははたして『誰も持てへん重さの石』を持つことができるかどうか。さあどうなる?」


 ランドルフは流石に知らんらしく、みんなと一緒に考え始めた。


「作れるんじゃないですか? だって全知全能なんですから」


 シヴさんがおずおず答えるとイデアル公は「いや、それは不適だな」とすかさず答えた。


「全知全能の神にも持てないという意味になる」

「えっ? ああ、そうですね。となると、作れない場合でも――」

「そうだ。全知全能ではないことになる」


 まあ一種のパラドックスちゅうやつやな。あたしは当然答えを知っとる。しかし初めて答えを聞いたときは腹が立ったなあ。


「駄目だな。俺には分からん」


 ランドルフは早々に諦めて料理に手をつけた。イデアル公とシヴさんは皇帝の言葉を待っとる。

 そして皇帝はというと、興味深そうにあたしを見つめていた。


「面白いクイズですね。参考になりました」

「参考になったのはええけど、答えは分かったんかいな」

「ええ。もちろん分かりました」


 皇帝はにやりと笑って言うた。イデアル公とシヴさんは前のめりで答えを聞こうとした。


「おそらくこうでしょう。『全知全能の神はその石を持たないまま持った』のでしょうね。これが正解です」

「……うん? 陛下、すみませんが理解できないのですが」


 イデアル公の理解を超えてしもうたらしい。シヴさんも皇帝が何を言うてるのか分からんらしい。

 皇帝は「この場合は全知全能の神という点がポイントです」と言うた。


「全知全能、つまりなんでもできる絶対者、超越者ならば、『持たないまま持つ』という矛盾を軽々とクリアできるはずです。まあ右を向きながら左を向くようなことですね」


 そう。それが正答やった。全知全能の神がおるならば矛盾を超えることなんて朝飯前やろ。

 全てを貫く矛でも。

 全てを防ぐ盾でも。

 作れんことないはずや。

 まあ、これは貴文さんの受け入りやけどな。


「流石皇帝やな。素晴らしい答えや。正解や」


 パチパチと拍手するあたしに皇帝は「まあそれほどでもありますよ」と自慢げに言うた。


「さてと。お二人にまだ話しておかなければいけないことがあります」


 皇帝は改まって言う。あたしとランドルフは姿勢を正して聞く。


「どうです? 私の直属の部下になりませんか?」

「部下? 具体的にはどういうポジションやねん?」


 問うと「正直、ユーリさんを私は持て余しています」と素直に悩みを打ち明けた。


「平和の聖女と呼ばれるほどの名声を持っているユーリさんをこのまま普通の生活に戻してよいのか。そしてランドルフさん。あなたも『転生者』と分かった以上、管理下に置きたい気分です」

「……気分ってことは、する気がないのも含まれているのか?」


 警戒するランドルフに皇帝は「そこが悩ましいんですよ」と困った顔で言う。


「私としてはユーリさんを殺せなくても、あなただけは殺せるんですけどね。まあそれは流石にしませんけど」

「脅しに聞こえるけどな」

「ええ。脅しです。人一人消すぐらい私には造作もない。しかしそうなるとユーリさんやもう一人の『転生者』を敵に回すことになる。それも避けたい」


 するとランドルフは「だから味方、つまりは部下に引き込もうって腹なのか」と厳しい顔になった。


「そうです。厄介な敵より有能な味方のほうがいいですよね」

「悪いが部下になる気はない。俺にもやらなければいけないことがあるからな」

「あたしも部下にはなれへんで。魔法学校に戻らなあかんねん」


 ほんまはええ話や。

 でも、戦場に行かない以外に立派な治療魔法士になっておかんを助けなあかんからな。

 はっきり断ると「ではこうしませんか?」と皇帝は提案してきた。


「ユーリさんの言い方だと、魔法学校を卒業したら部下になってもいいということですよね?」

「まあ内容によるな」

「では私の補佐官になってください。魔法学校を卒業したら。あ、補佐官はシヴさんの地位ですね」

「そんならシヴさんはどうなるんや?」

「ああ、補佐官と言っても一人だけ任命するわけじゃないですよ? それに彼女は既に首席補佐官へ出世しますし。一週間後に」

「えっ? 陛下、初耳ですけど!?」


 シヴさんの素っ頓狂な声に皇帝は「あれ? ああ、今のは忘れてください。内緒でした」とさらりと応じた。


「そのときまで補佐官は空けときます。ユーリさんが良ければ、補佐官になってほしいです」

「返事は今しないとあかんか?」

「いえ、卒業までに答えてくださったらいいですよ。というより、もしも国に役立つことがしたくての辞退なら、それはそれで応援しますし」

「なんや、破格の申し出やな」

「そりゃあそうです。『転生者』は貴重ですから」


 どうしても囲い込みたいようやな。


「ランドルフさんは武官に取り立てますよ。あなたなら活躍できそうですし」

「悪いが、確約はできない。これならどうだ? 俺とユーリさん、そしてもう一人の『転生者』クラウスは帝国に不利益なことはしないし、帝国以外に仕えない。約束する」


 皇帝は「その約束は何で保障されるんですか?」と訊ねた。


「誓書でも書いてくれるんですか?

「いや、俺の誇りにかけて誓ってもいい」


 ランドルフはおもむろに立ち上がってローブを脱いだ。そして上半身を露わにして背中を向けた。

 そこには立派な『龍』が刻まれておった。

 皇帝もイデアル公もシヴさんもまるで生きておるかのような刺青に言葉を失ってもうた。


「……立派な文様、いやそれ以上ですね。なんと評すれば良いのでしょうか」

「刺青という。俺の誇りだ。俺はこの刺青に誓う。また盃を交わしてもいい。俺は絶対に裏切らん」

「……あたしも盃交わしてもええで。カタギやけど、誓うと約束するわ。あ、でもクラウスはあんたが直接説得してな?」


 皇帝はしばらく何も言えへんかったけど、やがて豪快に笑った。


「あっはっはっはっは! 素晴らしい! 前世のある人間は人生経験が違いますね! 自分というものを持っています!」


 そして皇帝は「いいでしょう。盃を交わしましょう」と言うた。


「しかしもう一人大事な人が足りませんね」

「クラウスですか?」


 すると皇帝はにっこりと笑うてこう言うた。


「その人は確かプラトの医療院にいらっしゃるんですよね。それでは行きましょう。時間ができたら出発です!」


 フットワーク軽すぎひんか? 呆れるあたし。愉快そうなランドルフ。驚くイデアル公。混乱するシヴさん。

 みんな違った反応をしつつ、夜は更けていったんや。

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