第46話あらやだ! 皇帝の考えを聞くわ!
「警察などの公安関係や地方自治の話は参考になりましたね。いや、はっきり言ってこれからの課題の解決になりそうです」
にこやかに話す皇帝に「これからの課題ってなんやねん」と訊ねる。もうイデアル公もシヴさんもあたしの言葉遣いを注意しなかった。
「流石に広大となったソクラ帝国を私一人で治めるには限界があります。かといって他の者に過度な権力を与えると不正や腐敗が起こるでしょう。それを解決する方法があなたたちの話にありました。流石に文明が進んでいるだけはありますね」
「具体的に聞かせてくれるか?」
ランドルフの質問に皇帝は「まず知事、いえ領主にしましょうか。彼らを地方ごとに置きます」と説明し出したんや。
「領主には税や施政、最低限の食糧流通の管理などをさせます。しかし内治だけを専門にやらせて、兵権は取り上げます。加えてその地方の治安維持を専門に動く警察、いえ自警隊を組織します」
「知事と警察の名称を変える必要あるんか?」
「馴染みのある名前にしないと臣民は理解し難いんですよ。自警団は元々ありましたしね。それで自警隊のトップと領主の間に上下関係はなしにします。まあ協力関係ぐらいは認めてもいいでしょうけど」
「協力関係? どういうことだ?」
「ランドルフさん。たとえば領主の部下が不正を働いているとします。それを明るみに出す手伝いをする程度は認めても構わないと思いませんか?」
ランドルフは「まあ、前世の世界でもやっていることだからな」と一応は納得したみたいや。
「でも、領主と自警隊が癒着関係にあったらどないするんや?」
「ゆちゃく? ああ、蜜月の関係ですか。それも考えてあります。自警隊を取り締まる人を数名、密偵として潜り込ませます。そうですね、特務官と名付けましょうか」
それを聞いたランドルフは「組織ではないのか?」と言うた。
「そうですね。組織というのは必ず腐敗します。それならば少人数で、しかもその少人数は互いを知らないほうがいい」
「なんや人を信用してない風に思えるなあ」
「ええ。私はあまり人を信用していません」
皇帝はこのとき、おそらくやけど、彼らしくないけど、なんの衒いもない本音を口にしたんや。
「人は大なり小なり嘘を吐くものです。為政者はそれを見極めて政治を行なわなければいけません。そして為政者は誰も信用してはいけないのです。でないと寝首をかかれます」
この人は孤独なんや。いや孤高と評したほうがええんやろか。なんだか悲しい気分になった。
「さて。後はどういう風に割り振りするかですね。領地替えもしなくちゃいけませんし」
「そういえば、参考にならなかった事柄ってなんなんだ?」
何気なくランドルフが訊ねると「ああ、三権分立と民主主義ですかね」とさらりと言うた。
「特に裁判権の独立でしたっけ? あれは危険すぎます」
「どうしてや? 理に適っとると思うけど」
「そうですね。たとえばユーリさん、想像してみてください。隣の大陸、セントラルから国賓がやってきたとします。その彼を暴漢が襲い、怪我をさせたとします。国としては暴漢を死罪にしないといけない。そうしないと戦争が起きますから。しかし法的には死罪にならない。さて、独立している裁判所はどういう判断を下しますか?」
「そりゃあ、死罪にせえへんやろ」
「そこが問題なのです。それがきっかけで戦争が起こるかもしれない」
「でも裁判権が独立してるんやからしゃーないやろ」
「そうです。そこが大きな落とし穴なんですよ」
皇帝は至極真面目な顔で言うた。
「裁判権の独立がこの世界共通の認識ではない限り、誰も納得がいかないということなのです」
「うん? ああ、なるほど。世界に認められてない法は野蛮なもんと変わりないちゅうことか」
「そうです。だから裁判権の独立は認めるわけにはいかない。加えて皇帝という権力者に従わない機関はないほうがいい」
なんでもかんでも未来の常識を取り入れるもんやないな。
「民主主義もそうです。字も読めない、無学に等しい人間が多いこの大陸でそんなことをしたらパニックになります。選挙権も論外です。議会はありますけど、予算の審議と法律の作成以外はやらなくていいですね」
そこまで聞いたランドルフは「なんだかあんたの権限や地位を守るようなことしか考えてないように思えるな」と鋭く切り込んだ。
「そんなに自分の権力が大切なのか?」
「ええ。大切です。おそらく私はこの大陸で最も賢い人間でしょう。だからこそ私は権力によって守られなければならないのです」
「それは何故だ? 皇帝で居続けるためか?」
「いいえ。この国の平和のためです」
ランドルフは言葉に詰まってもうた。皇帝はさらに言う。
「おそらく、民主主義とやらに支配されたあなた方の国は確かに自由でしょう。チャンスがあれば立身出世は可能です。しかしそこには平等というものがない。公平というものがない。悪平等で不公平が横行しているはずです。私が推測するに、民主主義は人気取りの衆愚政治に成り下がっていませんか? もしくは金満政治に落ちきっていませんか?」
ランドルフは何も言えへんかった。あたしも何も言えへん。まさにそのとおりやったから。
「政治家という人種は金と自分の地位にしか興味を持ちません。または自分の支持者の利権を叶える存在でしかない。本当に国を動かしているのは官僚と呼ばれるエリートたちです。それならば政治家は要らないです。為政者は私だけで十分です」
「随分と自分に自信があるようだな」
「自信がなければとっくに皇帝を辞してますよ。なんでこんな面倒なことをしなくちゃいけないんですか」
なんちゅうか、自分の才能を理解しとる天才ほど、厄介な者はおらんな。
「そうですね。教育制度を創るのは悪くないですね。それは教会に任せますか。シヴさん、大陸教会の会長との面談をしますので、連絡しといてください」
「わ、分かりました」
「なんで教会なんや?」
「新しく教師を育成するのには時間がかかりますし、神父なら説法に慣れてますから、それゆえに人前で話すのにも慣れてます。教えるのも上手いでしょう。それに神父には学がありますからね」
なるほどなあ。……さっきから感心してばかりやな、あたしは。
「そういえば、どうして国は教会を保護しとるん?」
「宗教は金になりますし、臣民の精神衛生上、必要なんですよ」
「どういう意味や?」
「教会があるところには人が集まります。帰依して恩恵に与ろうとしますから。人が集まれば集落ができ、やがて街となります。それによって税も取れますしね。また教会の教えは文盲にも分かりやすい。無学な者にも『人を殺してはいけない』『物を盗んではいけない』と分からせることが可能です」
「そういう思惑もあるんやな。知らんかったわ」
皇帝は「さて。たくさん話してしまいましたね」と言うて立ち上がった。
「政務の時間なので、そろそろ執務室に向かいます。シヴさん、三人を来賓室へ。今日は宮殿に泊まってもらいます」
「かしこまりました」
「では、また。一緒に夕食を食べましょう」
そう言うて、皇帝は私室を去っていく。イデアル公もランドルフも立ち上がって見送ったので、あたしも見よう見真似で立ち上がってお辞儀をした。
その後シヴさんの案内で来賓室に向かった。個室で三人別々の個室や。中は皇帝の私室よりも奢侈で華美で豪華やった。
でも皇帝の私室の落ち着いた内装のほうが好きやな。
「ユーリさん、ちょっといいか?」
来賓室でぼうっとしとるとランドルフがノックしてきた。あたしは「ええよ」と言うた。
ランドルフは「一つだけ疑問があるんだ」と単刀直入に言うてきた。
「なんや? 疑問って?」
「どうして『女神の加護』のことを俺たちに訊ねなかったのか、だ」
そういえば、一番先に訊くべきことを皇帝は訊かへんかったな。
「さあ。分からん。昔の『転生者』が話さんかったのかな?」
「もしくは知っていたのに、訊ねなかったってことだ」
うーん、なんやろ。皇帝の狙いってなんやろか?
「ま、互いに用心しようぜ」
そう言うて、ランドルフは部屋から出て行った。
うぬぬ。考えるのは苦手やけど、考えなあかんな。
これからの平和な人生がかかっておるからな。
あー、しんどいわ。
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