第10話あらやだ! 戦闘訓練するわ!

 デリアにからまれてからほどなくして、戦闘訓練の先生がやってきた。その先生は初日に受付をしてくれはった巨乳な姉ちゃんやった。目つきが鋭く、なんちゅうか戦うキャリアウーマンみたいやな。


「私が戦闘訓練を担当するアデリナです。よろしく」


 そっけない言い方やなあ。しかも隙がない。高校のとき柔道の県大会でああいう強い女性は何人も見たけど、そないに神経を張り巡らせとるような人は初めてやな。


「今回は初回ということなので、まずは魔力の形成について教えます。属性ごとに一列に並んでください」

 かなり本格的やな。

 あれ? 二重属性のあたしはどないしたらええんやろ?


「先生、あたしはどっちに並べばええんですか?」

「うん? ああ、ユーリ。あなたは一先ず列から離れてください。他の複数属性の人も列の右に集まってください」


 なんか仲間はずれみたいやけど、そこはおとなしく「分かりましたー」と答えた。


「おいおい。ランクSで複数属性か」

「天才ってどこにでもいるのね」


 みんなの視線が集まってきとる。あんまええ気分やないな。

 右にぽつんと居ったけど、すぐに誰かがやってきた。

 なんとデリアやった。


「おお、あんたも二重属性かいな」

「……あなたと一緒なんて、あまり嬉しくないわ」

「そんな酷いこと言わんといてえな。それであんたの属性は?」

「あんたって言わないでくれる? 私にはデリア・フォン・ヴォルモーデンという名前があるのよ」

「ああ。ごめんな堪忍やで。それでフォンは――」

「なんで称号名で呼ぶのよ! 普通選ばないでしょ!」

「おお、ナイスツッコミやで! 見直したで!」

「まさかわざとなの!? 何よその親指は! へし折るわよ!?」


 貴族でもこうした漫才ができるんは、感動的やな。周りの生徒も笑いを堪えとる。


「ちょっとしたボケやんか。えっと、じゃあなんて呼べばええんやろ」

「ヴォルモーデンさまと呼びなさい」

「ええで。それでヴォルモーデンさまの属性ってなんやねん」


 デリアは顔を引きつらせて「……なんでそういうところは素直なのよ」と呟いた。ま、すかしてみるんも悪うないからな。


「高貴な私は火と風の二重属性よ」

「おお! あたしと半分かぶっとるやんけ。あたしは水と風の二重属性や」

「そう。別に私は興味ないけど」

「酷いわあ。あたしはあんたのこと興味あるで。どんなツッコミしてくれるんかとか」

「そのツッコミってなんなのよ!」

「それや。相手の言葉に面白く相槌を打つことや」

「……本当に不愉快ね、あなたは」


 そんであたしらだけかなと思うたけど、もう一人だけこっちに来よった。なんや気弱そうな男の子や。何故か怪我をしとって、顔半分くらい包帯を巻いとる。

 この子は確か――


「えっと、僕のことは覚えてるかな……」

「ううん? ああ、黒ローブに虐められとった男の子やないの!」

「あ、そんな覚えられ方なんだ。当たりだけど……」

「君も二重属性かいな?」


 気弱そうな男の子が答える前にデリアが「なあんだ。キーデルレン家の弱虫じゃない」とつまらなそうに言う。


「キーデルレン? 貴族なんか自分?」

「う、うん。そうだよ。エーミール・フォン・キーデルレンといいます」

「へえ。よろしゅうな。あたしはユーリや」

「ユーリさんが助けてくれなかったら、危なかったよ」

「あたしだけやのうて、ランドルフにも言うときな」


 ぶっちゃけ、あたしは飴ちゃんあげただけやからな。


「それで、庶民に殴られて、庶民に助けられた弱虫も複数属性なのね」

「そないな言い方せえへんでもよろしいやんか」


 無自覚に敵を作るタイプやなデリアは。

 エーミールはもじもじしながら、質問に答えた。


「う、うん。火と土と風を持っているよ」

「はあ!? 三重属性!? あなたが?」

「三重属性? めっちゃ凄いやん」


 デリアは思わず後ずさった。よっぽど凄いんやなあ。


「あなたのような弱虫には身の丈が過ぎるのよ。どうせ使いこなせないに決まっているわ」

「ぼ、僕もそう思う。なんで僕なんかが三重属性なのか、理解できないよ……」


 あらやだ。落ち込んでしもうた。流石にデリアも面食らったんか知らんけど「え、あ、まあ、そうね」と言葉が続かんかった。


「ヴォルモーデンさま。それは言いすぎちゃうの?」

「な、なによ。庶民の分際で私に意見しないでくれる?」

「いや、同じ貴族同士やのに、それは言いすぎちゃうのって言いたかってん」


 何気ない言葉やったけど、デリアはぐっと言葉を詰まらせた。ほんでエーミールに「悪かったわね」とそっぽを向きながら謝った。

 へえ。ちゃんとやないけど、謝れるんや。


「気にしてないよ? 僕自身そう思っているから」


 なんちゅーか、優しいっちゅーよりも弱々しい男の子やな。

 なんだかエーミールのことが心配になってもうたわ。


「分かれたようですね。ではこれより魔法の形成の訓練を開始します」


 結局複数属性を持っとるんはあたしら三人だけやったな。火とかの属性はそれぞれ十人前後、光だけ六人で、闇は誰一人おらんかった。


「まず手のひらを合わせます。合わせた手のひらに魔力を集中させるイメージを持ちながら、徐々に手を離し、両手の間に魔力の球を作ってみてください。まあ凹凸や角が出来るかもしれませんが、練習することで完全な円球ができます」


 そう言うて、アデリナ先生は手本を見せた。僅か二秒か三秒の間に手のひらサイズの赤い円球を両手の間に作った。

 ふうん。流石先生やな。


「属性によって光が異なります。火は赤色、水は青色、風は緑色、土は黄色、光は白色、闇は黒色になります。大きさはこのくらいにしてください。それではやってみてください」


 そう言われていきなりできるもんやろか。とりあえずは周りの様子を見てみることにした。

 大半の生徒は凹凸ができたり角だらけやったりする。けど魔力の球もどきができひん生徒はおらんようや。

 デリアもやっとるけど、どこか歪な赤と緑が入り混じった色の球やった。エーミールは何故か楕円球で赤、緑、黄色のあんまし綺麗やないグラデーションになっとる。


「見てないであんたもやってみなさいよ」


 デリアが顔を真っ赤にして急かしてきた。上手くできひん恥ずかしさからか、それとも怒りからかは分からんけど。


「うーん。やってみるわ」


 いきなりやってもコツも知らんから上手くできひんやろな。

 まあええ。女は度胸や。

 集中、集中――!


「せーの! って嘘やん……」


 失敗すると思っとったら、意外と綺麗な円球ができてしもうた。色は青と緑を混ぜたもんやった。しかも大きかった。バレーボールくらいある。


「はあああ!? なんでいきなりできるのよ!」

「凄い……!」


 デリアからは驚愕、エーミールからは尊敬の視線を受ける。これにはあたしもびっくり仰天や。


「ほう。流石ランクSは違いますね」


 アデリナ先生が知らんうちに近くに来て、感心したように呟いた。いや、あたしも予想外なんやけど。


「他の二人も優秀ですね。初めてでそこまでできるのはなかなか居ません」

「……全然嬉しくないわ」


 デリアの言葉にアデリナ先生は「ユーリはこれでもまともなんですよ」と慰めるように言う。


「あれを見てください」


 指差されたところを見ると、ランドルフが白い円球を作り出しとった。いや、作り出すっちゅーよりかは押しつぶされそうになっとる。何故なら円球が天井にまで届きそうなくらいのサイズまで大きくなっとる。いや、もうすぐ届きそうやな。

 それからクラウスもなんや大変なことになっとる。手のひらにピンポン玉みたいなサイズの赤い円球を複数出しとる。ええっと、全部で十五……二十はありそうやな。


「なあ先生。これどうやったら小さくなるんだ?」

「減らし方を教えてください!」

「魔力を発するのを止めれば、無くなりますよ」


 そのアドバイスを聞いて、ようやく二種類の円球地獄から抜け出せた二人。


「そうですね。クラウスとランドルフはこっちの組に来てください」

「……こんな化け物と一緒にやりたくないんだけど」


 デリアの呟きにエーミールは頷いた。いや、まあ、気持ちは分からんでもないけど、化け物って。


「まずは魔力の制御ですね。五人ともそれができてないから形が歪んだり、大きさが異なったり、複数出たりするんですね。まずはイメージをきっちり作ってください」


 それから授業が終わるまでひたすら円球を作った。結果として五人とも時間はかかるけど、円球が程よいサイズと形になった。成功したんや。


「本日はこれまで。次回は円球を完成させましょう。各自で自習してください」


 鐘が鳴り、授業が終わった。大半の生徒は魔力の出しすぎで疲労困憊しとる。

 あたしは土のグループのみんなと一緒に座りこんどるイレーネちゃんに「大丈夫か?」と声をかけた。


「ユーリは凄いですね……私は、一分かかって、ようやく円球ができました」

「それでも円球ができとるんは凄いやん。肩貸そか?」

「……お願いします」


 イレーネちゃんを担いで歩き出す。とりあえず彼女を次の教室に連れていかんと。


「そこの庶民、待ちなさい」


 振り向くとデリアが腕組んで睨んどる。


「なんや用か? イレーネちゃんを送り届けんといかんのや」

「……あなたを私のライバルとして認めるわ」


 はあ? ライバル? 


「どういう意味やねん?」

「私はあなたに勝つ。今はあなたのほうが少しだけリードしているようだけどね。でも最終的には私が勝つわ」

「……なかなか面白いやん」


 あたしはにっこりと笑った。こういう気持ちのええ関係のほうが陰湿な敵対関係よりも何倍もマシや。


「あたしもヴォルモーデンさまには負けへんようにするわ」

「……特別にデリアと呼ばせてあげる。ライバルだからね」

「じゃあこっちも普通にユーリと呼んでええで。それから――」


 あたしはデリアに近づいて、飴ちゃんをあげた。


「これ食べや。ライバルからの餞別や」

「……いただくわ」


 口に入れた瞬間、デリアは驚いたように「甘いわね」と言うてもうた。


「それじゃあまたね、ユーリ」

「ああ。またなデリア」


 去っていくデリア。イレーネちゃんは「どういう心境の変化でしょうか」と驚いとる。


「きっと、認められたんや。まあ失望させんように頑張るかあ」


 デリアはそれからあたしに嫌がらせもしなくなったし、取り巻きを作るのをやめたみたいや。まあ他の人間には偉そうにするけどな。人間、そうは変わらん。

 それでも、ライバルなんて高校以来やったから、なんか気恥ずかしいなあ。

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