第9話あらやだ! 学校生活が始まるわ!

 西校舎の三階、ランクSの教室。

 授業が始まる前に、さっき起こったことをランドルフとクラウスに話す。するとランドルフは苦い顔をした。


「ヴォルモーデン家か。あまり感心できねえな」

「せやろ? ああいうんはガツンと言わんと――」

「違う。あんたのことだよ、ユーリさん」


 思わぬ言葉に「はあ? なんでやねん?」とベタなツッコミをしてもうた。


「この世界は日本じゃねえんだ。貴族ってのが面倒なことくらい知っているだろう」

「そんなん知らんわ。貴族なんてあんま会うたことないし。偉そうぐらいしか分からん」

「そういや、職人の娘だったな。なら仕方ねえ。貴族――あいつらは言うなら上品なヤクザみたいなもんだ」


 ……元やーさんが言うと説得力あるなあ。


「上品なヤクザ? 鋼鉄の木みたいな言葉ですね」

「クラウス、あながち間違いじゃねえ。日本じゃありえねえものがこの異世界にありふれている。魔法然り、魔物然り。そして貴族もまた同じだ」

「どういうことなん? 聞かせてくれへんか?」


 なんか危ない気がしてきたわ。途端に不安になってまう。


「あいつらは国家から保障されている自分の権益を守るためなら、平民を殺すのも厭わねえ。それどころか同じ貴族も殺しちまう」

「なんやそれやばいやん」

「だから感心しねえって言ったんだよ。特にヴォルモーデン家は裏で画策するのが好きな一族でもあるしな。ま、傲慢な女は好きじゃねえし、ユーリさんの気持ちはよく分かる。でも相手にしないほうが良かったな」


 うーん。余計なことしてしもうたなあ。人の親やったからああいう子ども見るとおせっかいを焼きたくなるねん。


「しかし詳しいですね。ランドルフさんは貴族について、どうして裏の事情まで知っているんですか?」


 クラウスの疑問はもっともやった。あたしと同じ平民やと決め付けとったんやけど。


「俺は貴族ではないが、貴族に育てられている身だからな」

「なんやそれ? どういう意味なん?」

「捨て子だった俺を、とある奇特な貴族が拾ったんだよ」


 ぶっきらぼうに衝撃的な告白をするランドルフ。それに対してあたしもクラウスも何も言えんかった。

 誰も喋らず黙ったままの空間。口を開いたんはランドルフやった。


「捨てられた原因は背中の龍だろうな。産まれたばっかの赤ん坊に見たことのないもんが刻まれていたら、誰でも捨てるに決まっている」

「……そらそうやろうな。異世界の人間にとったら未知やし。言い方悪いけど不気味に思うやろな」

「そうですね。しかしよく捨てられても、貴族に拾われましたね」


 ランドルフは自嘲ぎみに「捨てられた場所にたまたま通りかかったんだ」と続けた。


「ランドスターの当主、アドルフのおやっさんが魔物狩りの帰りに俺を見つけてくれたんだ。普通なら養育院に届けるだろうが、貴族にしては変わり者で俺を養子にしてくれたんだ。まあ相続権を持たない育預だけどな」

「ええ人に拾われて良かったやないの! えらい苦労したと思うけど」

「まあな。だから貴族については詳しい。ユーリさんよ、あんまり無茶なことはするなよ? せっかく出会えた転生仲間なんだからよ」


 なんや釘刺されてしもうたなあ。これはあたしが悪いから何も言えへんけど。


「そういえばクラウスは平民なん?」

「僕は農民ですね。父と母、兄が居ます。三人とも優しいですよ」

「なんや恵まれとるなあ」

「ユーリさんはなんとなく弟か妹が居そうですね」

「なんで分かるん? 妹おるけど」

「ああ。溺愛しそうな感じがするぜ」

「だからなんでランドルフも分かるん?」


 そないな会話をしとると、教室のドアが開いてクヌート先生が入ってきた。


「揃っているな。それじゃさっそく、カリキュラムの説明をするぞ。誰から聞きたい?」


 教壇に立ってから単刀直入に切り出された。あたしは手を真っ直ぐ挙げたけど、クラウスのほうが僅かに速かった。せやから「じゃあクラウスからなー」と決まってしもうた。


「魔法調理師のカリキュラムはぶっちゃけ三人の中で一番難しかった。だいたい聞いたことねえよ。魔法学校に入ったのに料理人になりたいって。しかもそれがランクSなんて。面倒だなおい」

「先生、本音が駄々漏れやで」

「ああ失敬。それでお前が目指すところは『魔物を調理して食えるようにすること』だったな。本気かお前?」


 おお。大きく出たな。魔物なんて食えるんやろか。

 異世界において魔物は人に害なす動物みたいなもんや。捕獲するんも討伐するんも一大事で、凶暴性から家畜化できないとされとる。

 日本で言うたら民家を荒らす熊みたいなもんやな。


「本気ですよ。もしも魔物が食べられたら凄いと思いませんか?」

「その凄いところを詳しく教えてほしいのだが」

「有害な魔物を有用に変えることができること。市場になかなか出回らない希少な精肉を供給できること。冒険者たちの新しい仕事ができて雇用の幅が広がること。肉を食べることで王国民全体の健康と身体作りが推進されること。ほら、良いことずくめじゃないですか」

「なんでそういうことを言わないんだよ。適当な理由考えるのにどれだけ時間かかったか、知らねえのかコノヤロー」


 クヌート先生が軽くキレてもうた。ほんで溜息を吐いてから「それを考慮してこのカリキュラムを組んだ」と羊皮紙を手渡した。


「基礎演習と戦闘訓練、魔物学の三つですか。あれ? 少ないですけど自習ってありますけど」

「自習のときは古都の外で魔物狩りしていい。ただし弱い魔物だけだぞ。それと条件としてこちらがお前の戦闘力でも大丈夫と判断してからだ」

「じゃあ外に出ない間は何するんですか?」

「魔法の練習に決まっているだろうが。幸い、お前の属性は火だ。六属性の中で最も使用人数の多く、攻撃力の高い属性だからすぐに会得できるだろうよ」

「そうですね。火がいつでも使えるのは料理人として魅力的ですね」

「頭の中は料理のことだけか。この料理馬鹿め」


 罵倒で結んだ後、次に言われたんはあたしやった。


「次にユーリ。お前は治療魔法士になって、治療魔法を発展させるのが目的だったよな」

「あらやだ。そないなことになっとるんか」

「……アリニウス様にそういうことを言ったんじゃないのか?」

「言うてないと言うたら嘘になるな。それで、あたしのカリキュラムはどうなっとるんですか?」


 クヌート先生は「一番複雑だったが、一応できているぞ」と羊皮紙を手渡してくれた。

 どれどれ……


「基礎演習、戦闘訓練、治療魔法基礎、ほんで薬草学、か。うん? 薬草学?」

「治療魔法だけより、治療に使えるものを習っておいたほうがいいと校長の指示だ」

「へえ。そらありがたいわ。よー考えてくれとるやん」

「お前結構上からなんだな。まあいい。自習になっているのは好きなことをしていい。ただし、古都の外に出るのはクラウスと同じ、十分と判断されてからだ」


 これならなんとかなりそうやな。流石魔法学校、上手いこと考えとるなあ。


「最後にランドルフだが、お前は特殊だ。一部の授業では騎士学校に行ってもらう」

「ああ。ここじゃ剣術を教えられないからか」

「そのとおりだ。お前の考えだと剣術と魔法、同程度まで鍛えないといけないのだろう? だったら本職の奴らに習ったほうがいい。騎士学校の教官は快く受け入れてくれたぞ」

「教官はともかく、騎士の連中はどうなんだ?」

「それは知らん。でも虐められたりするなよ。ていうか虐めてくる輩はぶっ飛ばせ」


 教師の言う台詞やあらへんな。やけど正しいことを言うとる。人間舐められたらあかんで。舐めるんは飴ちゃんだけにしとき。


「基礎演習は俺が教える。主に座学だな。それ以外は書かれてある教室に向かえ。じゃあ今日から頑張れ。期待しているぞ」





 そんなわけで解散した後、あたしたちは戦闘訓練の教室へ向かった。なんでもランクA~B+の合同授業に参加するらしい。


「クラウス、あんたラッキーやな。料理人で火の属性って」

「前世の死に方が不幸だったせいか、転生後は幸運続きですよ」

「ユーリさんはどの属性なんだ?」

「水と風の二重属性や」

「……それなのに治療魔法士か」

「だからこそやねん。あたしは人殺しになりとーないねん」

「ランドルフさんは?」

「俺は光だ。珍しいらしいな」


 イレーネちゃんといい、上手いこと被らんなあ。まあええけど。

 戦闘訓練は室内の訓練場で行なうらしい。体育館みたいなところやな。

 中に入ると既に生徒は揃っとって、こっちに注目してくる。


「おい。あれがランクSだぜ?」

「なんか個性的な人たちね」


 ヒソヒソ噂されとる。有名人の宿命やな。


「あ、ユーリ。あなたもここに参加するんですか?」


 嬉しそうに声をかけてきたんは、イレーネちゃんや。おそらく友人が居らんくて心細かったんやな。


「イレーネちゃん。さっきぶりやな」

「ユーリさん、知り合いですか?」

「クラウス、なに言うてんねん。友達や友達」

「結構コミュニケーション能力高いな。いや前から分かっていたが」


 ランドルフの言葉は正しい。大阪のおばちゃんのコミュ力は凄いんやで?


「あの、この人たちがランクSの……」

「そうやイレーネちゃん。こっちの厳ついんがランドルフ。こっちの変人がクラウスや」

「語弊のある紹介はやめませんか?」

「まったくだな。それであんたはイレーネだな。よろしくな」


 ちょっと怖がっとったイレーネちゃんやけど、意外と紳士的なランドルフに対して「イ、イレーネです! よろしくお願いします!」ときちんとお辞儀をした。


「こちらこそよろしくお願いします。それにしても生徒はあまり多くないですね。僕たちを含めて三十人ですか」

「高位の魔力を持つ人間はそれくらい少ないってことだな」


 なるほどな。やから合同授業なんやな。


「あら。今朝の庶民。あなたが噂のランクSなのね」


 聞いたことのある声に振り向くと、そこにはデリアがおった。取り巻きはおらんようやった。


「気に入らないわね。庶民が貴族に勝てるわけないのに」

「なんやねん。あんたも高位の魔力の持ち主ってわけやな」

「ランクAよ。あなた、あまり調子に乗らないでくれる?」


 別に乗ってへんけど、黙ってデリアの言葉を待つ。


「ランクSなんてすぐになってあげる。そして追い抜いてあげるわ。精々今だけ勝ち誇っていなさい」


 うーん。ここまでケンカ腰なんは気持ちがええもんや。陰湿やないし。

 なるほど、上品なヤクザか。今やっと分かった気がする。


「そんなこと言わんと、これでも舐めるか?」

「……はあ?」


 あたしはポケットからメロン味の飴ちゃんを取り出した。


「な、なにそれ? ガラスみたいな……食べ物なの!?」

「飴ちゃんやで。ええから食べえや」

「要らないわよ! そんな奇妙なもの!」


 あーあ、フラレてしもうた。悲しいなあ。


「ユーリさん。誰彼構わず飴をあげるのはやめたほうがいいぜ」

「ランドルフ。どんな子にも飴ちゃんをあげるんがあたしの主義や」


 このやりとりでクラウスとランドルフもデリアがヴォルモーデン家の人間やと気づいたみたいや。二人とも警戒しとる。デリアもあたしを睨んどる。

 なんだか、前途洋洋とはいかんなあ。むしろ前途多難やな。

 でもまあやるしかないなあ。

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