第7話あらやだ! 奇妙な仲間だわ!

 なんやあたしらは転生者っちゅうもんなのか。言われた当初はその程度にしか思わへんかったけど、だんだんと感情が高ぶってくるんを感じた。

 せやから――


「そうなんか! あたしらは仲間なんやな! いやあ嬉しいなあ。この世界で自分だけやと勘違いしとったわ! そうかそうか、あんたらも日本人やろ? いやみなまで言わんでええ。さっきの質問と答えは日本人にしか分からんもんやった! めっちゃ嬉しいわ! ところであんたらの出身は?」


 とまあはしゃいでしもうた。

 一気にまくし立ててしもうたせいでランドルフは、これから重い話をします、みたいな空気を削がれてしもうたみたいで呆れとる。一方のクラウスは興味深そうにこっちを見とる。


「なんやねん。せっかくの同郷なんやから話そうや!」

「いや、あんたは警戒とかしないのか?」


 ランドルフの言葉に首を傾げてしまう。


「警戒? なんでそんなもんせんといかんのや」

「……俺が前世で何をしたのか、気にならないのか?」

「うん? ああ、言われてみればそうやな。せやけどな、そんなもん関係あらへんねん」

「関係ない、だと? どういうことだ?」


 あたしは胸を張って言う。もちろんランドルフだけやのうて、クラウスに対してや。


「前世で何をしたんかは関係ないねん。今大事なんはこの世界で何をするかやろ? 死んだのにも関わらず、転生しとるだけでも十分やのに、過去に囚われるなんて馬鹿馬鹿しいやん。過去は縛られるもんやなく、振り返るもんやねんから」


 うん。我ながら上手いこと言うたな。自分を褒めたい気分やわ。


「……ふっ。縛られるものじゃなくて、振り返るもの、か」


 あたしの言葉に感銘を受けたんか、ランドルフは笑みをこぼした。まるで誰かにそう言うてほしかったみたいやな。


「あんたのほうが大人のようだな。ユーリさんよ」

「あはは。同い年やねんから関係あらへんよ。いや、転生者やから関係あるんか?」


 するとクラウスは「それじゃあ前世について振り返ってみませんか?」と口を開いた。


「振り返る? どうゆうことや」

「今まで誰にも前世について語ったことがなかったんですよ。強烈に覚えているのに関わらずね。こうして転生者が三人も揃ったんです。自分の前世を互いに話しませんか?」

「……気は乗らないが、いいだろう」

「ええで。じゃああたしから話そか?」


 あんまりドラマチックやないからなあ。トリはごめんやで。


「それじゃあユーリさん。話してください」

「うーん、何から話したらええんやろか。とりあえず前世の名前は鈴木小百合。死んだんは四十二歳のときや」

「なんだ。俺より年上じゃねえか」

「僕よりもですね」

「なんや。みんな若くして死んだんやなあ。可哀想に。そんで夫と子ども三人の家族で毎日面白おかしく暮らしとった。でな、ある日買い物を終えて帰ろうとしたときにな。仲のええママ友に会うたんや。それで機嫌よう話しとったら目の前にサッカーボールで遊んどる子供が見えたんや」

「……なんとなく想像できますねその後のことを」

「多分当たりやわ。ボールが道路に転がって子供が取りに行こうとして、トラックに轢かれそうになったんや。そこを助けたんは、何を隠そうあたしなわけや!」


 そこまで話すとランドルフは「助けたというより、身を挺して守ったんだな」と補足してくれた。


「まあそうやな。追いついたんはええんやけど、逃げられんかった。しゃーないから子供を抱え込んでクッションになったんや。そんで死んでもうた。後はみんなと同じやな。可愛らしい女の子に出会って――」

「待て。可愛らしい女の子だと?」


 なんや知らんけどランドルフが言葉を止めた。うん? なんか違うんか?


「俺が会ったのは大人の女だった。軍人みたいな服を着た、口調の荒い女だ」

「あれ? 僕が出会ったのとも違いますね」


 クラウスも違う子に出会ったみたいやな。


「僕はブランド品を身につけた肉感的な美女でした」

「ううん? それぞれ違うんやな」

「ちなみにその美女の名前はマドレーヌでした」

「俺の場合はエクレアだったな」

「あたしはミルフィーユやった。っちゅーかお菓子の名前やん。どないやねん」


 神様――かどうかは知らんけど、彼女らの間ではお菓子が流行っとるんかいな。

 でも好きやから言うても自分の名前にするか?


「まあいい。それでどうしてこの世界に転生されたんだ?」

「なんや知らんけど、人間にしては素晴らしい行ないやから、特別に第二の人生を歩ませてくれるって言われた。正直、だいぶ昔のことやから思い出せへんねん。歳のせいかな」

「いや、まだ十才じゃねえか」

「足したら五十二歳や」

「あはは。普通女性はサバ読むはずなのにどうして足すんですか」


 むう。確かにクラウスの言うとおりやな。せっかく身体は若いんやから気持ちも若くおらんとあかんな。


「しかし善行によってか。理由も違うんだな」

「ありゃ。ランドルフさんもそうですか?」

「うん? あんたらも子供助けて死んだんちゃうん?」

「そんな善人じゃねえぜ、俺は」


 なんや淋しそうな顔になってしもうたから「飴ちゃん舐め?」と言うてパイン味を手渡した。すると「子供扱いするなよ」と苦笑いする。


「ええから舐め。あんためっちゃ淋しそうな顔しとったわ」

「……いただきます」


 久しぶりに聞いたその言葉に日本を思い出す。それにしてもランドルフは礼儀正しいっちゅーか芯の通った男の子やな。


「飴ちゃん舐めとる間にクラウス、あんた話しときいな」

「分かりました。さて、何から話しましょうか……」

「まずはあんたの前世の名前とかから教えてくれへん?」

「そうですね。僕は宮内邦夫という名前でした。年齢は二十八歳。そして、料理人でした」


 料理人。まあ予想しなかったわけやないけど、異世界に来ても魔法調理師っちゅう料理人みたいなもんになりたいんやな。


「それで、どうして死んだんや? 事故か?」

「事故というか、事件というか。修行の一環でパリに向かっていたんですけど、乗っていた飛行機がハイジャックに遭いまして」

「……なんやその展開」

「それで最終的に飛行機は墜落したんです。多分そのとき死んだんでしょう」


 うわあ。壮大すぎて何も言えへんわ。


「気がついたらマドレーヌという美女が目の前に居ました。なんでも『あなたは死ぬ運命ではなかった。この不運と引き換えに新たな人生を歩ませてあげる』と言ったんです」

「なんや手違いかいな。そんなもん、抗議したらええねん!」

「うん? ユーリさんは抗議したんですか?」

「あたしは自分の運命に納得したんや。子供も無事やって教えてくれたからな。思い残すことはなかったんや」


 すると飴ちゃんを食べ終えたランドルフは「肝が据わっているな」と褒めとるんか分からんようなことを言い出した。


「肝ぐらい座っとらんと、子供三人育てられへんわ」

「そうだな。母は強しだ。それで今度は俺の番だな」


 ランドルフはいささか緊張したような顔で自分の過去を告白し始めた。


「俺は柳生龍次。死んだのは三十四の時。そして――前世ではヤクザだった」

「へあ!? やっぱやーさんやったんやな!」


 思わず変な声が出てもうた。ランドルフは「……どうして分かったんだ?」と不思議そうな目で見る。


「そらそうやろ。あんたどっからどう見てもカタギに見えへんもん」

「まあ、その、顔がヤクザみたいですしね」

「……二人はヤクザが恐くないのか?」

「恐いけどこっちが悪いことせんかったらせえへんやろ。少なくとも大阪はそうやで」

「僕も同じですね。好意的には見てませんけど、目くじら立てるほどではありません」


 あたしらの言葉に「……あんまりヤクザ者を信用するなよ」と言うランドルフ。


「ヤクザのほとんどが無理矢理地上げしたり、借金の取立てをする奴なんだ。気をつけるに越したことはない」

「異世界にはヤクザはおらんやろ」

「いや、どこの世界にも居るもんだ。ヤクザって人種はな。まあいい。それで俺が死んだ理由は所属していた福原会の会長を守ったからだ。敵の鉄砲玉からな」


 福原会? ニュースで見たような気がするな……あっ。


「あたしが死んだ日の朝、そのニュース、やっとったで! 関東一円を支配する、東京の指定暴力団、福原会の会長が襲撃されたって!」

「なんだと? 死んだ日の日付、覚えているか?」

「えっと、確か……七月四日やったな」

「俺が死んだのは七月三日だった」

「僕は七月六日ですね。なんだ近い日にちに死んでるんですね、僕たちは」


 うーん。そういうことになるなあ。はたして偶然なんやろか?


「それでエクレアに出会った。『仁義を信じ、仁義によって亡くなったあなたをここで終わらすのは仁義そのものに反する』なんて言ってたな」

「なるほどなあ。あたしらは似とるようで同じやないんやなあ」

「でもまあ、こうして同郷の人間が居て嬉しいですよ」


 まあ確かになあ。これも合縁奇縁って奴やろうか。


「そういえば気になったんだが。お前らの女神の加護ってなんだ?」

「女神の加護? ああ、チート能力言うてた奴かいな?」

「僕は便利なものをもらいましたよ」


 そう言って自慢するように両の手のひらを差し出す。すると手品みたいに右手に包丁、左手にフライパンが現れた。


「なんやそれ? マジックか?」

「これが僕の女神の加護。『好きな調理器具を出したり消したりする能力』です」

「なんやそれ! めっちゃ便利やん!」

「料理人にとっては最適だな。というか『料理を産みだす能力』とか『食材を生み出す能力』にどうしてしなかったんだ?」


 ランドルフの言葉にクラウスは「ヤクザさんなら分かるでしょう。粋じゃないんですよ。無粋ってもんですよ」と答えた。料理人としてのプライドってやっちゃな。


「ユーリさんはなんですか?」

「うん? 『ポケットから好きなときに好きなだけ、飴ちゃんが出てくる魔法』やな」

「……役に立つのか?」

「なに言うとんねんランドルフ。飴ちゃんがあったからケンカの仲裁もできたんやろ」


 呆れるランドルフと対照的に「非常食になりますね」と感心するクラウスやった。


「それで、あんたのはなんなん? 役に立つんか?」

「いや。お前らと違ってまったく役に立たない能力だ」


 そう言うて灰色のローブを掴んで、脱ぎ捨てた。筋肉が程よくついたええ身体をしとった。ほんでくるりと後ろを振り向いた。

 その背中にはそれは立派な『龍』の刺青が彫られとった。


「これが俺の女神の加護。『生前彫っていた刺青を色あせることなく、転生後も引き継ぐこと』だ」

「……刺青ってそんなに大事ですか? 便利な能力を捨ててまで得るほどのものですか?」


 クラウスの言葉にランドルフは「これを失ったら男として生きていけねえ。これは俺が生きた証でもある」と言い切りおった。


「そうか。いやあ残念やわ。虎やったらええのに」

「……そのローブを見て、大阪のおばさんを想像しましたよ」

「俺もだ。だから、分かるであろう問題を出した」


 ランドルフは灰色のローブを着なおして「いいか。俺たち以外には自分が転生者だと言うなよ?」と念を押した。


「わかっとる。家族にも言うてないわ」

「僕も言ってません」

「俺もだ。特に大事な人間には言わないほうがいい」


 秘密の共有をしたそのタイミングで教室の中にクヌート先生が入ってきた。


「お。仲良くなったみたいだな。それじゃあ今日は解散。明日もこの教室に来るように。意外と早めにカリキュラムができそうだ」


 そういうわけで二人とあたしはこの日から奇妙な仲間になったわけや。

 なんちゅーか、神様はあたしらに何を求めとるんや?

 ま、こっちはこっちで好き勝手に生きるだけやけどな。

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