第6話あらやだ! 入学しちゃったわ!

 講堂で行なわれる入学式に参加するんは新入生だけらしい。なんや淋しいなあと思ってまう。上級生も参加させたらよろしいやんと考えるけど、仲良しこよしやなく、明確な上下関係があるんが魔法学校という学び舎やとイレーネちゃんが言うてた。せやから下級生の入学式なんて出えへんのやろな。

 騎士学校なんかは後輩の面倒見が良いとされとる。それは騎士と魔法使いの気風の違いやろうな。

 なんか陰気臭いんやもん。魔法使いって。


 式はつつがなく進行された。というより前世のような仰々しい催しがあらへんかった。たとえば来賓の挨拶はなかった。そもそも招かれた人はおらんかった。身内だけでやるようやった。

 魔法学校の校長の挨拶なんて、凄く短かったな。立派は口髭をたくわえた、目が生き生きしとる元気な老人に見える校長は壇上に上がるや「前略、これから励むように。以上」という男らしい潔い挨拶をして下りてった。

 日本とはかなりちゃうねんなあ。いや日本のほうがごちゃごちゃしとるんか。


 最後らへんで新入生代表の言葉があった。どうせこれも短いんやろうなあとぼんやり思っておったら、とんでもないことを言いよる生徒が現れた。


「新入生代表! クラウス! 前に出ろ!」


 司会者の声で新入生の中から出てきたんは、にやにやと不気味に笑っとる白いローブの銀髪の少年やった。まるでゲームに出てくる魔法使いのようでありながら、マッドサイエンチストのようでもある。太ってもないし、痩せてもおらん。背はあたしよりも高い。

 彼がなんで新入生代表なんやろうか。隣におるイレーネちゃんに小声で聞いてみる。


「なあ。なんであの子が代表なん?」

「多分、ユーリと同じランクSの魔力の持ち主だからです。でないと代表になりませんよ」

「はあ。なるほどなあ。せやけど、なんであたしには依頼来うへんの?」

「……分かりません。ユーリ以上の魔力の持ち主、だからですかね?」


 ふうん。ま、そういうことにしといたろ。

 彼はどないな挨拶するんやろか。少し楽しみやなあ。


「えー、本日はお日柄もよく、入学式を迎えるのに最高な日和となりました」


 壇上に上がって、まずは無難な挨拶をする。まあここまでは良かった。

 せやけど、この後は悪かった。


「また、僕の野望である美食王国に一歩近づきました」


 美食王国? なんやそれ?

 周りの生徒や先生もぽかんとしとる。やから異世界においてもおかしなことやと分かる。


「できれば魔法学校に在学している間に、下僕じゃなかった助手を増やしたいです。以上」


 ぺこりを頭を下げて壇上を後にする彼――クラウス。

 ざわめく新入生に司会者は「静粛に!」と注意喚起する。


「以上で入学式を終わりとする! 解散!」


 入学式を終えたらクラス分けが行なわれる。まあクラスっちゅーかランク分けやな。自分のクラスと教室は講堂を出てすぐの掲示板に書かれとった。

 誤解がないように言うておくけど、ランク、つまり魔力量は訓練と修練によって増幅する。せやからランクCの人間がBになったりすることもあり得るんや。まあランクが上がるにつれて、次に進むんは困難になるんやけどな。

 そうは言うても、どうせランクAかA+の人間と一緒のクラスになるんやろうと高をくくっとったんやけど、まさかたった三人しかおらんクラスになるとは夢にも思わんかった。


「イレーネちゃん、お別れやなあ」

「ユーリ、同部屋ですから泣かないでください。というより泣き真似はやめてください」

「それこそ淋しいやん。ここは乗っとくもんやで?」

「……一緒に居れば居るほど、あなたのことが分からなくなりましたよ」


 ありゃ。反応が冷たい。ボケすぎたか?

 改めて掲示板を見る。

 クラウス、ランドルフ、ユーリ。

 クラウスはさっきの子やと分かるけど、ランドルフってどないな生徒なんやろ。

 せめてまともであって欲しいなあ。


 あたしが今後通うこととなる教室は西校舎の三階や。なんや知らんけど両隣の教室には生徒がおらんかった。ちゅーか三階にはあたしらのクラスしかないらしい。

 寂寥感を覚えながら中に入ると、既に二人の生徒がおった。

 一人はもちろんエキセントリックなクラウス。

 もう一人は――


「なんやねん。ランドルフってあんたかいな」

「うん? ああ、さっきの飴の女か」


 先ほどケンカに割って入ろうとした灰色のローブを着込んでいる強面の少年。この子がランドルフやったんか。


「まさかランクSだとは思わなかったぜ」

「それはあたしの台詞やわ。とにかくよろしゅうな」


 すると机におとなしく座っとったクラウスがいきなり立ち上がった。そしてずかずかとあたしの前に来た。


「な、なんなん? く、クラウスくん?」

「クラウスで結構ですよ」

「そ、そうか……」

「実はお願いがあるのです」

「なんや? 言うてみい」

「先ほどの諍いで、あなたは飴を配ってましたね。それください」


 それを聞いて一気に警戒心が溶けてしもうた。嬉々としてクラウスに飴ちゃんをあげたくなった。


「君も飴ちゃん好きなんか? ええやろ、何個欲しいんや?」

「三つ欲しいです。味選べますか?」

「贅沢なやっちゃなあ。まあええで。何味がええ?」

「いちご、オレンジ、ピーチがいいです」

「よっしゃ! 分かったで! いちごにオレンジにピーチや!」

「ありがとうございます。甘い物に飢えていたんですよ」


 その様子を見とったランドルフが「まるでおばさんみてえだな」とぼそりと呟いた。


「ランドルフ。あんたも飴ちゃん要るか?」

「……今はいい。さっき貰ったからな」

「そうか。欲しくなったら言うてなー」


 そんなやりとりをしとると教室の扉ががらりと開いた。そこには受付をしてくれたやる気のなさそうなおっさんがおって「揃ってるなー」と言いながら教壇に立つ。あたしとクラウスは急いで席についた。


「えー、このランクS、特別魔法科クラスの担任のクヌートだ。よろしくな。ていうかお前たちには普通のカリキュラムは組めん。だから担任としてやれることは少ないんだ」


 あたしはまるで日本の学校のように手を挙げた。するとクヌート先生はどこか懐かしいような顔をした。


「クヌート先生。それどういう意味ですか?」

「言葉どおりだ。というかお前ら特殊すぎるんだよ。まずユーリ。なんで治療魔法士になろうとしてんだ? 二重属性の持ち主だろうが」

「えっと、人殺ししたくないからです」

「正直でよろしい。だけど俺以外には絶対言うなよ? あまり褒められた理由じゃないからな。次にクラウス。お前は料理人になりたいって正気か?」


 魔法使いの学校に通っておきながら、料理人? なんやおもろいやんか。


「正気ですよ。僕は料理で世界を征服するのです」

「そうか。それも俺以外に言うなよ? 国家転覆罪で捕まるから」

「はい。分かりました!」

「返事だけはいいなおい。それで、最後のランドルフ。お前はこいつらと違ってまともだが、ある意味狂っているな。魔法騎士になりたいって意味が分からねえ」


 魔法騎士がなんなのか分からんけど、それはかっこええなあ。響きがええ。


「そのとおりです。俺は魔法騎士にならねえといけないんだ」

「ていうか俺が馬鹿なのかお前が狂っているのか知らんが、魔法騎士ってなんなんだ?」

「魔法使いと騎士を極めた者、という意味らしい」

「あはは。なんだこいつら埒外だわ」


 まあそらそうやろなあ。せっかくの強大な戦力であるランクSが訳の分からん進路を目指しとるんやから。クヌート先生が困るのも理解できる。

 せやけど、治療魔法士にならんとあかんねん。


「そんなわけで通常のカリキュラムは組めん。それとクラウス。流石に料理人は進路としては不味い。なんか上手い肩書きを考えろ」

「そうですね。魔法調理師なんてどうでしょう?」

「うーん、どうだろうな。まあそれで申請してみるわ。建前でいいから理由も考えておけよ」

「了解しました」

「それで通常のカリキュラムが組めないが、今新たに特別カリキュラムを製作中だ。具体的には明後日出来上がる」

「はや! 優秀やなあ」


 思わず出た本音にクヌート先生は苦笑した。


「なんというか、クラウス以外は有用であると王国が認めたからな。ま、精々頑張ってくれ。……なんか時間が余ったな。これから自由時間にするから、三人仲良くな。俺はカリキュラム組みの手伝いに行くから」


 そう言うてそそくさと出て行くクヌート先生。


「いやあ。優秀な担任の先生ですね」


 クラウスの言葉にあたしもランドルフも頷いた。やる気なさそうに見えてできる男やん。

 なんだか中学の担任を思い出すわ。


「そういえば、ケンカが終わった後、訊きたいことがあったやんか。なんなの?」

「ああ。そうだったな。ユーリさんだけに訊くつもりだったが、クラウスにも訊いておきたい」


 なんやろう? 何か重大なことやろうか。


「まずはユーリさんに質問だ。これから『訳の分からないこと』を言うが、知っていたら素直に答えてくれ」

「うん。分かったで」


 ランドルフは咳払いをしてから、話し始めた。


「東京にはスカイツリー。では大阪には?」

「そら通天閣やろ」


 反射的に答えて、ハッとしてまう。

 まさか――


「今度はクラウスに問いたい。日本の包丁といえば?」

「関の孫六、ですかね」


 その答えにも度肝を抜かれた。もしかして、あたしだけやのうて……?


「これではっきりしたな。俺たちは――」


 ランドルフはあっさりと何のためらいもなく誰にでも分かる事実を言うた。


「この異世界に転生した、転生者だ」

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