第十六話 茜色の大戦-1
「シンクレアと申したか。貴様は速やかにギルド本部へ任務の報告を完了した
王はマリアとアルテミスにそう命じると、カンナからの手紙を丁寧に折り畳んで封筒に戻し、懐にしまった。マリアは呆けた顔を慌てて引き締めて、その場に膝をついて頭を下げた。二人が去って行ってから、王は俺たちに目を向けた。
「ナツメと、テト。貴様らは少し残れ。他の者は下がってよい。それぞれの部隊に合流し、来たる戦いに備えよ」
「へ、陛下、そんな……この者たちを自由にした上、警護もなしに!? 危険です!」
「警護ならおる。こいつだ」
王は杖で俺を
「そう思うなら、貴様、部屋の外で一人待機しておれ。予を殺すのにこれ以上の好機はあるまい。予が生きて再び貴様に
それまで沈黙していたユーシスが、たまりかねたように怒鳴った。
「陛下! 卑劣なアイルー人にこれ以上の温情は――」
「くどい」
ユーシスは、首を絞められたみたいに言葉を飲み込んだ。わなわなと拳を震わせ、射殺すような目でテトを睨むと、肩を怒らせて彼は騎士の間から出て行った。ユーシスにつられるようにして、他の者も間もなく全て退場した。
三人きりとなった広い部屋で、王は俺たちにゆっくり歩み寄ってきた。俺とテトは、どうしていいか分からず一度目を合わせてから、ともかくその場に
「さて。予を殺すか、テトよ」
「い……いいえ。おれは、ルミエールの人と……仲良くなりにきたんだから」
「そうか。そうだったな」
王は眉間に年輪のように深く刻まれた
「
灰色がかった王の瞳に、初めて人間らしい色が浮かんだ。重ねた
「貴様らを、信じよう」
俺たちは言葉も出ず、平伏した。王はまだ少し混乱した様子だった。咳払いし、必要以上に尊大な口調で言った。
「正確には、予の信頼を得る一度きりのチャンスをやる。
目を見張ったテトを、王は品定めするような眼差しで見下ろした。
「テトよ。祖国と戦う覚悟があるか」
テトの青い目が揺らぎ、そして、光を消した。
「はい」
「よし。貴様らの所属部隊はこれから《
「はい……あの、俺の監視役は」
「そんなにつけて欲しいのか?」
「いっ、いえ!」
首をブンブン振った俺に、王はフンと鼻を鳴らして「もう下がれ」と言った。
夢見心地で立ち上がった俺を、王がふと呼び止めた。
「《月剣》の想い人というのは、貴様だろう」
俺は固まって、首を縦にも横にも振れずにいた。それをどのように解釈したのか、王は険しい顔で「そうか」とだけ呟いた。
「これまでの貴様への処遇、詫びるつもりはない。貴様が今もこうして正気を保っている事実は結果論に過ぎぬ。予を恨むがよい」
俺は静かに首を横に振った。運命は恨み飽きたが、王や白皇を恨んだことはない。
「……一介の冒険者に戻ろうと、貴様が歩むのは依然茨の道であろう。己の力で、日進月歩、信頼を取り戻してみせよ」
下がれ、と再び王は命じた。俺たちは深く一礼して、騎士の間から退室した。部屋の前では例の男を含む、ほとんどのウォーカーが待機して扉を睨みつけていた。出てきた俺達を見て、彼らは血相を変えて俺たちを押しのけ、騎士の間に殺到した。
「陛下、ご無事ですかー!!」
「なぁっ!? 貴様ら、下がれと申したはずであろうが!!」
王の怒鳴り声を背に、俺とテトは人のいなくなった廊下で顔を見合わせた。やがて、どちらからともなく目が潤みだした。
言葉も交わさず、俺たちは固く抱き合った。耳元で、テトが幼子のように声を上げて泣いた。俺も泣きながら、よかった、よかった、と、
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