第十五話 宣戦布告-3



 敬愛する陛下へ


 突然の無礼をお許しください。


 現在、私は監視対象のアカネウォーカー、アイルーの友好大使を含む三名と共に紅雲大火山の調査任務にあたっています。初日を終え、今は真夜中に一人火の番をしているところでございます。この世界の夜は長く、静かで、考えをまとめるにはい時間です。


 今回、私が筆を執ったのは、陛下に私の思いをお伝えするためです。陛下の御前ごぜんでは、情けないことに、上手く言葉にできそうもありませんでしたので。


 私、カンナ・ヒイラギは、陛下と結婚いたします。


 お返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。私自身、突然のことに驚き、心を乱してしまいました。ですが、決心を固めました。陛下と結婚いたします。陛下の妻となり、私の全てを陛下に捧げます。


 陛下の妻となるからには、私は陛下に、一切の嘘偽りをいたしません。


 私には、想いを寄せる人がいます。


 と申しましても、恥ずかしながら自分の気持ちに気づいたのはつい先ほどでした。誰かを好きになる、という感情は、こんなにも多様な色があるのですね。


 私の気持ちを知られた上で、陛下が私との婚姻を反故ほごにされたいと望まれれば、そうしてください。牢に入れようとも、鞭を打とうとも、なんなりと。私の体は、陛下のものです。


 その代わり、一つだけお願いがございます。


 シオン・ナツメを、白皇を、どうか信じてやってください。


 ナツメは白皇の報告どおり、己の力を明確に制御して行使できている様子です。日常に復帰しても全く問題ないでしょう。むしろ、彼の突出した戦闘能力と、優しい心根こころねは、必ずやルミエールの繁栄を支えてくれます。


 白皇は言わずもがな、今日こんにちのルミエールをつくり上げた立役者です。彼がルミエールの驚異になるなど有り得ません。


 ナツメと白皇を信じてください。もし、それが不可能と仰るなら、私を信じてください。陛下が愛してくださった私を。私は、陛下ならきっと分かってくださると、信じています。


 私はおそらく、もうしばらくは国に帰ることができません。このパーティーなら、きっと飛竜の討伐に成功するからです。彼らの活躍によって飛竜が討伐されたあかつきには、報告書を同封してこの御手紙をナツメに持たせます。この前人未到の偉業を、彼らは陛下とルミエールに捧げるでしょう。どうか、そのときは、ナツメを以前のような一介の冒険者として認めてください。


 そして、アイルー友好大使のテトも、その際には是が非でも勲功くんこうを与え、我が国に抱き込むことを強く進言いたします。彼は素晴らしい戦士であり、純粋で優しい男ですが、アイルーでは迫害されています。ナツメと白皇と似たような理由で、です。


 ある人が、私に言いました。好きな人には、幸せになってほしいと。私も、心からそう思います。陛下。どうか、お願いです。私の全てを差し上げます。ですからどうか、私のささやかな願いを聞き入れてください。




 最後に、陛下。私の心は、今は陛下にはありませんが、私は陛下とのこれからの人生を、心から楽しみにしているのです。本当です。


 不安もあります。ウォーカーでいられなくなる悲しみも、大好きな人と離れるつらさもあります。それなのに、どうして今こんなに背筋が伸びて、晴れやかな気持ちなのか、自分でも不思議です。


 陛下の隣で、ルミエールがもっと平和でありますよう、民がもっと幸せになりますよう、二人でたくさん頭を悩ませて、共に国をつくっていく人生を想像したとき、私の心には、また今までにない鮮やかな色が咲くのです。


 陛下、私でよければ、どうかおそばにおいてください。私は、ルミエール王国を愛しています。


 次にお会いするときは、貴方の妻として。不束者ふつつかものですが、よろしくお願いいたします。できれば、最初は、ゆっくりと。見たことのない景色ばかりで、きっと目がくらむと思いますので。


         カンナ・ヒイラギ

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