第一話 傾国-2

 レンは向かいの席でニコニコしながら、一心不乱に食べ続ける俺を見つめていた。


 レンが勝手に家に上がりこんできて食事を作るのは、そろそろ両手の指では足りないほどの回数になる。もちろんそのたび追い返そうとはするのだが、俺の料理スキルはからっきしだし、かといって白皇に任せたら全ての食材が氷漬けにされてしまう。誰かの作った温かい食事というのは、どうやら俺にとって何にも代えがたいものらしく、結局いつもレンの押しと己の食欲に根負けてしまう。


 台所に立つ少女の金髪や、俺の食事を何が楽しいのか飽きもせず眺めるその笑顔を見ていると、どうしても誰かを思い出す。


「美味しいですか?」


 動きを止め、正直に一度うなずいた。来るたびに料理の腕を上げている気がするが、一番最初の、調味料や工程を色々間違えて半泣きになりながら出してくれたシチューからずっと、レンの飯は温かい。


「よかったです」


 少し火傷した指先を隠すようにギュッと握って、レンははにかんだ。


「……なんで、俺なんかのために色々してくれるんだ」


 ずっと聞けなかったことを切り出すと、レンはやや決まりの悪い顔で目をそらした。


「シオンさんは、"なんか"じゃないです」


「君を助けたことなら、恩を感じることなんてない。俺だって同じように助けられた」


「……知ってます」


 レンはなぜか不機嫌そうに呟いた。


「とにかく、私は恩返しでこんなことしてるんじゃありませんから!」


「じゃあなんで……」


「シオンさんは気にしなくていいんです! ほら、じゃんじゃん食べてください!」


 突きつけられた骨付き肉にうっかり反射でかぶりつくと、レンはまた嬉しそうに笑った。


 食事が終わると、たらふく手料理を平らげた手前追い返すわけにもいかず、洗い物を済ませてから日本語の勉強会が始まった。この流れももう恒例になりつつある。ガキの頃から当たり前に操ってきた母国語は、いざ人に教えるとなるといやに難解で、ハルに教えていたときから毎度頭を悩まされる。


「この「わたし"は"」と「わたし"が"」ってなにが違うんですか?」


「んー、一緒みたいなもんだ」


「もうっ、ちゃんと教えてください!」


 レンは勉強熱心だ。ルームメイトのコトハとも、少しずつ意思疎通ができるようになってきたらしい。


「私たち、いよいよ明日から学園に入ろうと思ってるんです」


「おお」


 勉強も一段落し、コーヒー休憩。レンの切り出した話題に思わず色めきだった。コトハは俺を凌駕する剣才の持ち主だ。一刻も早く学園で剣を学び、ウォーカーになるべきだと思っていた。レンが俺から日本語を学ぶのは、コトハの通訳として一緒に学園へ入学するためである。


 学園生活に期待と不安が入り混じった様子のレンに、俺の学園時代の話を語り出したところだった。城での会議を終え、白皇が帰ってきた。


「ただいま。あれ、レンちゃん来てたんだ。いらっしゃい」


「お邪魔してます」


 ぷいっと目をそらすようにお辞儀したレンに、白皇は弱った顔で微笑む。どうやらレンは白皇のことがあまり好きではないらしい。にもかかわらず再三家に押しかけてくるのだから分からない。


「シオン、ちょっと」


 白皇に手招きされ、不思議に思いながら俺は席を立って玄関まで歩いていった。白皇に連れられて家の外まで出ると、白皇は中のレンには聞こえない程度に声を潜めて、ごく短く言った。


「しばらく家を空けることになった」


「は? なんで」


 白皇の顔は珍しく怖かった。


「戦争になるかもしれない」

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