第12話 決勝戦-3
発破が弾け、茜色の空に無数の花火が打ち上がる。鳴り響く拍手喝采と雪のように舞う花吹雪の中で、勝負を終えた俺とハルは、互いに武器をその場に落とし、無言で
『私は今、結末をお伝えするのが
爆発した歓声が、祝福のように降り注ぐ。俺とハルは笑い合い、離れると、客席をぐるりと仰いで一緒に手を振った。
『優勝者のシオン選手には、賞金として金貨50枚と、副賞として経験値10万ポイントを贈呈いたします! これにより、シオン選手のウォーカー
ハルとの戦いで満たされていた俺は、優勝賞品があったことさえ忘れていた。一つのクエストで稼げる経験値は多くとも1000がいいところだったから、生涯に一度きりの大会とはいえ破格の量である。ランク80ともなれば、遠征許可の下りる地域が追加で五つは増える。
『シオン選手以外の参加者にも、本日の戦いぶりをギルド人事部が査定し、後日経験値の賞与を行う予定です。階級の高さは責任の重さ。本日凌ぎを削った新人たちは、今後一層の覚悟と誇りを持って、国民の皆様のため責務に励んで参ります! 皆様、どうか命を懸けて戦う彼らに、今一度盛大な拍手を!』
楽しく騒いでいただけに見えて、さすがは敏腕受付嬢。抜かりなく白薔薇のPRを終えたリーフィアに、俺も観客たちに混じって拍手した。
『さて、それでは閉会式へと移ります前に……白皇さま! あの約束、お忘れではありませんよね!?』
「もちろんだよ」
俺とハルは、ギョッと同時に飛び
「じゃ、じゃあ僕はこれで。シオン、何をお願いするつもりか知らないけど、失礼のないようにね」
白皇に恐縮したように客席へ向かったハルの去り際の言葉で、俺はようやく思い出した。優勝者には白皇が望みを叶えてくれるという話だった。
「改めて、ナツメ君。優勝おめでとう」
「……どもっす」
にこりと微笑む純白の貴公子、相変わらずいけ好かない。
俺は今、いつになく充足感に満ち溢れていた。相手は仮にも国の英雄、頼めば大抵の贅沢は叶えてもらえるはずなのだが、困ったことに大した欲が出てこない。うーん、三回まわってワンと鳴けとかでもいいだろうか。
「願いを聞こう。君は、何を望む?」
俺の返答を待つ大観衆の沈黙で、居心地が悪い。そうだな……なら、ここにいる全員に、浴びるほど酒を振る舞ってもらおうか。英雄なら払えない額じゃないだろう。ちょうど今夜は、どこの店も大量に酒や食事を仕入れているはずだ。
「俺の願いは――」
次の瞬間、不自然に喉が絞まった。
「あんたと、戦いたい」
俺の声であって、俺の言葉ではないそれは、静まり返った闘技場で取り返しのつかない響き方をした。どよめく観衆、「あれほど言ったのに」と頭を抱えるハル、爆笑するロイド、身を乗り出すカンナ。狂気的な盛り上りだった。俺一人を置き去りに。
「はっ、ちょっと待て、俺は……」
言葉の続きがでなかった。弱ったように頬をかく白皇の口元が、ごくごく一瞬、三日月のようにつり上がったからだ。
背筋が凍った。
「そんなことでいいのかい?」
困ったな、と笑う白皇だが、場の空気は既に、完全に出来上がっていた。会場が一体となって、新人大会の優勝者と、世界最強の男のエキシビジョンマッチの実現を望んでいた。今さら俺が、何を言ってもこの空気は覆らない。
「うん、いいよ。君がそれを望むなら」
白皇の声はマイクに通したように、闘技場全域に響いた。今日一番の大歓声が、俺の存在など吹き飛ばさんばかりに会場を揺らす。
「……どういうつもりだ」
俺の声を奪い、俺になりすましてこの状況を作り出したのは、どう考えても目の前のこの男だ。白皇は意外にも、「すまない」と素直に悪びれた。
「でも、盛り上がっただろう?」
「お前……」
何を考えているのか、その超然的な表情からは何一つ読み取れない。俺をここで圧倒して、国の象徴としての力を国民に誇示するのが目的か? それなら、妙な術で俺の声を奪わなくとも、自分からエキシビジョンを持ちかければいいはずだが。
「悪いとは思っているんだよ。本当に。でも必要なことなんだ。無事この試合が終わったら、個人的にちゃんと望みは叶えるから」
「意味が分からねえが……あんたと手合わせできるんなら願ったりかなったりだ。世界最強サマの実力がどんなもんなのか、興味あるね」
「君ならそう言ってくれると思ったよ」
どこまでもムカつく野郎だ。こめかみに青筋を浮かべて地面の刀を拾い上げると、いよいよ群衆もエキサイトする。
『な、ななななんと! 今日はいったい何度私たちを楽しませてくれるというのでしょうか!? 急遽、シオン選手と白皇さまによるエキシビジョンマッチが勃発だぁ!』
「おい、なんちゃらって術はかけなくていいのかよ。さっきの試合が終わって、俺のは解けちまってるぞ」
「必要ないよ。僕は君を怪我させるようなヘマはしないし、君が僕に怪我をさせることもまずないだろうから」
にこり、と小首を傾げる白皇に、いよいよ俺の血管がブチブチに切れる。
「じゃあ、殺しちまっても不慮の事故だな!」
白皇の術が解けたことで、ハルとの戦いで負った傷や筋疲労はリセットされている。精神的な疲労は白皇への苛立ちで吹き飛ばされた。俺が地を蹴ったのが、開戦の合図になった。
「おらぁッ!」
瞬く間に接近し、吹き飛ばすつもりで叩きつけた剛剣は、白皇の正面で白銀の長剣に受け止められた。氷のように透き通った、ため息の出るほど美しい剣だ。ぽっきり折れそうなほど繊細優美なその剣は、山にでも斬りかかったみたいに、びくともしない。
「がぁッ!!」
空中で身を捻り、裏拳の要領で側頭部へ第二撃。着地し、すぐさま怒涛の三連撃。全て涼やかな金属音に弾かれ、白皇は未だ眉一つ動かさない。
「くそが……!」
一度後退し、斜めに弧を描くように疾走して
白皇は体の向きを変えることすらなく、剣をただ背面に倒すだけで俺の一撃を防いだ。悪態を吐き、その顔を睨み上げた俺は、屈辱で頭が煮えるかと思った。
白皇は、目を閉じていた。
「殺す……ッ!」
激情に身を委ね、俺はその場で猛然と刀を振り回した。ハルの【嵐舞】を上回った連撃が、横殴りの暴風雨の如く白皇へ叩き込まれる――その、全てが、銀器を打ち鳴らしたような
冗談じゃない。こんなに遠いわけがねえ。俺が弱いのは知ってる。まだまだ上がいるのなんて分かってる。だけど、こんな……こんな絶望的な距離であってたまるか。
「あう……っ!?」
気づけば俺は、砂地に転がっていた。足を引っかけられ、つまづいて転んだのだ。
そんなバカな話があるか。赤と黒の感情が、俺のなかでぐちゃぐちゃに交ざり合って吐き気を誘発する。
「弱いね、アカネウォーカー。それが救いと言うべきか」
氷のような声。俺を見下ろす白皇は、もう笑っていなかった。
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