第19話 アカネウォーカー-2
*
無限に続くかに思えたグレントロールの
それまで、
見事だった紅蓮の毛並みは見る影もなく、大半が抜け落ちて地面に散乱し、残った体毛はこの数分間の激痛の凄まじさを物語るように、壮絶に脱色され真っ白になっていた。
グレン、と呼ばれる
《ジゴクラク》の毒を乗り越えた者は、極楽を見るという。それぐらい、毒の効き目は突然訪れ、七日たっぷり襲ったのちに嘘のように去っていく。
痛みから解放されたグレントロールは、今、
熱源感知の眼は、その背中を、すぐに捉えた。熱源が三つ。距離は三十メートルほど。足は止まっていた。容易く追いつける距離だ。
グレントロールは憎悪に駆られて走り出した。短距離選手のようなフォームで腕を振り、彼らが命がけで離した距離を瞬く間に詰めていく。金髪の冒険者は、いま、うつむく黒髪の冒険者によって地に寝かされるところだった。
手を下すまでもなく、死んでいるように見えた。しかしグレントロールにとって、それは大した問題ではなかった。ぐちゃぐちゃにして、バラバラに切り刻んで、胃の中に順番に入れられればそれでいい。
その瞬間を想像し、色の抜け落ちた体毛をわき立たせて絶頂したグレントロールは、よだれを撒き散らして右手の大剣を振りかぶった。横たえられた金髪の冒険者目がけて、恨みつらみを有りっ丈乗せて剛剣を振り下ろす。
果たして、ハルク・アルフォードの胴体を分断するはずだった黒い大剣の切っ先は、予定より一メートル七十センチほど手前で金属音に阻まれた。
彼を
「あぁ……もう、いい」
黒髪の冒険者は、うつむいたまま低く呟いた。全てに絶望し、失望した声音の奥底に、音もなく煮え
「殺す……神も、世界も、もちろん、お前も」
顔を上げた少年の目は、空を映したような真紅に染まっていた。
閃光と轟音の下に、一本の火柱が上がる。炎ではなく、そう見えるほど濃い赤色の、質量を持った光のような物質だった。夥しい量の赤いエネルギー体が火山の如く、地から噴出し少年を貫通して天を突く。
その光の中、
「ガァッ!!!」
少年の声では、既になかった。人ならざるおぞましい声の半分混じった絶叫を上げて、少年は頭上の剣を力任せに前方へ斬り払った。
その一閃はグレントロールの振り下ろした大剣を押し戻すどころか、その巨体もろとも赤子のように吹き飛ばした。ぶち
彼のすぐ後ろで、呆然と立ち尽くす赤毛の冒険者、ユーシス・レッドバーンは、声もなく戦慄していた。
シオン・ナツメの身体に、おぞましいほど大量の煉素が集結している。あれは、【煉氣装甲】。煉素を全身にまとって身体能力を上げる、煉術。
地球人が、煉術を使っている。その事実にユーシスは震えるしかなかった。それも、ただの【煉氣装甲】にしては規模が大きすぎる。
シオンの周囲でうねり、狂喜乱舞する大量の赤いカケラたちからユーシスが連想するのは、獲物にたかる飢えた狼や、蜜に群がる虫の大群。
ここら一帯まるまるの煉素が、我を忘れてシオンに群がり、夢中になって力を貸しているのだ。まるで……シオンを、強いモンスターと勘違いしているみたいに。
地球人は、煉素を感知できない。煉素と対話する
しかし、地球人の意思と関係なく、煉素自らが一方的に力を貸すことがあったとすれば--
「ゥゥゥゥゥァァ……ァァアアア……ッ!」
唸るシオンが右腕を振るうと、失われた肘から先がボコボコと泡立ち、たちまちそれを突き破るようにして新しい腕が生えてきた。
あ……有り得ない。目を剥いて絶句するユーシスの前で、シオンは具合を確かめるように手のひらを二、三度握っては開くを繰り返す。
剣を杖のようにして起き上がったグレントロールは、色素の抜けた体毛をぶるんと震わせて吼えた。地響きを上げて猛然と距離を詰めてくるトロールを、赤い閃光が真っ向から迎撃する。
重機同士の正面衝突を思わせる、凄まじい衝撃が樹海を駆け抜けて大地を抉り上げた。両者弾き飛ばされ、すぐさま再び飛びかかる。
グレントロールの左右の剣が雨の如く襲うのを、走り、跳び、滑って
バネのように跳躍したシオンの一閃を、今度はグレントロールが大剣で弾く。三倍の体格差などないかのようなシオンの剣圧に、巨体が揺らいだ。
腕力も、剣速も互角。それならこの勝負は、決まったようなものだった。
剣術のレベルが、違いすぎる。
ぐわりと揺らいだグレントロールの両腕に、
血の雨と肉塊が降り注ぐ樹海で、腕を失った哀れなトロールは悲壮な顔で
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