第5話 世界樹-2

「すごい! すごいよシオン! 一日で《剣術基礎》の単位取っちゃうなんて、これはきっと学校中に広まる大ニュースになるよ!」


 あれからハルは、ずっとこんな調子だ。


 端正な顔を上気させて興奮しっぱなしである。四時間目の《剣術基礎》を開始五分で合格してしまった俺は、残り時間をハルの指導に費やした。


 ロイドは明らかに指導教官に向いていない感覚派の剣士だったので、理屈から入るタイプの優等生、ハルとは最悪の相性だったことだろう。実際、ハルは俺の指導をよく吸収し、一時間でそれなりに剣を振れるようになった。


 もちろん、酷すぎる最初と比較したときの話で、まだ先は長そうである。


 ロイドが声をかけてきたのは、授業終わりであった。


「よう、シオン。お前のおかげでハルクの"音"が随分マシになったな。これから暇なときは俺のTA《ティーチングアシスタント》になってくれよ。ポイントやるから」


「おお、それはぜひ。早いところ卒業したいので」


「イキのいい新入りが入ってきたもんだな。お前、アカネに来てまだ一週間なんだって?」


「はい、まぁ」


「自分の体に異変を感じないか?」


 突拍子も無いことを聞かれて、俺は少し考えてから素直に答えた。


「……どうでしょう? 良くも悪くも健康的な生活になったので、体の調子は良いですけど」


「無自覚とはますます変なやつだ。五時間目は暇か? ちょっと俺に付き合えよ」


 俺とハルは、ロイドの言葉に顔を見合わせた。


 そんな次第で――


「ほい、到着だ」


 俺たちは、ロイドの案内で、学園の最北で異彩を放つ建物--《アリーナ》にやってきた。


 見た目は、古代の闘技場"コロセッオ"。屋根のない、円形の巨大な建物で、校舎などと比べても凄まじく年季が入っている。いったいいつ頃建てられたものだろう。


「アリーナは、この学園ができるより前から、闘技者やウォーカーたちの決闘を見物する娯楽施設としてずっとこの国の中心にあったものだそうだ。学園の一部になった今でも、土日休みには毎週のようにイベントが開催されてるぞ」


「土日か……」


 正直、曜日感覚を半ば失っていた俺は、今が何曜日かもすぐに思い出せなかったが。アカネにも一週間があり、曜日の概念がある。


 この世界のこよみは、地球の暦と正確に一致するよう、大昔から調整され続けているからだ。


 閏年うるうどしから閏秒うるうびょうまで、徹底的にマンパワーで計算して、僅かのズレの生じないよう、何世代も前の時代から、地球の歯車の動きに食らいつき続けている。


 なぜそこまで、二度と帰ることも叶わないかもしれない、地球の暦にこだわるのか。


 それは、新客の命を守るためだ。


 毎年、百万人の新客が一斉にやってくる"その日、その瞬間"のタイミングが正確に周知され、アカネ中のウォーカーが新客の迅速な救出、保護に備えることができているのは、他でもなく、地球の時計と寸分違わない、アカネの時計があればこそ。


 俺がカンナに助けてもらえたのも、多くの新客がモンスターに喰われる前に保護してもらえるのも、全てはそのおかげなのだ。


 夜が訪れる瞬間を午後六時に設定しているアカネの時計は、地球で言うイタリアの標準時に最も近い。日本との時差は、マイナス八時間。


 八月四日、午後四時五十三分。毎年、アカネの時計がその時刻を指した瞬間。地球の人口が人知れず、きっかり百万人減る。


 それが、アカネに降り注ぐ【餌】であり、ウォーカーが命がけで救う、新たな客人だ。


 日本ではその時、夜中の一時近くだから、日本在住の人間は多くが俺のように眠ったまま召喚されることになる。起きた状態で召喚されるのとどちらがいいかについては、どちらも最悪であるとしか言いようがあるまい。


 ともかくも、その日は《歓迎祭》と呼ばれる祭日となり、世界中のウォーカーがあらゆる職務をかなぐり捨て、来たる百万人の新客の命を救うことに全力を尽くす日だ。民間人はウォーカーたちが新客を一人でも多く助けて帰ってくるのを待ち、いざ凱旋すれば祭のように騒ぎ立てる。


 この国に来た時、出会う全ての人間が、俺を温かく迎えてくれた。まるで最初から、今日、俺が迷い込むことを知っていたみたいに。


 俺も、来年の《歓迎祭》は、新客を精一杯笑顔で迎えてやりたいと、そう心に決めているのだ。


「ハル。今日って何曜日?」


「え? 金曜だけど……」


「じゃあ、明日は一緒にここに来ようぜ。明日はどんなイベントをやってるんですか、ロイド教官?」


「大抵、現役ウォーカー同士の決闘だな。単なる腕試しや交流試合から、痴情のもつれまで、決闘に至る経緯はイロイロだ」


「おおお、おもしろそー!」


「えぇ、悪趣味だよ……血とか出るよ絶対、僕、ずっと目つむっててもいい……?」


「情けないやつだな。それならやめるか?」


 ハルは青くした顔を今度は赤らめて、ごにょごにょと口ごもった。


「えーと……一緒にどこかに行くのは、大賛成だよ。植物園とかはどう?」


「デートか。草なんか見て何が楽しいんだよ」


「うわぁ……シオンって、モテないだろ」


「なにをぉ!? お、俺だって、女の子と二人でステーキ食べたことあるもんね!」


「そ、そうなんだ……よかったね」


「なんだその憐れみの目はコラァ! ちょっと自分がイケメンだからって! イケメンだからってぇ……」


「な、泣いてるの?」


 俺たちのやりとりを、ロイドがケラケラ笑って聴いていた。


「……ところで、ロイド教官。俺をどうしてここに? ここはウォーカーが決闘する場所なんですよね?」


「そりゃ土日の話だって言ったろ。平日は学園の人間が使うんだ。手っ取り早くポイントを稼ぐなら、アリーナがうってつけだぞ。なんせ--他の候補生からポイントをぶんれるからな」

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