自分を犠牲にすることのすばらしさ

ちびまるフォイ

お前が言うな。

学校のホームステイ先のくじ引きに負けた俺は、

よく調べもせずにホームステイ先の家にやってきた。


「なんだあれ……」


家の上にはアンテナのように「他人を愛しましょう」と掲げられている。


「こんにちは……」


家に入るとクラッカーの音が出迎えた。


「いらっしゃい、わが家へようこそ。

 慣れない家のホームステイで緊張しているかもしれないけど

 私たちを本当の家族と思っていいからね」


「玄関には来てないようですけど、他にもご家族がいるんですか?」


「ええ、うちは大家族なの。さぁ上がって」


さっきまで感じていた不安はどこへやら。

人当たりのいい家主に当たったことを心から嬉しく思った。


リビングに上がると、キッチンでは娘が料理をしていた。


「ああ、知らない人のために朝早く起きて料理を作れる! 幸せ!」


窓から見える庭には息子とおぼしき人が草むしりをしていた。


「誰かのために草むしりできるなんて、こんなに幸せなことはない!!」


どちらも顔はにこやかだった。


「ああ、驚いたかしら? うちは他愛主義教をとっているのよ」


「他愛主義?」


「他人のために尽くせることこそ人間本来の欲求であり、

 自己犠牲の精神こそ動物とは異なる人間の崇高なる魂の在り方という考えよ」


「は、はぁ……」


さっきまでの安心感がどこへやら。不穏な空気感に脂汗が出てくる。


「これから一緒に暮らす家族なんだもの。あなたも他愛主義の素晴らしさをぜひ理解してね」




――他愛主義ホームステイ開始。




「あら? 水をこぼしてしまったわ」


「はい! ぜひ拭かせてください!」

「ちょっと! 私のほうが先に見つけたのよ!」

「大事なのは先に声を出した僕だろ!」

「私のほうが自己犠牲精神に満ちてるわ!!」


「二人ともケンカしないの。他愛主義の精神を忘れたの?」


「そうだったね、ママ。お姉ちゃんごめんなさい。

 僕が犠牲になるから、お姉ちゃんが拭いていいよ」


「ううん、私こそごめんね。むしろあなたのために私が犠牲になるべきだった」


「だったら、二人でやりなさい」

「「 うん!! 」」


二人は嬉しそうに濡れた床にダイブした。

自分の服で水気を吸い取っていくその顔は幸せそうだった。


ホームステイはじまってからずっとこんな調子だった。


「……ねぇ」


「あ、はい!」


「どうしてあなたは、あの時声を出さなかったのかしら」


家主の冷たい視線が突き刺さる。


「そ、それは……」


「他人のために自分を尽くす気持ちの崇高さがわかっていないのかしら?」


「いや、そんなことないですよっ」


「いいえ、思えばあなたは外の世界から来た人間。

 自分勝手で利己的でわがままな俗世に骨まで染まっているから

 この家の他愛主義に染まれないのよ、おぞましい」


「ママ、教えてあげるしかないよ」

「私たちもそれでわかったんだし」


「そうね、そうしましょう。

 あなたもきっと他愛主義のすばらしさをわかってもらえるわ」


抵抗する間もなく頭に袋をかぶされて、どこかへ連れていかれた。

階段を下りた感覚はあったので地下室なんだろう。


袋が取れて自由になったときは、並んだ2部屋のうち片方に閉じ込められていた。


「ちょっと出してくださいよ!」


「あなたはまだ俗世の利己主義に染まっているからそれはできないわ。

 この調整部屋で他愛主義を理解してもらわないと。

 家に信仰を侵す人間を置いていくわけにはいかないもの」


俺のいる監禁部屋に食料が届けられた。

思えばまだ何も口にしていない。


「さぁ、どうぞ」


差し出された食べ物に口をつけようとすると、目の前の監禁部屋に目が行った。

俺とは別の監禁部屋には今にも飢えそうな人が倒れていた。


「あ、あんたら何やってんですか!?」


「さぁ、あなたが食料を差し出すのよ。

 もちろん、あなたが食べてもいいわ」


「そんなことするわけないでしょ!!」


俺は自分の監禁部屋から向こう側に食料を入れた。

倒れていた人はすがるように食べ物を食べ始めた。


「食べ物は毎日同じ時間に差し出すわ。食べるか食べないかはあなたの自由。

 食べ物を差し出したら、あなたは食べ物にありつけないわ」


「そんな……!」


監禁生活は続いた。

食料を左から右に流すように、別の部屋の人間に送る。

どんなにお腹が減っていたとしても。


いつしかそれが当然となり、向こうで監禁されている人間よりも、こっちが飢えて逆転した。

それでも向こうの人間は「今日ももらえるんでしょ?」という目で見てくる。


「くそ……ふざけやがって……」


画面できなくなり自分で食料を口にしようとすると、隣の部屋の人間が入れ替わる。

今度は別の飢えた人間が監禁された。


やせ細った他人を見て、唾液を飲み込み、食べ物を向こうの部屋に送る。


誰かのためにずっと自分を削り続ける日々が続いた。



完全に動けなくなるまでやせこけたころ、家主がやってきた。


「具合はどうかしら? 他愛主義の素晴らしさをわかってもらえたかしら?」


「はい……もう十分よくわかりました……」


「本当かしら?」

「本当です」


「嘘は自己犠牲にならないわ。嘘をつく人間は利己的。

 世俗によって穢れた人間だから。嘘じゃないわね?」


「……」


「さぁ、答えて。あなたは嘘偽りなく、完全完璧に他愛主義かしら?」


「いえ……」


俺は絞り出すように答えた。


「俺はまだ他愛主義のすべてを理解できていません」


「正直でよろしいわ。それこそが他愛主義の入り口よ」


「俺は利己的で自分がってな世界に染まりすぎていました。

 だから、食料を見るとまだ自分で食べたいと思ってしまう悪しき心があります」


「そうね。そこまで自己分析できていることが他愛主義への一歩よ」


「俺はこの歪んでしまった心を正したいと思っています!」


「ああ! なんて気高き精神なんでしょう!

 あなたは完全ではないけれど、素晴らしい他愛主義への才能を感じるわ!」


「俺にもっと、他愛主義者として取るべき行動や指針を教えてくださいますか?」


「ええ、私は身を削って教育させてもらいますわ。

 自分を犠牲に誰かのために尽くし続けるのが他愛主義ですもの!」


家主は嬉しそうに手を合わせた。




「それじゃ、次はあなたがこの部屋に入ってください。

 あなたならさぞや俺以上の他愛主義を見せてくれるものでしょうね」



家主はすぐに答えた。


「どうしてこんな他人のために、私が飢えなくちゃいけないのよ!!!」

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