第112話 シンシアさんパニック? 前編




「お帰り」

 ファラメルテの町にあるリラ達の家の前で、そう言って四人を迎えてくれたのは、シンシアさんだった。全員驚いて目を丸くする。


「シンシアさん……どうしてこんなところにいるんですか?」

 リラがそう聞くと、シンシアさんはあのおすまし顔で間髪入れずに返してきた。

「あなたたちがいない間、家の片づけと管理をしてたの」

 頼んでもいないのに? という言葉を四人とも飲み込んだ。


「入って」


 そう言ってシンシアさんが玄関のドアを開けた。リラ達四人は言われるがまま中に入る。

 家の中はシンシアさんが言った通り、きれいに片づけられていた。床に散乱していた機械獣の部品も、大まかに大きさで分類され、一つの部屋に納められている。


「あれだけ散らかってたのを、一人で片づけたんですか?」

 リラに「そう」と一言だけ返す。シンシアさんは台所に向かうと、大きな鍋を取り出した。

「私がご馳走してあげる。あなた達は適当に休んでて」


「ありがとうございます」と口々に言いながら、荷物を降ろしたり隣の部屋の扉を開いたりする四人。しかし、シンシアさんの小さな声で、全員の注意が集まった。


「オスカー。貸してたものは?」


 オスカーは鞄を開いて、身渡り印墨の箱と古代文字翻訳機を手渡した。しかし、シンシアさんはそれを受け取ってもまだオスカーに手を差し出している。


「古代文字の見本も持って行ったでしょ?」


 そうか! と勘付いたリラ。勝手に家を片づけに来たのはこれが理由。シンシアさんが間違ってオスカーに渡してしまったを回収するためだったのだ。ところが、来てみるとここは散らかり放題。それを一人で片づけながら家中捜索したが、出てこなかった。オスカーが地下世界に持って行ってしまっていたからだ。それで結局、この町でリラ達の帰りを待つことになってしまったのだ。


「これです。ありがとうございました」

 オスカーは紙束をシンシアさんに手渡した。あれが挟まったままなのかどうかは周りからは分からない。リラもイザックもナヤも、シンシアさんの一挙一投足を見守った。


 シンシアさんは、静かに手を持ち上げ、ゆっくり紙束を受け取ると、自分の鞄に力強く押し込んだ。




 シンシアさんの作ってくれた夕飯のビーフシチューに舌鼓を打ち、食後のまったりした時間を過ごしていると、シンシアさんがノートパソコンを持って四人の元へやってきた。


「さあ、誰が書くの?」


 シンシアさんの言葉に四人ともきょとんとする。

「書くって、何ですか?」

 リラがそう聞くと、シンシアさんは軽くため息。


「実績を作りに地下世界に行ったんでしょ? ヒビカさんに報告するだけじゃなくて、第三者がちゃんと見られるように、報告書を書かないと」


「報告書……」

 イザックが苦々しい顔をした。そういうものを書くのは苦手だ。

「アカデミーのレポートくらいしか書いた事ないな……」

 オスカーもそう言う。リラも、部品買取所で書かされる書式が決まった一枚の書類くらいしか書いた事がない。三人の目線は、自然とナヤの方へ。


「……そうですね。私が書きます」


 ナヤもそんなものを書いた事はないだろうが、誰がどう考えても、この中で一番向いているのはナヤだ。




 ナヤがパソコンを前に、シンシアさんから指導を受けながら報告書を書いている時だった。オスカーがリラとイザックの肩を叩いた。


「ちょっといいか?」


 三人はナヤとシンシアさんがいるリビングから廊下に出た。ドアを閉めて、小声でオスカーが言う。

「ちょっと、まずい事になった」

「えっ」とリラとイザック。

「まずいって?」

「何かあったのか?」


 オスカーが二人の前に出して見せたのは、紙束。これは……シンシアさんのだ! リラとイザックは声を押し殺しながら驚いた。

「ちょっと……どうして?!」

「さっき返したんじゃなかったのかよ!」

「これだけ別にしてあったのを忘れてたんだ! どうするべきだと思う?!」

「どうするって、すぐ返さなきゃ……」

 リラがそう言うと「どうやってだ?」とオスカー。

「どうやって返す? 俺が、お前達のいない所でこっそり返すべきか? それとも、みんながいる所でさりげなく?」

「うーん」とうなりながらイザック。

「俺達のいない所でこっそり……」

「それだと、この秘密を俺とシンシアさんだけで共有してるような感じになる。でも、実際はお前達も知ってるだろう? 何だか嘘をついてるみたいで申し訳なくないか?」

「ふふっ」と苦笑いするリラ。

「そうかなー……じゃあ、みんなの前で……」

「わざわざみんなの前でこれを手渡すなんて、さらしていじめているみたいじゃないか?!」

 リラもイザックも、思わず声を出して笑った。オスカーがすぐに口の前に人差し指をたてる。リラは『ごめん』とうなずいた。

「じゃあ、絶対気付く場所にそっと置いておくのはどう?」



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