第100話 機械獣キョウリンチョウ




「あれっ」

 走るノイルバギーのコンテナで、リラがそうこぼした。水のタンクの口を開くが、コップにはちょろりと水が垂れただけだ。

「水、もうないの?!」

 ナヤも近寄ってきて確認する。タンクは空っぽだ。ナヤはコンテナをけん引している前の自動車に向かって窓から声を上げた。

「水がなくなりました!」

 運転席のイザックから「ああ、分かった」と返事。助手席のオスカーにも伝わったはずだ。ナヤが窓から顔をひっこめると、リラが眉をひそめてため息をついた。

「誰が最後に飲んだんだろうね。なくなったなら言ってくれなきゃ。……どうする?」

 ナヤはまた窓から顔を出した。地面には草が生えており、進行方向先には木々が見えて来ている。

「もうすぐ森に着きます。最優先で水源を探しましょう」



 たどり着いたのは、ブナ林だ。人の手は全く入っていないため、まさに純粋な原生林。地面は葉っぱが積み重なって形成され、苔が生え、フカフカだ。

 その地面に足跡を付けながら、四人は水源を探した。ナヤが木に登って何度も確認しながら低い方へと進み、森が開けた場所で幅五メートルほどの川を見つけた。


「よかった。ここで水を汲んでいきましょう」

 ナヤがそう言い、川へと駆け寄る。オスカーとイザックは背負ってきたタンクを降ろす。


「フーッ。疲れた……これを水でいっぱいにして帰るのか? 運べるかなぁ?」

 額の汗を拭うイザックを見て、ナヤはリラにたずねた。

「リラ、あなたの霊術で運べませんか?」

「え……」とリラ。答える前にイザックが「ハハッ」と笑った。

「そりゃ無理だろ。風呂の水だってまともに持ち上げられないのに」

 リラもそれに続いて答える。

「だね。ちょっと厳しいかも。まあ、手伝うくらいはできるだろうけど。二十キロを十キロ……いや、十五キロくらいにする、みたいな……」


「まあ、とにかくまずは水をくむぞ」

 オスカーがタンクを川に降ろして水を流し込み始めた。イザックも続いてタンクを持って行く。


「ん……?」

 ナヤがつぶやいて空を見上げる。「どうしたの?」とリラ。


「風の音が……」

 地下世界ではほとんど風が吹かない。だが、上空で空気が流れる音がする。流れ、波打ち、切り裂かれ……。


「あそこ!」リラが右上を指さした。四枚の翼と長い尾羽を持った大型の飛行機械獣、キョウリンチョウ。こちらに向かってくる。


「タンクを置いて一度森へ!」

 ナヤの号令で全員走り出す。だがキョウリンチョウはあっという間に近付いてきた。刃物になっている長い尾羽で地面に砂埃をたてる。

 キョウリンチョウの尾羽が、四人が森へ入るのを阻むように地面に切り傷を付けた。全員飛び退いてかわしたものの、すぐに次の一撃がくる。四人は川沿いまで追い詰められてしまった。

「リラ、水の槍で攻撃できませんか?!」

 ドライバーガンの先端は重いため、上への射程は広くない。キョウリンチョウまでは届かないだろう。そこでリラの霊術。だが、リラは自信なさげに言った。

「どうかな……分からない」

 ザン! とキョウリンチョウの尾羽が地面の岩を切り裂く。


「このっ!」


 リラは川の水を槍にして投げつけた。ところが、僅か二、三メートルで槍は崩れ、ただの水となって足元の石ころにパシャリと落ちた。

「あれ……」


 ザン! とまたしても斬撃。飛び退いてかわし、オスカーが剣を抜いた。

「俺の剣なら尾羽を受けられる。強引にでも斬りつければ、ひょっとしたら隙ができるかもしれない」

 リラが駆け寄った。

「川に落とせる? キョウリンチョウは防水じゃないから、動きが鈍るはず」


「落とすまでは無理だろう。せいぜいよろめく程度しか」


「それなら、オスカー!」ナヤが川を指さしながら言った。

「この角度で川を走ってください。一人で走ればそちらに行くはずです。イザック、オスカーが尾羽を弾くタイミングで、マグネットシールドを! 水面低くを飛んでいる時は不安定になるはずです。川に落とせるかもしれません」


 ザン、ザン! と斬撃。全員足が川に浸かる。


「やるぞ!」

 オスカーが走り出した。狙い通り、キョウリンチョウはそちらへ向かう。オスカーが尾羽を弾いた瞬間、ナヤの指示通り、イザックはマグネットシールドの衝撃波でキョウリンチョウを押し飛ばした。キョウリンチョウはグラリと大きくバランスを崩し、一枚の翼を水面に打ち付けた。

 そこにオスカーがダメ押しで斬りつけ、キョウリンチョウは大きな水柱をたてながら川に転落した。

 波がオスカーを押し流し、ナヤ達の元へ運ぶ。入れ替わりにリラがキョウリンチョウの元へと急ぎ、ドライバーガンで背中のボルトを二本引き抜き、キョウリンチョウをバラすことに成功した。



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