第73話 リラ達の救出 レブ・リモの逃走




 ブベル塔、同じ牢屋に押し込まれた、リラ達五人。オスカーがリラとナヤのために、改めて自身の過去とドグウの話を聞かせていた。

 事情を知り、ドグウに頭を下げたのはナヤ。


「ごめんなさい。私達が不甲斐ないばっかりに」

「い、いや、僕は別に……助けようとしてくれただけでも」

 ドグウはうろたえて首を横に振る。それを見てオスカーが「いや……」と床を見つめながら言う。

「悪かった……俺が悪いんだ。俺は、またお前を……」


 オスカーが話す途中で、イゲルマイトの笑い声が響いた。

「ガキならではの安っぽい感動漫画だな。勇者にでもなったつもりか? 勘違い野郎が」


 イゲルマイトが笑う中、ギュッと拳を握り、首を垂れるオスカー。堪忍袋の緒が切れたリラが、腕の自由が利かない中、よろめきながらも立ち上がる。

「ちょっと! 何がおかしいの?! あなたなんか、他人を嘲笑ったりいじめたりするしか能がない人間のくせに!!」


 イゲルマイトは瞬時に笑うのを止め、鋭い目つきでリラを睨み付けた。

「この俺を『人間』なんかと一緒にするんじゃねえ」

「ああそうなんだ!」と間髪入れずにリラ。牢屋の格子まで歩き、大声で言う。

「他人を嘲笑っていじめるしか能がないのが獣人なんだ。人間と一緒にしちゃってごめんなさーい。あー、獣人じゃない私って本当に幸せ!!」


 イゲルマイトが雄たけびをあげ、巨大な獣型へと姿を変えた。鋭い牙と、トラックも放り投げる怪力を持つ『ブルコング』。リラに向かって牙をむいてみせる。リラは一瞬後ずさったものの、負けじと声を張り上げた。

「そうやって自分の『暴力』を振りかざさないと何も思い通りにできないんでしょ?! あー! 私、本っ当に獣人じゃなくて……」

「リラ! いい加減に……」

 ナヤが止めてももう遅い。ブチ切れたイゲルマイトが牢屋の格子の上部を思い切り叩いた。格子は大きく歪んだ拍子にリラの顔面を激しく打ち、リラは後ろへ吹き飛んで気絶してしまった。


「リラ! おい、大丈夫か!」

 イザックがすぐに倒れたリラの所へ近寄り、縛られている腕を必死に動かして揺さぶる。「うう……」と呻くリラ。


「フン! 『格子に守ってもらえた』だけ、感謝するんだな」


 イゲルマイトがそう言った時、部屋の扉が乱暴に開いた。現れたのは、建設現場でイゲルマイトの部下として働く半獣人、ジョイス。イゲルマイトはギロリと睨み付けた。


「何だ? お前、こんな所に何しに来た。持ち場はここじゃないだろうが」

 睨み付けるイゲルマイトに、ジョイスがにたりと笑ってした返事は、なんと


「あんたなんかに用はないんだよ。脳天空っぽの雑魚ゴリラが」


 再びイゲルマイトの雄叫び。ジョイスに飛びかかり、先ほど牢屋の格子をひん曲げた怪力でパンチを食らわせる。

 ところが、そのパンチはジョイスの片手にピタリと止められた。そしてジョイスは、文字通り赤子の手をひねるように、イゲルマイトの腕をひねり上げた。悲鳴を上げるイゲルマイトに、ジョイスが拳を一発喰らわせる。

 イゲルマイトはまるでピンポン玉のように壁や床を跳ね、リラ達の牢屋の前に気絶して落下した。

「ハハッ」と笑うジョイス。

「だから『やめとけ』って言ったんだよ」


 そう言うジョイスの後ろからひょこっと現れたのは、同じくイゲルマイトの部下の半獣人、コエン。

「お前『やめとけ』なんて言わなかったぞ」

「そうだっけ? まあ、どうでもいいでしょ」


 コエンはイゲルマイトに走り寄って顔を覗き込む。完全に気絶しており、動く気配は全くない。

「それにしても、ブルコングの獣人をパンチ一発でぶっ飛ばすとはな。鍛え抜いた『鬼熊おにくま』の半獣人ってのは、おっそろしいもんだ」

「そんなオッサンなら、あんたが相手したって似たようなもんでしょが」

 ジョイスはイゲルマイトを踏みつけながらリラ達の前にやってきた。


 呆然とするリラ達の前にジョイスが取り出して見せたのは、中で炎が燃える水晶玉。リラは思わず「あっ!」と声を上げた。これは連合国の、相手の嘘を見破る道具だ。つまりこの二人の正体は、師匠の部下。


「え、これ知ってんの? ってことは、ヒビカさんの弟子って、あんた?」

「はい!」とジョイスに答えるリラ。水晶玉の炎はもちろん、オレンジ色のまま。にっこり笑うジョイス。

「待たせたね。今出してやるよ」






「お姉ちゃーん!」

 リラ達が牢屋の部屋から出た途端、そう叫んでジョイスに駆け寄ってきたのはヤーニン。リラ、イザック、ナヤ、オスカーの四人は、すぐにアーマーを構える。ヤーニンは慌てて両手の平を横に振った。


「違うって! 私もお姉ちゃんの仲間で、あなた達の仲間でもあるの! もー、何度言ったらいいの?!」

 喚くヤーニンの後ろには、シンシアさん。リラがそれに気付き「あれ?」とこぼす。ナヤとオスカーもようやく気付いて、アーマーを降ろす。イザックも気付き、ヤーニンに詰め寄った。

「もう少しちゃんと説明しろよ! 余計な追いかけっこする羽目になったじゃねえかよ!」

「説明したじゃん!」

「足りねえよ!」


 ああだこうだと騒ぐ二人はほって、ナヤは廊下の端から階下を覗き込んだ。

「どうしてこんなに静かなんでしょう……」


 コエンが言った。

「この塔にいる戦闘員はみーんな『総統様』のありがたい演説聞きに行ったんだよ。で、その後は首都に向けて出撃。もうしばらく戻ってこねえよ」

 続けてジョイス。

「町では獅子の亡霊と変異体の機械獣が暴れてるしね。しばらくこの辺りで時間潰してた方がいいよ。ヒビカさんもこっちに向かってるはずだし」

「それだったら!」とナヤ。

「少し……わがままを言わせてもらえませんか?」

「ん? わがままって?」


 ナヤの隣にシンシアさんが立った。

「この子、ガル・ババの血を引いてるんだって。会いたいって言ってて……」

「はあ?!」と顔をしかめるジョイス。

「何言ってんだよ。今コエンが言っただろ?! ガル・ババのところにはブルービーストの獣人がほとんどみんな集まってんだよ!」

「ヒビカさんもこっちに向かってるはず。私達がいればなんとかなる」

「いやー……」


 リラもナヤの隣に立った。

「私からもお願いします。この先あるかどうか分からない機会なんです!」


「どうすんだ?」とコエンがジョイスを横からつつく。ジョイスは『まいったな』というふうに目をつぶって短い黒髪を掻いた。


「守り抜いてやれるかは分からないよ? それでもいいなら……連れてってやる」




 *




 霧がやっとはれてきた海。呻き声を漏らしながら海面に浮いているのは、ブルービースト海組の獣人だった。その前に立っているのは、幹部『左爪』レブ・リモ。

 レブが恐怖にかられて攻撃したのは、味方だったのだ。


「ハァ……ハァ……」

 息がどんどん激しくなっていくレブ。肩も大きく揺れ、腕も震え始めた。

「ハァ、ハァ、ハァ……! ぐっ……あぁああーーー!」


 海上を走り出したレブ。ジャンプしてダンガンサカマタに姿を変え、海に飛び込むと、猛スピードで泳ぎ去っていった。



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