骸骨等と変人等
窓から入る月明りを頼りに、真っ暗な廊下を進んで行くムルトとティング。
2人が感じている、不気味な気配は移動をしていないようで、前日立ち寄ったばかりの玉座の間から発せられているようだ。
「既に気づいているようだな」
「ああ」
ムルトが扉を開けようと手を伸ばすと、軋んだ音をたてながらひとりでに開け放たれた。
玉座にはロンドではなく、
「やあ、待ちくたびれちゃったよ」
頬杖をつきながらリクがそう言うと、玉座の間の扉が閉ざされた。
その影から、ゆっくりとロンドが姿を現す。
「やっぱり君も、これを狙ってきたのかな?」
リクは、そう言いながらクリスタルを優しく撫でて目配せするが、ムルトは不思議そうにそれを見ているようだ。
「俺達が感じていた視線は、リクで間違いないだろう。だが、この気持ち悪さはあのクリスタルから……」
生き物嫌い、ましてや人嫌いもしないムルトが感じる、この気持ち悪さには、種族ではなく、宿命として覚えがある。
それは、ハルカやミナミ、ティアなどから発せられる、七つの美徳を持っている人間特有のもの。
よくよく眼を凝らしてみれば、クリスタルの中には、誰かが閉じ込められていた。
「……その人のことは知らないが、お前は、その人が狙いなのか?」
「えへへ」
リクは、いつもの無邪気な笑顔を浮かべ、興奮した様子で説明する。
「このクリスタルの中にはねぇ、
……でも、これが中々硬くてね、壊せないんだ」
「食べる……?それだけで不老不死になれるのか?」
「うん。僕はね。君も、僕と同じチート持ちなんでしょ?気配でわかるよ」
「……チート?」
「ムルト、あれじゃないか?ジャックが言っていた、大罪スキルや美徳スキルのように、驚異的な力を持った能力の」
聞き慣れない言葉に、一瞬思考が止まってしまったムルトだったが、ティングがそっと補足をしてくれた。
「ああ。俺は、憤怒と怠惰をこの身に宿している」
ムルトの言葉を聞いた途端、リクは爛々と目を輝かせて2人を見つめ、満面の笑みを浮かべている。
「傲慢があるならそれ以外も、って思ったけど、やっぱり!それに、こんなチート能力を1人で2つ持てるんだ……これが狙いじゃないんだったら見逃してあげようと思ったけど……やめよ」
リクの気配が、ただの子供から、ただならぬものへ変わっていくのがわかる。
「ロンド!」
リクが短くそう叫ぶと、呼応するようにロンドが迫ってくる。手には武器を握り、一直線にムルトの頭を狙っている。
「おっと、相手は私がしよう」
ティングが間に割って入り、そのままロンドを引連れ、壁を壊しながら隣の部屋へと移動していった。
ムルトならば、あれぐらいの攻撃、避けることも受け止めることもできたが、リクの言動から、彼が何らかの大罪スキルを持っていることは明らかだった。それならば、かつて大罪スキルに飲み込まれた自分ではなく、同じ大罪スキルを持つムルトが相手をした方が確実だと、ティングは判断した。
そして。
「お前は一度、私に敗れているからな」
「調子に……乗るなっ!」
玉座から離れていく2人を見送りながら、リクは溜息をつき、邪悪な顔で悪態をつく。
「はぁ……お前がここから離れてどうするんだよ。っと。僕は君を相手すればいいんだよね?」
「まぁ、そういうことになるな」
クリスタルの中に入っている人が美徳持ちであり、ロンドの弱みが彼女だということもムルトは理解できた。問題は、嬉々として臨戦態勢であるリク。
「君もわかっているだろうが、俺以外に2人の大罪持ちが来ている」
「今、正門にいる2人も……?僕はラッキーだなぁ。チートスキルでいっぱいだ……それに女の人は柔らかくて美味しいし……」
「……俺が滞在している国には、他の美徳達もいる。つまり、俺たちは共存できている」
「へぇ、君もチートをゲットするために殺しをしてるんだ?」
「違う。俺達は、手と手を取り合って生きていける。ということだ」
「なら、交渉は決裂だね」
目の前にいたはずのリクが瞬時に距離を縮め、ムルトの仮面を剥ぎとった。
「なんか細いな~って思ったら、スケルトンだったんだ」
「そうだ。俺は人間ではない。だが、それでも共存できる」
ムルトは、諦めずにリクを仲間にできないかと説得しようとするが、リクは聞く耳を持っていない。
リクは、軽い足取りで奪い取った仮面をムルトに手渡すと、笑顔で言った。
「僕は、僕以外信じない」
リクは一歩引き、両手を広げて笑った。
「さぁ!どこから攻撃してきていいよ。最初の一発は、打たせてあげることにしてるんだ。安心して?防御はするけど、反撃はしないから」
「どうしても、俺達は仲良くできないか?」
「ん?んーん、別に仲良くしてあげてもいいよ?君が、無差別な殺しを許してくれるならね」
「……そうか」
ムルトは、腰に提げた半月を鞘から引き抜くと、徐々にその姿を変えていった。全身の赤と青の斑模様は、燃え盛るような真紅に。抜き放ったはずの
「すまない」
短く謝罪したムルトは、身体超強化などの全ての攻撃スキルを発動し、リクの首めがけそれを一閃する。
鈍い音が広間に響くが、自分の予想とは違う結果になった様を見て、ムルトは驚いた。
「……やるな」
ムルトの放った渾身の一撃は、確かにリクの喉元を捉えている。だが、頭と胴は未だ繋がっており、不敵な笑みを浮かべるリクの首元には、異様なものが浮かび上がっている。
「ふふ、変鱗」
大きさだけでなく、種類も範囲も違う鱗が、びっしりとリクの首元に生えていた。その鱗はがっちりとムルトの斧を受け止めている。
「これで終わりでいいかな?」
そう呟いたリクは、既に拳を作っており、それを振りかぶっていた。
首元と同じく、様々な鱗が腕を覆っているのは当然、先ほどの細腕とは比べ物にならないほど、膨張し歪な拳。それがムルトへ叩き込まれる。
壁まで殴り飛ばさるムルトだったが、大戦斧で受け、身体を群青に染め防御力を上げていたおかげで、大きなダメージは負っていないようだ。
「それが君のチート?色が色々変わって面白いね」
リクの身体は歪に膨らみ、様々な種類の翼、鱗、到底人だったとは思えないほど、変貌していく。
「早く、僕の力にしたいなぁ……」
見た目とはかけ離れ過ぎている幼い声が、その不気味さをより一層惹きたてた。
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