セルシアンという男6/6

(俺の人生はこれでよかったのだろか……誰かを守るために誰かを傷つけてきた。

わかっているんだ。モンスターだって生きているのだと。人に害をなすものだけではないのだと。

モンスターにも家族が、守りたいものがあるんだ。俺はそれを奪ってきたし、奪われもした。奪われたのは弱い俺が悪かったのかもしれない。だが、奪うのは、俺が強いから当然のことなのか?いや、違う)


ムルトと戦い、命を失ったセルシアン。魂だけになってもゆらゆらと揺蕩う意識の中で、これまでのことを思い返していた。自分が冒険者になろうと思ったきっかけ。優しい両親や友達、同僚。今まで奪ってきた命。奪われてきた命。思い出しては答えを出しては考え、自分の生がよかったものだと納得したかった。



(いや、そんなこと、もう関係ないな。死んだんだから。あのスケルトンも、守りたいもののために命を懸けて戦ったんだ。女を守るために、友を救うために命を懸ける。かっこいいじゃねぇか)



自分がスケルトンに一刀両断される様を思い出しながら、セルシアンは自分の覚えている人生を全部思い返し終わった。そこで、あることに気づく。


(……それにしても、いつになったら転生やらなんやらするんだ?地獄に行くわけでも、天国に行くって感じでもねぇ)



セルシアンは、自分が今どのような状態なのかを思い出す。魂だけの存在。

魂だけがどこかを揺蕩っているのだ。手足などない、概念のような存在。

そんな状態のはずなのに。


(|体が《・・)浮いてる感覚……?)


それは徐々に明確になっていく。体だけではなく、足や腕。手を握る感覚までもが戻り始めているのだ。


(ははっ。俺もモンスターになるのかねぇ。あいつみたいなスケルトンか?デュラハンか?……なんでもいいか……)



セルシアンは次の生がどのようになるのかを楽しみにしつつも、徐々に戻る感覚に身を預けた。

すると、目の前が真っ暗になり、全ての感覚が戻ってきた。

触覚、感触、聴覚、視覚。そして、痛覚。


「あがっ!!うっがぁ!ぐううううあああぁぁっぁ!!」






「よしよし、魂戻しリターンは成功したようだな。気分はどうだ?」



「ぐううぅぅあっ!んっ!ぐ、う、うぅ……」



セルシアンの前には、複数体。いや、何全体という骸で形を成したような真っ黒なスケルトンが立っていた。そのスケルトンはセルシアンに何か聞いているようだが、セルシアンはそれどころではなかった。

鼻を切り裂くほどの悪臭、手足の感覚は何かが足りず、絶えず全身に走る激痛。その痛みは切り傷や打撲などの痛みではなく、絶え間なく体中を刃を持った何かが這いずり回っているかのようなものだった。


「あぁ、そうか。魂戻しのため蝕人食蟲パラサイト・イームで体を作ったのだった。それは辛いだろう」



黒いスケルトンはセルシアンの頭に手を置き、こう言った。


「だが、さらに上の痛みを感じれば、多少はなれるだろう。-感覚支配-」


「っ!!ああああああああああああああ!!!!」


黒いスケルトンの手から流れた魔力がセルシアンの全身を覆った。その瞬間、耐えきれないほどの痛みだったものが、さらに数段階も上がった。気を失えるのであれば、失ってしまいたいほどの苦しみを、セルシアンは味わわされた。


「どうだ?痛覚を千倍にしてみたが、少しは慣れたかね?」



黒いスケルトンが手を放すと、体から痛みが引いていく。それは痛みが弱くなったのではなく、先ほどとくらべればマシになったというだけで、激痛に見舞われているのは変わらない。

セルシアンはそんな激痛に苦しみながらも、声を絞り出した。


「っ!あぁ……ぅ!おまえぇ……はぁっ誰っ。だぁ……」


「ふはは!自分の主をお前呼ばわりとは!これは面白い」



よく周りを見てみれば、その黒いスケルトン以外にも様々な見たことのないようなアンデッドがいた。そのどれもがセルシアンに殺気を飛ばしたが、それは一瞬で変わった。殺意から、可哀そうな。というものに


「ぐあああああああああああああああああ!!!!!」



黒いスケルトンはセルシアンの頭にまた手を置き、名乗った。


「無礼は許してやろう。だが、次からは間違えるな。我が名はエルト。強欲にして、悪夢を見せる者だ」



この世のものとは思えない激痛に全身が、魂が悲鳴を上げながらも、セルシアンは、最恐である自分のご主人様の名を魂へと刻み込まれることとなった。





セルシアンがエルトに仕え始めてから一週間。地獄だった。

自分の体から発せられる悪臭が鼻を刺激し続け、嗅覚は機能しなくなってしまった。

日に日に腐り落ちていく自分の手足は、腐り落ちたそばから邪悪な形をした昆虫系モンスターが新しい住処として体に住み着き、感触や触覚は自分のものではなくなってしまった。

そして、エルトに呼び出された日から今までずっと続いていた激痛。エルトをお前呼ばわりしたせいで痛覚を何万倍なのか、何億倍なのかわからないが引き上げられ、当初の痛みにはほとんど慣れ、いつしか痛覚を失ってしまった。


だが、こんなものS1ランクだったセルシアンに耐えられないものではなかった。

本当の地獄は他の仲間とやる仕事だ。


「オイ!ソノコドモオヲツカマエロ!」


「いやだあああ!」



泣き叫ぶ子供を腕の鎌で優しく抱え、その首を刎ねた。


「……」



鮮血が舞い散り、小さな丸が地面へと落ちる。


今、セルシアンは仲間達とともに、村を襲い、触媒となる人間を捕まえていた。

物言わぬ人形として、セルシアンは働いている。

命令には逆らえず、体も言うことを聞いてはくれない。


(やめてくれ……もう、やめてくれ……)


そんな気持ちとは裏腹に、自分の体が勝手に村人たちを殺していく。

自分が命を懸けてまで助けてきたはずの人々を、自分の手で殺して回っているのだ。

悪いことをしたわけでもない、善良な村人たちを。

それが、セルシアンにとっては堪らなく辛かったのだ。





「お、お、お前、次の作戦に、お、お前を連れていく」


「……わかりました」



「骸蟲、セルシアン。い、いい名だなぁ。生前は冒険者だった、と、とか。う、うまそうだ」



エルトに忠誠を誓っている幹部の一人。ゴーグがセルシアンに言った。

次の仕事は村人たちや街の人を襲うのではなく、冒険者達を相手にするのだという。

覚悟を持って冒険者をしている者達。罪のない者を殺すことには変わらないが、女子供よりかは幾分マシだった。


そしてその仕事先は、、迷宮都市ラビリス。セルシアンはそこで旧友と出会い、死闘を始めることとなった。





「何がおかしい?セルシアン」


「はっ!お前らとまたこうやって戦えるのが嬉しくてな!」


互いに神経を削りながらも戦っている。ジュウベエ、ロンド、ティアを同時に相手しているにも関わらず、その戦いは拮抗していた。


(嫌なことを思い出しちまったぜ。いや、走馬燈だって考えれば……)


ロンドの影爪が頬をかすめ、ジュウベエの大剣を両手で受け止め、ティアのメイスを甲殻で耐える。


セルシアンの体が勝手に動いて戦っているのではなかった。セルシアンがそう動こうとして動いている。

手を抜いて殺される気はなかった。この最期の戦い、どちらが勝っても悔いを残さないように。仲間が自分を倒してくれると信じて。


「一人相手に苦戦しすぎなんじゃねぇのかぁ?!おらぁ!!もっと全力でこいよぉ!!」


翅を開きティアを吹き飛ばし、両手のレイピアをしならせ、けん制をする。


「言われなくとも、ここで終わらせる!いくぞジュウベエ!ティア!」


「おう!」


「わかった」


3人は体勢を立て直す。大技を放とうとしているようだった。


そんな3人を、セルシアンは崩れかけた頬を吊り上げながら見ている。


(あぁ。早く。早く俺をこんな地獄から助け出してくれ……ロンドさん、ジュウベエさん)


自分がまだルーキーだった頃、バリオに並んで歩んでいたのは、セルシアンが憧れていたのは。

そんな存在と命を賭して戦っている。最期の華を咲かせられることが、セルシアンは嬉しかった。


「俺を殺してみろやあああぁぁぁぁ!!!!」



自分を奮い立たせるために、2度目の死を受け入れる覚悟をするために。

セルシアンは雄たけびを上げた。

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