骸骨達の裏切り者
「ジュウベエ!!」
「おう!!」
ロンドの掛け声とともに、ジュウベエが駆けた。身体強化をし、大剣にも魔力をのせ、大きく振りかぶる。
「うおおおおお!!」
大きな雄叫びとともに、振り下ろされた大剣を、セルシアンは両手のレイピアで受け止める。
「そんな攻撃!簡単に防いじまうよ!」
呆れたような声をあげるセルシアンに、ジュウベエは笑って答えた。
「だろうな!だがこれでいい!だよなぁ!ロンド!」
「あぁ!よくやった!影縫!」
ロンドの影が伸び、セルシアンの影と同化する。
ロンドの影縫は、アンデッド族には通じないはずだった。だが、セルシアンは厳密にはアンデッドではなかった。自分の体に、自分の魂。あるモンスターによって生かされてはいるが、まだ死んではいなかった。
「ちっ!」
舌打ちをするセルシアンだが、心のどこかでは安心していた。だが、動きを封じたからといって、まだこれでセルシアンを倒せない。
「けど、これじゃあ俺を倒せないぜ!俺を倒すならっ」
「あぁ!わかってる!ティア!」
「ん。
ティアが魔法を発動させる。ティアの振ったメイスから、そよ風が吹く。それはそよ風というにはあまりに凶悪すぎた。その風がセルシアンの体に触れると、体の端から凍らせていく。
ジュウベエは自分も巻き込まれる前に、距離をあけている。
「やるじゃねぇか……」
ティアの放った魔法は、ただ体を凍らせるのではない。体の芯をも凍らせていたのだ。その部分は次々に壊死していった。
セルシアンを倒すには、セルシアンの体に巣食っている寄生蟲を倒すしかない。そうすれば、寄生されているセルシアンも死ぬ。
「まずは寄生蟲の居場所を見つけるんだ!」
「わかっている!」
セルシアンの体は、足元から徐々に凍っていく。ロンド、ジュウベエ、ティアの作戦はここまでは成功している。足元から氷漬けにし、体の上へ上へと逃げていく寄生蟲を追い詰めていくのだ。
「こな、くそぉぉぉ!!」
セルシアンは、両腕を動かそうと躍起になる。が、その両腕はジュウベエとロンドによって、即座に切り落とされる。動けない相手の腕を落とすなど、2人にとっては簡単すぎた。
(あぁ。それでいい……)
セルシアンの腕を切り落とした2人の横顔は、どこか辛そうなものがあったが、両腕を落とすことで、寄生蟲の行ける範囲が狭まり、倒しやすくなる。
そしてセルシアンは、なんとか仲間たちの手助けをと、自分が何をできるかを考えた。そしてそれを思いついた。セルシアンは思い出す。自分が失った感覚を。
「っ!ぐうぅ……あぁっぐ!!ロンドォ……ジュウベエッ!!エェ……」
「っ!どうした!セルシアン!」
「お前らのぉぉぉ。最大の攻撃をぉぉぉ……俺が合図したらぁぁ!!放てぇっ!!」
既に醜くなった顔を苦痛に歪めながら、セルシアンは信じる2人に声をかけた。
「あぁ……わかった。ジュウベエ」
「おう」
「さんきゅう……」
ロンドとジュウベエは魔力を練り、自分の出せる最大の攻撃をセルシアンへと叩きこもうとしている。
セルシアンの思い出したもの。それは、痛みだった。
いつしか忘れていた。忘れていたかった感覚を、セルシアンは友のために思いだした。
足元から氷漬けになるほどに、足元から逃げようと、痛みが体の中を駆け巡る。
ふくらはぎから太ももへ。太ももから、股間を通って右腹へ。
幸いにも、痛みが通った端から氷漬けになっていくので、痛みはすぐに引いていた。
セルシアンの体は、胸から下はすでに氷漬けだ。セルシアンの首元で、何かが蠢いているのがわかるほどに皮膚が伸び縮みしていたが、ロンドとジュウベエは静かにセルシアンの合図を待っている。
「いくぞ、お前ら」
セルシアンが息を呑む。ロンドとジュウベエは、息を止める。
合図を出すために呑んだ息を蹂躙するかのように、首元で蠢いていたそれは喉を伝い、顔を変形させた。
「ギギョギョイイイイイ」
「イまぁ……ダぁ……」
セルシアンの目玉を押し出しながら、赤子の腕はあるかと思うほどの奇形の蟲が姿を現した。
セルシアンの口から、空気が抜けるように。弱々しく発された合図を、2人は重く受け取った。
「
「紅鬼羅刹!!」
2人の繰り出した攻撃は、寄生蟲が飛び出ている、セルシアンの顔右半分を、寄生蟲ごと吹き飛ばした。
せめて、少しだけでもセルシアンの遺体を残したくて。
(……ありがとうよ)
崩れていくセルシアンの体を前に、ロンドは小さく言葉を漏らした。
「俺たちの、勝ちだ。セルシアン」
(あぁ。
セルシアンの意識は、今度こそ二度と覚めることはない。
★
「クソがぁ!!あの蟲ケラがぁ……!!」
崩れていく手下を見て、ゴーグは悪態をつく。
「よそ見をしていていいのか!」
ムルトは剣をふるい、ゴーグはそれを見ることもなくさばいていた。
「俺とお前の力量はもうわかってるだろうが」
「……ふん!」
ムルトはそれでも攻撃を続ける。
ゴーグの相手をするムルトは、身体強化、剣に魔力をのせたり、憤怒や怠惰の魔力も使っている。
それに比べて、ゴーグはなにもしていない。身体強化はおろか、武器に魔力をのせているわけでもない。
体から出る黒い煙を武器の形にし、ムルトの攻撃を簡単にさばいていく。
ムルトの精一杯の自己強化は、それにやっと追いついているくらいだ。
「お?」
ゴーグは声を漏らした。ムルトはそんなことお構いなしに攻撃を続ける。自分がよそ見できるほど余裕がないことをわかっているからだ。
「はっはっは!見ろ!あいつ、聖龍の雫を持って逃げていったぞ!!」
「ロンドオオオォォォォォ!!!」
ミナミの声が、響き渡っていた。
★
「ふぅ。辛い、戦いだったな」
「……」
そう呟くジュウベエに、ロンドは何も返さない。
目の前でバラバラになった仲間の死体を見て、ロンドは黙っていた。
そこへ、ロンドたちが助けた形なっている冒険者と、実況が近づいてくる。
「ありがとうございました!」
礼を述べた。ちなみに、冒険者パーティたちが苦労して相手していたスケルトンたちは、ジュウベエとティアが全て倒した。あとは弱いスケルトンたちを冒険者パーティが処理している。
「それで、何の用だ」
「はい……単刀直入に言います。この聖龍の雫を、敗者部屋にいるブラド選手とミチタカ選手に飲ませてほしいのです」
「なに?」
実況は、優勝賞品である聖龍の雫を、負傷したブラドやミチタカに飲ませてほしいといったのだ。そうすれば傷は癒え、魔力も回復し、戦力が増える。今は一刻を争う事態。優勝賞品を消費してでも、危機を脱することが優先なのだ。と。
「優勝賞品を、優勝してもいないものに使うと。救える命を救うと。そういうことか?」
「はい!優勝賞品といえども、命には代えられません」
「……あぁ。そうだな」
ロンドはそう答えると、聖龍の雫が入ったビンを受け取った。
「命には代えられない。母さんの命は、何より大事だから」
ロンドは、黒い翼を広げた。影で作ったのではない、吸血鬼族がもともと持っている蝙蝠のような翼を広げたのだ。
向かう先は敗者部屋ではなく、天井に空いた大きな穴。
「ロンド選手!?」
「謝りはしない。恨んでくれて構わない。健闘を祈る」
事態に気づいたミナミが、ロンドを見る。
「ロンド!!」
聖龍の雫は、ミナミも喉から手が出るほどに手に入れたいものだ。理由はジャックの腕が直るかもしれないからだ。よそ見をしてしまい、ゴーパの攻撃を間一髪で避ける。
「ミナミ。恨むのなら俺だけを恨め」
悔しそうな顔でそう言いながらも、止まりはしない。
「それでいいのですか!あなたは犯罪者に!追われる人になりますよ!!」
「それで構わない。それでも、成し遂げたいことが、俺にはある」
ミナミを見下ろすロンドは悲しそうだった。仲間のために戦っていたロンドが、仲間を裏切るほどに成し遂げたいこと、それが何なのかミナミにはわからない。
「それでは、また会おう。また会うことがあれば、俺は抵抗することなくこの首を差し出す」
振り返ることなく、天井に空いた穴からロンドは飛び去って行った。
「ロンドオオオォォォォ!!!」
ミナミの悲しげな絶叫が、騒々しい戦場へ木霊した。
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