ジュウベエVSムルト3/3

ムルトの仮面からは角と触手が生えており、本来口のある部分には、ギザギザとした黒い牙が文様のように浮かび上がっている。


風ではためくローブの隙間からは、赤や青、黒にクリームといった骨が見え隠れしている。


「異色っていうよりかは、混色・・だなぁ?」


「あぁ……そうかもしれないなっ!」


ムルトが飛んだ。一歩でステージの地面が爆ぜたように抉れ、ジュウベエへと肉薄する。

ムルトは空中で半月を構え、突きを放とうとしている。


「おぉらよっ!!」


ジュウベエはその動きを目で追えていた。

走り寄ってくると思っていた手前、ムルトが立っていたところからひとっ飛びで眼前まで迫ってくるとは思っていなかったが、それに対応することができたのも、ジュウベエの戦闘の勘というものである。


ジュウベエは飛んでくるムルトを大剣で薙ぎ払おうと、大剣を一閃させる。


が、その大剣がムルトを斬り伏せることはなかった。


「おいおい、マジかよ」


ジュウベエは素直に驚いた。敵は空中、踏ん張る地面もないのに、なぜ目の前のスケルトンは大剣を腕で受け止め、今も自分の前にいるのか。


ムルトはジュウベエの大剣を腕で受け止めていた。その腕は真っ青。青、というよりかは青黒い、というべきか。

防御力を上げる怠惰の魔力を腕に集中させ、そこへ増幅の暗黒の魔力を足している。

それだけでジュウベエの大剣を受けるほどの防御力は補えるが、なぜ踏ん張りのきかない空中で、吹き飛ばされもせず耐えているのか。

その秘密はムルトの肩にあった。

ムルトの肩は真っ赤に染まっている。

血などではなく、憤怒と暗黒の魔力。やはり純粋な赤ではなく、赤黒い。


攻撃力をあげる憤怒の魔力を肩に纏うことで、勢いよく腕を大剣に当て、怠惰の魔力でそれを耐える。

ジュウベエの大剣の破壊力と勢いを、同じ破壊力と勢いで相殺したのだ。


ムルトは空中でジュウベエの攻撃を受け止めながら、右手に持った半月を握りしめ、放った。


「死ねぇ!!」


「っ!がぁっ!」


確実にジュウベエを殺すため、ムルトの剣はジュウベエの喉元めがけて放たれたが、ジュウベエは上体を無理に反らせ、それを回避しようとしたが、勢いよく繰り出した大剣が体の動きを阻害し、上手くいかなかった。


急所への攻撃は回避したものの、ジュウベエの二の腕に半月が深々と突き刺さった。


(このままではいかんっ!)


ジュウベエは大剣を握っていた両手を離し、不恰好ではあるが転がるように後ろへ倒れこみ、体勢を立て直す。

深々と突き刺さった半月は、後ろへ転がった時に、左腕を綺麗に裂きながら抜けていった。


「一気に強くなったものだな」


力なく垂れる左腕を気にしつつ、ジュウベエはムルトへ言葉を投げかけた。


ムルトは着地し、半月についた血を振って落としながら答える。


「それだけデメリットもあるがな……勝負はすぐにつけさせてもらう」


ムルトは半月を地面に突き刺し、駆ける。

先ほどのように地面を抉ってはいなかった。


「なぁジュウベエ、矛と盾、この世ではどちらがより優れていると思う?」


目にも留まらぬほどの拳を繰り出すムルト。

ジュウベエはそれを必死に捌きながら答えた。


「そりゃ矛だろう。なっ!」


ジュウベエは隙をつき、ムルトの腹部を蹴り上げるが、ダメージを与えるどころか、よろめかせることすらもできなかった。


「んなっ」


それに驚きつつ、片足を上げてしまったジュウベエは無防備になったと言えるだろう。

ムルトの拳が、傷口を広げるようにジュウベエの左腕に捻り込まれる。


「うぐぁっ……!」


ジュウベエが悲痛の声を上げながら後退る。

ジュウベエは追撃されると思い身構えるが、それはなかった。

ムルトは追撃の代わりに、先ほどのジュウベエの答えを否定する。


「違う。正解は盾だ。壊れることの、貫かれることのない強固な盾は矛にも勝る。いい勉強になっただろう?」


ムルトがそう言いながら拳を見せる。その拳は先ほどジュウベエの大剣を防いだ腕のように青黒く染まっている。


「ふはは……モンスターらしくなっちまって」


「……モンスター、だからな」


ローブの隙間から見え隠れするムルトの体は、さっきとは違い黒の面積が増えつつあった。それは増幅の暗黒の魔力ではなく、純粋な悪のように見える。


「さぁ、時間がないすぐに終わらせよう」


「だろうな……全力でいくぞ」


「そうしてくれ」


大剣と左腕は使えず、ダメージも負っている。ジュウベエは次のぶつかり合いが最後の戦いになると思っている。


ムルトもそれは同様で、この状態で長く戦うことはできないのだ。


ムルトのこの姿は無理をしすぎている。

元々コントロールのしにくい大罪の魔力を同時に使い、それを暗黒の魔力で効力を増幅させている。

使えば使うほど体を、心を蝕む大罪を、暗黒の魔力で無理矢理に引き出しているのだ。

魔力効率は悪く、元々の魔力を全て注いで憤怒と怠惰に変えている。


この試合が終わった後、魔力の回復もしにくいだろう。


「油断せずにいかせてもらうぞ」


「本気でこなきゃ負けるぜ?」


2人はそう言うと、同時に走り始める。


ムルトは下から突き上げるように拳を繰り出し、ジュウベエはそれを上から叩き潰すように拳を繰り出した。

2人の拳がぶつかり合う。拳と拳が重なったとは思えないような鈍い音が聞こえる。


果実の潰れたような音が聞こえた。


ジュウベエの右肘から骨が突き出てしまったようだ。

ムルトはそのまま拳を振り抜く。


ジュウベエの右腕が力なく持ち上がり、バンザイのような状態になってしまう。


「こ、な、く、そおぉぉぉぉお!!!」


ジュウベエは諦めなかった。


既に使い物にならなくなっていた左腕を、力一杯振り回す。


「がはっ……」


その瞬間、ジュウベエが口から血を吐いた。

振り回そうとしていた左腕は、ジュウベエの腹のあたりに、半月で固定されていた。


「油断はしないと言ったはずだ」


そう言うムルトの後ろには、剣を放り投げたと思われるスケルトンが一体立っていた。

残り少ない魔力で無理矢理に召喚した最後の一体。


「卑怯だとは」


「言わねぇ、よ」


「……見事だった」


ムルトはジュウベエの左腕と腹に刺さった半月を掴み、勢いよく上へと斬り上げた。


喉元まで半月が通過したところでジュウベエの姿は消え去り、剣を高々と掲げるムルトだけが残った。


蝕むようにムルトを包んでいた魔力は霧散し、限界を超えていたムルトも、魔力が霧散したと同時にステージ上へ倒れ込んだ。


数秒の沈黙が流れた中、勝敗が決着したと思われた瞬間に、爆発したかのように歓声が鳴り響いたが、意識を手放してしまったムルトに、その声は届かなかった。

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