骸骨は控え室

「ハルカ……」


タナトスに体を真っ二つにされ、ステージ上から消えていくハルカを見つめるムルト。

その体は、ほんのりと赤く染まっており、拳を無意識に握りしめ、震わせていた。


「いかん……」


ムルトは、自分の体から零れてしまっている憤怒の魔力に気づき、慌てて霧散させる。

ムルトは、ハルカがタナトスにやられる瞬間を見て、心のどこかで、怒りを覚えていたようだ。


「結果はどうあれ、2人とも見事な戦いぶりだったな」


力と力のぶつかり合い。

それが喧嘩祭りの醍醐味である。ハルカとティアは互いの力を出し惜しみもせずに戦った。ティアが最後に使った信仰の固有魔法とも言えるものは、ムルトやティング、ロンドやミチタカなど、ある程度の強さを持つ者が見れば、ティアが使える最後の切り札だということがわかる。

自分の切り札を大衆が見ている中で使うということがどういうことかなのかは、本人が、戦いに身を置く者達が一番よくわかっている。


ムルトが2人の健闘を心の中で讃えていると、ノックの音が部屋に響く。


「入って大丈夫だ」


ムルトは仮面を被り、そう言った。

部屋の扉が開き、ハルカがよろよろと部屋に入ってきた。


「ムルト様ぁ……」


今にも泣きそうなハルカがぷるぷると震えながらムルトに抱きついてきた。


「負けてしまいましたぁ〜!」


涙を流しながらムルトに謝る。ムルトはそんなハルカを優しく抱きしめながら、頭を撫でながら言った。


「俺に謝ることはない。2人の戦いを見ていたが、素晴らしかったぞ。体に傷などは残っていないか?」


「はい。すごいですね、この指輪。外傷や服などを治してしまうのです。でも……」


「魔力や、体内から出てしまったものは戻らない。か」


「はい」


予選の時にも話があったように、ステージ内で戦う者がしている指輪。

これはステージ内で戦う者達が死なないようにするためのものである。致死ダメージをおってもステージから除外されるだけで、命を落とすことはないが、試合中に傷口から出た血や、使った魔力や体力などは元に戻らない。


「ゆっくり休め」


「はい。そうしますね」


ハルカはそう言って、ムルトへと完全に体を預けた。


(自分の控え室で休んでほしいかったのだが……ハルカが良いなら良いだろう)


ムルトはなすがままにハルカの体を支え、頭を撫でたりしてやる。


「第2回戦はミチタカとブラドだったな。俺たちにとって実りのある戦いになるだろう」


「はい。必見ですね」


ムルトは食い入るようにモニターを見ているが、一向に第2試合が始まる様子はなかった。それが数分続いた後、スタッフが実況者の何やら耳打ちをした後、アナウンスが会場に響く。


『え〜。第2回戦を楽しみにしていていただいてる皆様には申し訳ありませんが、今入った情報によると、第2回戦に出場予定のブラド選手が控え室で睡眠をとっているようで、私共スタッフがいくら起こそうとしても目を覚まさない様子です。現状、第2回戦はすぐに始めることができません。不戦勝ということも協議したのですが、予選を勝ち抜き、控え室にもいるということで、対戦相手であるミチタカ選手に了承をもらいに行っていただいております。今しばらくお待ちくださいますようお願い申し上げます』


モニター越しにブーイングなども聞こえてくる。


「爆睡でもしているのだろうな。強者故の特権とでも言うべきか」


「ブラドさんは恐ろしいほどの強さを持っていますからね。予選では手加減ですらあの強さですし」


「ハルカは実際に対峙していたからな。ブラドの強さを肌で感じただろう」


「はい。あの迫力と威圧感……完全に自分の力を自覚しコントロールしきっている感じです。そして……恐らく人間ではないでしょう」


「俺と同じモンスターか、ハルカと同じ魔人か」


「それかもっと上の……」


ブラドの正体について、本戦へ出場している者達は薄々勘付いてはいる。獣人やエルフ、候補は色々あるが、ブラドは確実に人間ではない。と、それ故に、戦うのが楽しみだと。


ムルトとハルカがブラドの正体を考えながら、第2回戦を今か今かと待っていると、またもや部屋へノックの音が転がってきた。


「入って大丈夫だ」


その声を聞いた後、ゆっくりと扉が開かれた。





ノックを繰り返すが、部屋から返事は返ってこない。


「ミチタカ選手!失礼します!」


スタッフは自分から声をかけ、部屋のドアを開けた。


部屋の中に入ると、ミチタカは部屋の真ん中、モニターの前で座禅を組んでいた。


「ミチタカ選手……?」


スタッフは恐る恐る部屋の中へ入り、ミチタカに声をかけるが、ミチタカは気づいていないのか、スタッフの声に反応することはなかった。


「邪魔するぞ」


そこへロンドとジュウベエが顔を出す。


「ロンド様とジュウベエ様」


「ミチタカは集中している最中か。お前は何をしに?」


ロンドは少々高圧的にスタッフに声をかけてしまう。スタッフはロンドとジュウベエに萎縮しながらも、自分がここへ何をしにきたかを説明した。


「ご覧になったかはわかりませんが、第2回戦のブラド選手が睡眠中でして……とりあえず不戦勝は避けたいとのことで、第2回戦は延期、その旨をミチタカ選手に了承してもらおうと思ったのですが……」


「なるほど。ふむ」


ロンドはスタッフのその答えを聞き、腕を組んでミチタカを見た。


すると、先ほどまで一切の反応を示さなかったミチタカが、水が流れるような無駄のない動きをしながら目で追えないほどのスピードで、ロンドへ肉薄し、その胸に掌底を放つ寸前で、動きを止めた。


「なんじゃ、ロンドの坊ちゃんか。ワシになんのようじゃ?」


「集中するのもいいが、来客の時は少し緩めてもいいんじゃないのか?」


「ははは、悪いのぉ。じゃが殺気をあてるなど、もっと他の手はなかったのかのぉ」


「これが1番早いだろう。話があるのは俺じゃない」


「ほお?ということは……」


ロンドとミチタカを見ていたスタッフは、あまりの迫力に驚いていたようだが、すぐに自分が何の用でここに来たのかを話し始める。


「なるほど、ワシとブラドの試合は延期にしたい。じゃがワシが不戦勝を選べばそれも不可能ではない。と」


「はい。私共としても不戦勝は避けたいところではありますが、やはりそこは当人同士の話ではあるので……」


「はっはっは。そうじゃなぁ……ブラドという男、得体は知れないが戦ってはみたいからのぉ」


「ということは……!」


「延期で構わんよ」


「話は纏まったようだな。それでは俺たちは部屋に戻る」


ロンドとジュウベエが部屋に戻ろうとしたが、スタッフがそれを止めた。


「第2回戦の延期に伴って、お2人にもお話があります」





観客の喧騒が響く中、アナウンスが鳴る。


『続報です。第2回戦、ミチタカ選手VSブラド選手の試合ですが、ミチタカ選手から了承を得られたため、延期したいと思います!』


観客席から野次などが飛んでいるが、実況席は平然としながら続いて情報を出した。


『そのため、第3回戦の出場予定のメルト選手とジュウベエ選手にもお話をし、試合の時間を繰り上げることとなりました。変則的ではありますか、メルト選手とジュウベエ選手は2回戦に、ロンド選手とティング選手は3回戦で行うこととなりました。慌ただしいことにはなっておりませんが、滞りなく本戦1日目を終わらせられるよう、努めていきますので、よろしくお願いします』


モニターからはそんな話が聞こえてきていた。ムルトは装備を整え、控え室を後にしようとしていた。


「それではハルカ、いってくる」


「はい。応援しています。ムルト様」


「ハルカの期待に応えられるよう、精一杯やってくるさ」


ムルトはローブをはためかせながら部屋を後にし、スタッフへ案内される。


喧嘩祭り第2回戦

ムルトVSジュウベエ


少し早いがその戦いは始まろうとしていた。


(遅かれ早かれあたることにはなっていたのだ。特に問題はない)


ムルトは月光剣ー半月ーの感触を確かめながら、ステージへ続く扉を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る