骸骨と眠る悪夢
「おぉ、ジル、ちょうど会いたかったんだ」
「ほっほっほ。それは嬉しいのぉ。話はミカイルから聞いた。近々この国を断つのだとか」
「あぁ。む、その話をする前に家に入ろう」
「いや、それには及ばん。ムルトくん、ちょいと付き合ってくれんかの?」
「む?構わないが。ハルカ」
「はい」
俺はハルカに出かける支度をするよう声をかけたが、ジルがそれを制止する。
「いや、すまないがムルトくん、2人きりで話せないかの?ハルカちゃんの護衛にはミカイルとバルギークをつけるのでな」
よく見ると、ジルから離れたところに、バルギークとミカイルが立っている。
その顔は真剣そのもの。俺がジルに何か不敬を働けば、すぐに殺されてしまうのではないかと思うほどだ。
「む?2人きりで話すのは構わない。ハルカもそれでいいか?」
「ムルト様がそれでよろしければ私は構いません」
「良いか。ハルカちゃん、すまないのぉ。ムルトくんを借りていく」
「はい。よろしくお願いします」
「ジル……月光剣だけは持っていっても良いだろうか」
ジルは剣呑な空気など一切見せず、笑いながら言った
「ほっほっほ、短剣も持ったままで構わんよ。良いな?バルギーク、ミカイル」
「「構いません」」
2人とも息を合わせ返事をする
「それでは行こうか。皆の者、任せたぞ」
「「「「お任せください」」」」
仰々しくも見えるほどに礼をする。膝をつき、頭を垂れる。まるで正式な謁見をしているかのように
ジルは杖でコツコツと地面を叩き、いつかのように宙を舞う魔法を発動させる。
段々と家が、地面が、ハルカたちが小さくなっていく。
「明日には行ってしまうのか」
「そうだな。こうしてジルとも話せた。やり残したことは特にないだろう」
「クルシュやハックとは話さなくてよいのか?」
「もちろんそれはある」
「ならば、もう少し滞在してもよいものではないのかのぉ?」
ジルは自分のヒゲを撫でながらそう言う。気づけば、いつの間にか世界樹が目の前にあるほど近づいていた。なぜ世界樹に向かっているのかは謎だが、話を続けた
「優しさに甘えたくはないのだ」
「……ムルトくんは今まで苦労してきたのじゃ。少しくらい甘えてもバチは当たらんと思うがの」
「苦労など俺だけがしているわけじゃない。それはハイエルフであるジルもそうだろう。ハイエルフの国を出たのも、この国をまとめるのも、苦労しないわけがなかったのだろう?」
「それも、そうかものぉ……」
遠くを見つめ、ジルは懐かしそうにそう言った。
俺たちはいつの間にか世界樹の枝や葉を抜け、エルフの国の外の森を見渡せるほどの高さまで来ていた。
森や国すらも寝静まっており、月がそれを優しく照らしている。俺とジルは静かにその景観を眺めていた。
「……ジル、俺たちをこの国に招いてくれたこと、歓迎してくれたこと、感謝する」
「紹介状もあったからのぉ。国を助けてももらった。当然のことじゃ」
「この胃袋も、感謝する」
俺はローブを開き、今装着している胃袋を見せた
「おぉ。ミカイルかフロバから話は聞いておるかもしれないが、それはかつて儂が倒したモンスターの素材を使っておる」
「あぁ。聞かせてもらった」
「きっとムルトくんの助けになるじゃろう」
「本当に、感謝する」
そんな話をしていると、ジルが魔法を解き、葉の上に降り立った。
そこは、世界樹の天辺。
雲にも手が届きそうなほどのところに、俺たちは今いる。
「……良いな」
「じゃろう?儂の、エルフ達の自慢の場所じゃよ」
月がこんなに近いのは、俺が生きてきた中でも初めてなのではないか。ついつい手を伸ばしてしまう
「ほっほっほ。気に入ってもらえて何よりじゃ」
朗らかに笑いながら、ジルは俺を見ていた。
なぜだかわからないが俺は恥ずかしく、すぐに手を引っ込めてしまう
「……ムルトくん、この景色を見てどう思う」
唐突に、ジルはそんなことを言った。
俺は世界樹が覆う森を、そして遠くに見える景色を見渡しながら言った
「美しい」
一言。その一言に尽きる。
「そうじゃなぁ。儂もそう思う。じゃが、その美しさが少しずつ失われていってるのじゃ」
「それはどういう」
「これは世界樹の話なのじゃがな。世界樹は、儂達エルフの魔力を少しずつ吸いながら成長し、その力を儂らに分けている。儂らが主に使う魔法は、精霊魔法。そして精霊は世界樹に集ってくるのじゃ」
「互いに支え合っているということか」
「そうじゃ。じゃが、そういったことをしているのは儂達や世界樹だけではないようじゃ。今、この世界に暗い何かが漂っている」
「暗い何かとは?」
「漆黒の悪夢、じゃろうな」
「漆黒の悪夢……」
「ムルトくんは漆黒の悪夢を見たことがあるんじゃろ?」
「あぁ」
「儂も見たことが、戦ったことがある。それはもう、凄惨で、残酷だった」
「……」
「敵を殺し、味方にし、死んだ味方をさらに混ぜる。儂も戦いに加わり、死闘の末、勇者が倒したが……それに似た魔力が、漂っている」
ジルは静かな景色を一望し、重い口を、信じたくはないことを口から出したようだ
「漆黒の悪夢は復活を果たしているじゃろう。そして世界樹のように、力を吸収している。世界樹が儂らの魔力を吸うように、不満や怒り、憎しみを吸っているように感じる」
「そうなのか」
「恐らく、な」
ジルは俺に向き直る。
「大罪のスキルを持つムルトくんにも、決して関係のない話ではないだろう」
「あぁ。漆黒の悪夢。エルトは強欲と暴食の罪を持っている」
「避けては通れない道だろう。罪は惹かれ合う。再び1つになるためにの」
俺は微かに笑いながら、ジルに言い切る
「避けるつもりなどはない」
「ん?」
「人を傷つけ、命を弄ぶやつだ。避けて通るつもりなどない。必ず俺が止める。同じ不死族として、同じ罪を持つモンスターとして、な」
「ふむ……そうか。ムルトくん、月光剣を抜いてくれ」
「む?構わないが」
俺は月光剣を抜き放ち、月に掲げる
「ここに差し込んでくれ」
コツコツとジルが杖でその箇所を指すが、俺は驚き、つい大きな声を出してしまった。
「な!世界樹の天辺に月光剣をさすのか?これはお前らエルフにとっての宝のようなものだろう!」
「ほっほっほ。皆が知れば怒るものもおるじゃろう」
笑いながらジルは、真剣な眼差しで俺に言った
「じゃからこその2人きりじゃ。そしてこのことを知っているのは儂の他にハックとクルシュ。そしてミカイルだけじゃ。そして、この力は、必ずムルトくんの助けになる」
「……だ、だが。しかし」
「ほら、早くするのじゃ。必ず必要になる力じゃ」
「……わかった」
俺は、月光剣ー半月ーを世界樹の天辺へと差し込む。半月の柄をジルが杖の頭で撫で、呪文のようなものを唱える
『我らが力を、精霊達の力を捧げ実り、我ら生きる全ての者の営みを見守ってくれた世界樹よ。彼の者にもその力を分け与えてくれたまえ』
半月の青く透き通った美しい刀身が淡く緑色に光る。
「これは……」
徐々にその光は強くなり、やがて収束する。
微かに緑色が刀身に足されている気がするが、それも少しだけだ
「必ず、必ず助けになる」
「……ジルに、エルフ達に、そして世界樹や精霊達に、最大の心からの感謝を」
「よいよい」
優しく笑うジルは、改めて俺に向き直り、片手を差し出した。
「助けになるのは、その力だけではない。いざという時は、儂らエルフがムルトくん。君を助けよう」
「こちらから頼む。俺も必ずエルフの助けになる」
月明かりの下、1人の老ハイエルフと1体のスケルトンが固く握手を交わした。
俺が繋げた輪は、どんどんと大きくなる
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