骸骨を人違い
俺はその問いにどう答えればよいかわからず、押し黙ってしまう。
イレーナは感極まっている様子で、口元に手を当て目を潤ませている。
ミカイルのも驚いているのか、彼女を見て驚いている様子だ。
「やっぱり、フォルなのね。顔を見せてちょうだい」
イレーナはゆっくりと俺の仮面に手を伸ばす。こんな街中で仮面を取るわけにもいかず、身を引こうとした瞬間
「いくらイレーナさんでも、これ以上は陛下への無礼と心得てください」
ミカイルがイレーナの手首を固く掴み、右手には轟音を立てながら吹き荒れている小さな嵐が出来上がっている。
イレーナはそれに驚き、ミカイルを見て、俺を見た。胸元のブローチに気づき、その手を引っ込める。
「ごめんなさい。でも、また会えて嬉しくて……ごめんなさい。フォル、ミカイル」
「イレーナ、私はフォルではない。人違いだ」
「え?でもあなたのその魔力は」
「イレーナさん、ムルトさん」
ミカイルから待ったがかかる。
ミカイルは周りを見渡しながら俺たちに移動を促す。
「どこか落ち着いた場所でお話になりませんか?時間はまだありますし」
辺りを見ると、皆がこちらを見ていた。
見られているのはイレーナとミカイル、そしてブローチをつけている俺だ。
イレーナとミカイルは国民にも有名らしく、憧れの目が多い
「そうだな、移動しよう。フォルという人物について聞きたいこともあるしな」
★
その後、ミカイルの知っている食事処に案内してもらった。木の根の中にあるその店は、景観を損なわないよう壁などはそのままにし、照明も明るすぎず暗すぎずを調整されているようだ。高級感が漂っていた。
ミカイルが店に入るなり店員が驚き、後ろへと引っ込んでいき、違う人物が出てきた。
ミカイルが二、三言交わし、木の板を見せていた。
「お客様方、こちらへどうぞ」
案内されたのは、完全な個室、ミカイルが消音魔法を使いながら言った
「お食事はとられますか?」
「私はいいわ」
「……食べたいな」
「私はどちらでも構いません」
「わかりました。それではフルコースをムルトさんとハルカさんの分注文しますね」
「感謝する」
ミカイルは先ほどの男を呼び、注文をする。
この店の代金も国から出せるようで、ミカイルは金貨5枚を支払っていた。
「さて、それでは料理が来る前にお互いの紹介をしますね。こちらイレーナさん、バルギークの上官で、その腕は確か。この国で5本の指に入るほどの実力を持っています」
「遠い昔の話だ。恥ずかしい」
紹介をされ、照れながらイレーナは言った。
「バルギークよりも強いのにやめてしまったのか?」
「旅に出たので、役職をバルギークへと譲りました」
「なるほど」
「旅というのも、その、フォルについていったのです。ムルト、さん?先ほどは失礼しました」
「いや、気にするな、間違いは誰にでもある」
「はい。それでは次にムルトさんの紹介をしますね」
少し暗い雰囲気になってしまった場をミカイルが元に戻す。
「こちら、ムルトさんとハルカさんです。紹介状を持っており、陛下とも謁見し、正式に認められこの国に滞在しています。ムルトさんは先日の騒ぎになったモンスターを見事討伐。その功績を称えられ、最重要客人としての待遇を認められています」
そんな紹介をされ、俺もイレーナ同様照れてしまう。
「攻撃が一切通じなかったというモンスターですか?」
「はい。私とバルギークでさえ手を焼いたモンスターをムルトさんは武器を使わずに倒しました」
「ミカイルさんとバルギークの2人で歯がたたないモンスターをムルトさんが……すごいですね」
「そこまで言われると恥ずかしいが、確かにあれは私以外に相手のできないモノだった。私以外でも戦えるのであれば大変なものではなかったはずだ」
「それでもすごいですよ。あのスピードをいなして躱す姿は惚れ惚れしました」
「はい!ムルト様すっごくかっこよかったですよ」
「あ、あぁ。ありがとう」
談笑が続き、ちょうど料理が運ばれてくる。
ハルカはその食事を少しずつ食べ、俺は未だ手をつけていない。その様子を見たイレーナが不思議に思ったようで
「食べないのですか?」
「あ、あぁ」
ミカイルは黙っている。俺に任せる。ということだろう。
ミカイルが認めるほどの人物、他の誰も見ることはできなく、おまけに消音魔法が施された個室、俺は意を決して口を開く
「イレーナは今から見るものを口外しないと誓えるか?」
「……はい。誓いましょう」
俺の声色に何が起こるか予想したのだろう、イレーナは佇まいを直し、真っ直ぐに俺を見る
俺も仮面の留め具を外し、ゆっくりと仮面を外した。
骸骨の顔を見たイレーナが息を呑む音が聞こえる。だが、その目は驚きというより、喜び
「やっぱり……アンデッドとして復活はできるのですね」
「何のことだ?」
「ムルトさんと間違えてしまったフォルのことです。フォルは死ぬのを怖がっていました。人としての寿命には逆らえず、老衰し死ぬはずでした」
「待て、その前に聞きたいことがある。フォルという名には覚えがある。これを見てくれ」
俺が取り出したのは、絶景を探す際に世話になっている本『フォルの大冒険』だ。
「これは、懐かしいですね。私の言っているフォルは、この本の主人公で間違いありません」
「おぉ!まさか、このページの新しい仲間というのはイレーナのことか?」
「はい。23話、世界樹の水やりですね」
「おぉ。この本には世話になっていてな、旅の行き先を決めたりしているのだ」
「懐かしいです……この本はこの世に5冊しかないんですよ。それを持っているだなんて、どなたにもらったんですか?」
「古本屋に売っていたぞ」
「そう、ですか」
悲しそうに目を伏せ涙を浮かべているようだ。
「イレーナはこのフォルという人物を知っているようだが、フォルと私を間違えてしまったのには理由が?」
「……フォルは人間族ではありません。故に魔力も質も違いました。そしてその魔力の質がムルトさんに似ていたのです」
「質?」
「よくはわかりませんが、属性魔法とは違う、他の魔力を」
「ふむ……フォルと旅をしていたのはどれくらい前だ?」
「500年ほど前だと思います」
「なぜ私をフォルだと、生きていると思った?エルフ以外の長命の種族は吸血鬼くらいだが」
「……長命、ではなく、不死。アンデッドになっていると思ったのです」
「理由は」
「フォルは死ぬのが怖いと、自分がこの世界からいなくなるのが怖いと、だから本を作り、少しでも自分を世界に残したかった。そして不死の研究もしていました。そして見つけたのが、アンデッドになるということでした」
「そんなこと、可能なのか?」
「ムルトさんはスケルトンですよね」
「あぁ」
「スケルトンがどうやって生まれてくるか知ってますか?」
「ダンジョンの自然ポップ、そして魔気の濃い場所の死体が自我を失いスケルトンやワイトとして復活。まさか」
「はい。フォルはその可能性を考えました」
当時のことを思い出しているのだろうか、懐かしさを感じ、少し目元が潤んでいる。
「フォルが老衰したのち、まだ生きていた私などが魔気の濃い場所へフォルを埋葬しました」
「どうなったのだ?」
「遺体は消えていました。地面を掘って外に出たのか、墓荒らしにあったのか、近くを探しましたが、スケルトン系モンスターは見つかりませんでした」
「フォルを埋めた場所というのは?」
イレーナは首を左右に振る
「もうありません。昔、漆黒の悪夢がそこで暴れたようで、残っていません。フォルもそれに巻き込まれてしまったのでしょう」
涙を溜めながら、イレーナは言う
「でも、そんな願い、叶うはずがなかったんです。そんなことに巻き込まれるのなら、最初から火葬、してあげていれば……」
涙を流す。当時一緒に旅をした仲間たちはすでにこの世を去っており、イレーナ自身も漆黒の悪夢を当時の勇者と共に封印した後、この国に戻ったという。
隊長としての役職に戻ることもできたのだが、身勝手な理由で国を抜けた手前、それを断った。
「暗い話はやめにして、盛り上がりましょう!」
「そうですね!好きな食べ物の話をしましょう!」
ミカイルとハルカがそんなことを話ながら、場を盛り上げようとする。俺も出された食事を食べながら談笑に加わった。
俺が世話になっているフォルの大冒険。
フォルは本当に色々なことをして、見て、話して、最高の人生を歩んだのだろう。
死ぬことのない俺は、フォルの分まで、この美しい世界を見て回ろうと思えた
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