骸骨と暴食の騎士

そして翌日、月が沈み終わる頃に月欠は完全に修復されていた。

隣ではカグヤがスヤスヤと眠っている。

スヤスヤ、と言っても、椅子に座り、背筋を真っ直ぐに伸ばしており、目を瞑り鼻息が聞こえるだけ、見事としか言いようのない姿勢は、起きているのではないかと思うほどである。


俺はカグヤを起こさぬよう、隠密も使いながら、音を立てずに席から立ち、月欠の元へ行く。


月光剣ー半月はんげつ


月欠の名前は変わっていた。

その他にも、柄を握った時に、力強さも感じる。新しく月の石が加わったというのに、重さも長さも変わっていないのが不思議だ。


(ふむ。相変わらず素晴らしい剣だ)


俺は半月を高く掲げ、天窓から見える暗い夜の空と見比べる。

半月の輝きは増しており、本物の月に近づいた気もする。





「ムルト様、準備はよろしいですか?」


「あぁ。大丈夫だ」


俺は青いローブに身を包み、半月と宵闇、短剣などを装備している。

なぜハルカの黒いローブをしていないかというと、青いローブを新たにもらったからである。黒いローブは元々ハルカのものであるし、俺が着ていたらハルカの分がなくなるので、荷物として仕舞っている。


「この国を出る時でも警報は鳴ってしまいます。ムルト様は私たちと共にパニックを起こした住民のフリをして、逃げてください」


「あぁ」


この作戦は、聖国へ来た夜から話し合っていたものだ。俺とカグヤの周りにも、青いローブを着込み、フードを深くかぶった巫女達がいる。俺は巫女達に隠れながら、この国を脱する手筈だ。


「短い間でしたが、楽しかったです。ムルト様と会えてよかった」


「私もそう思う。皆、本当に良くしてくれた。感謝する」


俺は腰を下り、皆に礼を述べた。


「それでは!皆様、いきましょう!」


「あぁ」


「「「はい!」」」


カグヤが大きな声をかけ、皆もそれに応える。俺は仮面を装着し、青いローブを着た数人と門へと向かう。時間は正午、街が活気に溢れている。


作戦では、俺がセンサーに触れ、警報が鳴ったら、巫女達が一斉に騒ぎ、その混乱に乗じて逃げるという作戦だ。俺はついでに下位召喚を行い、その混乱が自然に見えるようにする。


「よし、それでは行こうか」


その瞬間、甲高い音が街中、いや、国中に広がる。


「む、引っかかってしまったか?」


「いや、違います。これは、警報ではなく、警戒のサイレンです。すぐに放送が入ると思います」


カグヤがそう補足をしてくれる。少し経った後、魔法だと思われるが、放送が流れる。


『ザザッ……東門よりボーンドラゴンの接近あり!!住民の皆さんは家の中に入り、戸締りをし、安全を確保してください!繰り返します…………』


「ボーンドラゴン、ですか」


「骨の、龍か?」


「はい、恐らく」


遠い空へ、そのドラゴンのシルエットのようなものが見える。俺はそれを月読で見る。


「ボーンドラゴン、ではないな」


カグヤも同様にそのシルエットを見ているようだ。確か、月ノ眼を持っている。


「無数の骨が集まってドラゴンの形を作っていますね……ボーン・スケイルドラゴン」


「あぁ、そのようだ」


月読で読み取ったそのドラゴンの強さは、非常に強力なものだった。


「すぐにこちらに到達してしまう。逃げよう」


「はい。ですが、ムルト様はこの混乱に乗じて逃げた方が」


カグヤと話をしている時、近くの商店が爆発した。内側、というよりは、外側から何かが飛び込んできたように見える。


「カグヤ、下がっていろ」


その商店からは、とてつもないほどの殺気と嫌悪感が漂っている。

俺はカグヤを背にし、その商店を見つめる


土埃が晴れ、そこには3人の影が見える。

その内の2体は何度か目にしたことがある。

エルダーリッチだ。ランクはS、俺の手には余るほどの強敵だ。

だが、そのエルダーリッチ2体を足しても敵うかわからない強さを持つ者がいた。

大きな鎧を纏い、その首のあたりからは鼻から上の部分しか見えていない、骸骨。


その骸骨が持っているのは、波のある剣、フランベルジュとも呼ばれる剣だ。だが、その剣からは、魔力を感じる。どこかで感じたことのあるものだ。


(ハルカから感じ、ハルカが奪われたもの……)


それは、暴食。

感じる力は弱いが、その魔力が暴食だということは、確信を持って言える。


「なっ」


その騎士のような容貌をした者を警戒し、注意深く見ていたのだが、いつのまにか間を詰められていた。攻撃を仕掛けてこなかったことから、俺への敵意はないようだ。


「オ前ガ、ムルトダナ、ハルカトイウ女性ワ、ドコニイル」


明確な殺意、俺に向けてはいないが、俺以外の全てのものにその殺意は向けられているようだ。そして、なぜだか俺の名前を知っている。


「知らないな。知っていたとしても、そんな殺気を撒き散らすお前には教えぬ」


「デハ、自分デ探ストス……ソコノオンナ」


その騎士は俺の後ろのカグヤを見る。


「オ前ワ、危険ダ」


目の前の騎士は右足と右腕を引き絞り、渾身の突きを放とうとしているのがわかった。俺は半月と宵闇を抜き、両手で構えた。


(顔の横を突くはずっ?!)


その騎士は俺の体へとまっすぐに突きを放つ。ちょうど、肋骨と背骨の間を抜くつもりだ。


(くそっ、俺の名前を知っているということは、正体もわかっているかもしれないということではないかっ)


「ぬんっ……」


宵闇と半月をバツになるように交差させ、その2本が重なっている場所で突きを耐えようとした。剣が貫くことはなかったが、その勢いは殺せない。


「キャッ!」


「ぐっ!」


俺はカグヤを巻き込み、後ろの方まで吹き飛ばされてしまう。


「くそっ、力量が違いすぎるか」


「うっ……ムルト様、大丈夫ですか?」


「あぁ。問題な、危ない!」


カグヤのそばにはハイスケルトン・ソードマンがいた。その刃がカグヤを狙っていたのだ。俺は手を伸ばし、その剣を左の宵闇で受け止め、右の半月で首を切りとばす。落ちた頭蓋骨を足で踏み潰した。


「な、なぜ街中に……」


「あいつらだ」


俺は吹き飛ばされた方向を見る。

そこには、先ほどのエルダーリッチ2体がいた。その2体はひたすらにスケルトンモンスターを召喚している。色々な種類のスケルトンモンスターが生み出され、街の人々を襲っていた。


「な、なんてことに……」


「恐らく狙いは俺、ではなくハルカか……俺が導いてしまったことには間違いないのだろうが」


感慨に浸っていても問題は変わらない。

俺がこの国から逃げるという当初の目的は破棄しなければならない。あの騎士がハルカを狙っていること、あのフランベルジュから、奪われたはずの暴食の魔力を微かに感じること、何者がこの者たちをここに送り込んできたかなど、すぐにわかった。そしてハルカを殺そうとする理由も、ならば、カグヤも


「カグヤ、俺はこの国から逃げるのをやめる」


「なっ、確かにこの国で問題が起きましたが、ムルト様は狙われていないのでしょう?だったら、この混乱に乗じて逃げるのが一番成功確率が」


「あぁ。狙われているのは俺ではない。だが、狙われるかもしれないのはカグヤだ。俺は、お前を守る」


「……」


「ムルト、邪魔オスルナ。オ前ニハ手オ出スナトイウ命令オ受ケテイル」


「邪魔はさせてもらうぞ、俺もお前らの好きにはさせたくないのでな」


「……イイダロウ。多少ノ損傷デスムトオモウナヨ」


「あぁ。受けて立とう」


その騎士はゆっくりと俺たちの方へ歩みを進める。騎士の持つフランベルジュが、この国を喰らい尽くそうと、不気味に光っていた。


直後、パニックを起こしている大広場に、巨大な骨で出来た竜が落ちた。

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