骸骨とパフェ

「これ」


ラマが懐出したのは、水晶のようなものと、何も書かれていない冒険者カードのようだ。


「それが何か?」


「これは……説明するよりやってみせたほうが早いわね。手を出して」


「?はい」


カグヤが手を前に出すと、素早くラマの手が動いた。動いたと思えば、水晶が光り出す。


「ほら、これを見なさい。スキル鑑定のようなものよ」


ラマが差し出してきたカードには、カグヤの名前やステータスなどが出ている


「なぜこれを?」


「とりあえずはい、これ」


ラマはカグヤに白いハンカチを渡す。その意図がわからなかったようだが、カグヤの差し出していた手には、微かに血が流れていた。


「冒険者カードに血を垂らして水晶に通すと、っていう感じ、いきなりで悪かったけど、痛くはなかったでしょ?」


「そうですが」


「とりあえず、確かめたかったことは確かめられたわ」


「確かめたかったこととは?」


「ここ、慈愛の美徳。疑ってるわけじゃないけど、確認は大事よ」


ラマが指差したカードには、カグヤのステータスが記されている。固有スキルの場所に、ハルカと同じように美徳スキルがあった。ラマはそれを確認したかったようだ。


「とりあえず私は、いるかもしれない信仰の美徳スキル持ちを探さなければいけないのだけれど……そうね。いきなり疑って擦り傷も追わせてしまったし、何かお礼をしましょうか」


「お礼、ですか?」


「さっき何か食べるっていう話をしてたわよね。お金は私が出すわ。お礼はそれでどう?」


「そう、ですね」


カグヤは考える。俺はラマという人物のことをよく知らない。しかも聖国の五暴聖ということもあり、あまり口を開かないようにしている。時々骨は鳴らしているが。


「無理なら大丈夫なのですが……」


「五防聖の私に無理なことなんてないわよ。なんでも言ってみなさい?」


「は、はい。それでは……大聖堂へと入りたいのですが」


「え?大聖堂なんて誰でも入れるじゃない。勝手に行けば?」


「違うんです。この、ど、奴隷の骨人族とです」


「……は?」


ラマは、明らかに呆けていた。





俺とカグヤ、そしてラマは、大聖堂の中を見て歩いていた。

俺は相変わらず骨の体を剥き出しにし、ロープに繋がれて歩いているが、大聖堂の中を興味深そうに見回している。


「それにしても、人以外のものをこの中に入れることになるとはね……」


「ラマ様が人族至上主義なのは理解していますが、それと同時に、人族以外がいる王都の組織にも属しているんですよね」


「まぁね」


「そこには吸血鬼もいるのだとか」


「えぇ、それと、新しく骨人族が加入するらしいわ」


「骨人族、ですか?」


「えぇ、私はまだ会ったことがないのだけれど。着いたわよ」


3人できたのは、大聖堂の最奥、大礼拝堂だ。ベンチのようなものが半円型に並び、真ん中に巨大な石像のようなものが建てられている。

それは、まさしく女神、羽衣を纏い、背中には大きな翼が生えている。


「はぁ、どこの馬の骨とも知らない奴をここまで連れてくることになるなんて……満足したらすぐに帰りなさいよ」


馬の骨ではなく、ちゃんとした人の骨なのだが、俺は顎をカタカタと鳴らすだけで応えた。


「ムルト様、骨人族の設定なのですから話してもいいのですよ」


「あ、あぁ」


カグヤが小さな声で囁いてくる。

特に話すこともないのだが、俺はその礼拝堂の中を見渡す。街の建物として、白を基調として設計されているようだ。

ベールのようなものが、出入り口や壁に掛けられており、風でたなびくのが、儚くも美しい。


「ふむ。良いところだ」


「人外に何がわかるんだか」


「ラマ様、差別発言はやめてください」


「ここは人の国よ?人以外のものがいるのがおかしいの。私は例え奴隷だって人以外のものにはこの国にいてほしくないのよ」


「ラマ様の言うことはわからなくもないのですが、そういうことは聖王様に言うべきでは?」


ちょっと強い口調でカグヤはラマに言う。ラマはそれを気にもしていないかのように手を払いながら言った


「聖王様も頭の固いお方でね。『奴隷は人以下であるから、獣と変わらぬ、ペットと一緒だ』とか訳のわからないことを言ってるのよ。さっ、もう満足したでしょ、私も用事があるの。さっさと出なさい」


ラマに尻を叩かれるようにして、俺とカグヤは大聖堂を後にする。


「本日はありがとうございました」


「別にいいわよ。慈愛の巫女様は城に招待するかもしれないから、そのことは頭に入れておきなさい」


「はい」


「じゃ、また」


「はい」


ラマと別れ、俺たちは次の目的地へと向かうために、一度教会へと戻る。

陽も傾いてはおらず、パフェを食べに行こうということだ。パフェ、というものが何なのかはわからないが、きっと美味しい食べ物なのだろう。





「これが、パフェ、というものか」


「はい。これがパフェです」


目の前には、縦長のグラスの中に色々な果物やソースが入ったものが出てきた。グラスの上には、アイスクリームというものがのっている。


「どうやって食べるのだ?」


「……わ、私も初めて食べるので……」


カグヤは頰を赤らめ、恥ずかしそうに言った。俺はパフェが運ばれてきたときに一緒に持ってこられた長いスプーンを手にとる。


「きっとこのスプーンで食べるのだろう。ほら、一番下まで届く」


俺はグラスの上から底までスプーンを突き刺した。


「なるほど……それでは、いただきます」


カグヤは、朝食をとったときのように祈りをし、スプーンでアイスクリームを掬い、口へと運ぶ。


「つ、冷たくて、甘くて、美味しいです」


微かに震えている。これは感動の震えなのだろう。初めて食べると言っていたし、俺も初めて食べ物を食べた時はこんな感じだったのだろう


「ムルト様もどうぞ」


カグヤがパフェをスライドさせ、俺の目の前に置いてくれるが、俺はロープで結ばれた両手をあげる。


「両手が縛られては食べにくい、それに、こんな街中で奴隷のロープを外すのも違うだろう」


「た、確かにそうですね。配慮が至らず申し訳ありません……あっ、でしたら」


カグヤもう一度スプーンでアイスクリームを掬い、それを俺の眼前へと持ってくる。


「どうぞ。口を開けてください」


「ふむ。すまない」


俺は口を開け、スプーンを口の中に入れ、閉じる


(む、柔らかいのだな)


俺には舌がなく、アイスクリームは少量しか口の中に入れられなかったが、胃袋もなく、一口だけでも味はわかる。

濃厚な味、滑らかな甘さ、そしてふんわりとした柔らかさだ。初めて食べる食感だ。


「うむ。これが、甘い、か」


「そうですよ。甘いんです。ムルト様は舌がないので全部は食べられないんですね」


カグヤはそう言って、俺が食べきれなかった分のアイスクリームを口の中へ運び食べていた。


「すまないな、残飯処理のようなことをさせてしまって」


「いえいえ、大丈夫で……これって間接キスですか……?」


音が聞こえそうなほどカグヤは顔を真っ赤にした。最後の方はよく聞き取れなかったが、大丈夫、という言葉が聞こえたので、きっと気にしていないのだろう


(なぜ俺の周りの女性はみんなすぐ顔を真っ赤にするのか)


ハルカもレヴィアもカグヤも、必ず一度は顔を真っ赤にする。

心配ではあるが、特に何も起こらないので、あまり気にしないようにしている。


そんな一件もあったが、今日の散歩のようなものは終わった。教会に戻り、夜の礼拝を行い、夜食も共にとる。

胃袋が壊れてしまったので、俺は自分が食べた分は自分で処理しようとしたのだが、巫女達が俺の身の回りの世話をすると言って聞かず、なすがままにされる。風呂にも入り、着替えもした。そして俺は昨日と同じように月欠を天窓の真下に安置し、その晩を共にする。


今日はカグヤも付き合ってくれ、月の光が照らす中、カグヤが寝るまで話をした。

昨日のカグヤとは別人と思えるほど表情豊かで、色々な話をしてくれた。

とても楽しく、有意義な時を過ごすことができたと思う。

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