五暴聖
聖国には、五防聖と呼ばれる組織がある。
字の通り、聖国を守護する5人の実力者だ。
聖王や政治にも口を出すことができるほどの権力を有し、街の統治なども行っている。
聖国に心酔している者は彼らから、国とともに守ってもらえるのだが、背信者や、亜人のことを好しと思っている者を排除することも彼らの仕事のひとつである。
背信者ではなくとも、彼らの所業を知っている者は、この国ほとんどだ。だが、そのことを口にしようものなら、どこからか聞きつけた五防聖が処刑にくる。
そういった例も珍しくはなかった。
聖国を守護しながらも、その行いは傍若無人。
人々からは畏怖と尊敬の念を込めて
【五暴聖】
と、そう呼ばれている
★
聖国の王場内にある、五暴聖達が使う区域がある。そこには、貴族街と同等か、それ以上の豪華さを持つ部屋が5つ、そして五暴聖達が集まり話し合いをする会議室や、個人で仕事をするための執務室などが用意されている。
その執務室の一室に、白髪に赤い髪が微かに残る老人が、1人で書類に目を通しながら、その書類の内容を纏めていた。
コンコン
部屋のドアがノックされる。
「入っていいぞ」
その老人がそう応えると、ドアが開き、1人の女性が入ってくる。
黒いボンテージに、白い毛皮を着て、腰には鞭を装備している。見るからに、奇抜という言葉が似合う女性であったが、この国の誰もが、そんなこと口が裂けても言えるはずがなかった。彼女こそ、五暴聖のうちの1人で、その5人を束ねる女王と呼ぶにふさわしい女性なのだから。
「久しぶりね。ティッキー。お仕事は順調?」
「あぁ。滞りなく進んでいる。だが……なぜ処刑されるとわかっていて、この国に留まるのか」
「神には多大なる信仰を、裏切り者には死を、よ」
「……で、お前はなぜ戻ってきたのだ?王都にある冒険者ギルドのほうで任務をしているのではないのか?」
「えぇ。やってるわ。その仕事でこの国に帰ってきたのだもの」
「ほう?この国にお前の求めるものがあると」
「えぇ。あなたもS1ランクなんだから知っているでしょう?大罪スキルと対になっているスキル」
「あぁ、だからか。慈愛の美徳を求めて帰ってきた。と」
「えぇ。ついでに、信仰の美徳も持っている人がいると思ってね。ほら、ここって聖なる国じゃない?信仰の美徳を持ってる人はいると思うのよ」
「持っている者がいたとしても、それをどう探し出すのだ?慈愛の巫女も自己報告のようなものだろう」
「それでこれよ」
その女性は、懐から白い水晶と鉄のカードのようなものを取り出す
「グランドマスターから預かったステータス診断のできる水晶よ。このカードに血を垂らして水晶にかざせば、スキルやレベルなどが調べられるの」
「それは確かな情報となるのか?」
「どうでしょうね。ま、試してみないとわからないわ」
「そうか、そう言えば、面白い報告が届いているぞ」
「あら、あなたがそんなことを言うなんて、どんな報告?」
「今話をしていた慈愛の巫女が、スケルトンを殺したらしい」
「あら、珍しいこともあるのね」
「街に入り込んだスケルトンでな、喋ったらしい。月光教の連中がそいつを取っ捕まえて殺した。と報告ではそんな感じだな」
「そう」
「どうした、何か気になることがあるのか?」
女性は顎に手を当てて、何か考えるそぶりをする。
「いえ、何でもないわ。それより、あなたにも任務が来ているわよ」
「俺にか」
「えぇ。屍人の森でまだワイトキングの目撃情報がなくならないわ。それの討伐、それと可能であればエルダーリッチなどの上位モンスターも討伐してくること」
「ワイトキング、か」
「えぇ。私がこの国を発つ前にも同じような仕事を頼んだはずだけど、まさか見逃している。なんてことないでしょうね」
「まさか、俺がそんなことをするわけがないだろう。しかし……そのワイトキングは人を襲っていないのだろう?ならば」
その時、ティッキーの喉元に、その女性の鞭が結びつく。結びつく、と言っても、喉を締めているわけではない。その鞭の周りには鋭い刃が取り付けられており、首を締めようと思えば、即座にその首が千切れることとなるだろう
「
その女性は鋭い目でティッキーを睨みつける。
「……わかっている。今度はしっかりと討伐したモンスター達の亡骸を持ってこよう。この鞭を仕舞ってはくれないか、ラナック」
ラナックと呼ばれた女性は、鞭を一振りし、腰へと戻す。その一連の動作でティッキーの体に1つの切り傷もないのを見ると、ラナックという女性がどれほどの腕の持ち主かがわかる。
「ラナックという名前はとっくに捨てているわ。今は
「ふん、俺だってゴンという名は捨てている。ティッキーと呼べ。にしても、あの娘っ子がな」
首や肩に傷がないか確認しながら、ティッキーはそう言ってラマの体をじっくりと見る。
「何よ」
「いや、リーナが生きていれば、お前ほどの女性になっていたんだろうな、と」
「あなたと一緒に私の組織を潰したあの子のこと?そうねぇ、確か私より1つか2つ年上だったから」
「どこに行ったんだろうな」
「そんなこと知らないわよ。それより、仕事の件頼むわよ。私は信仰のスキルを持った人を探さなきゃ」
「先に慈愛の巫女じゃないのか?」
「もう居場所はわかっているし、滅多に国の外には出ないのでしょう?だったらまだ見つかっていない信仰を探すわよ。じゃあね。ワイトキング、待っているわよ」
そう言い、ドアを開け、ラマは部屋を出て行った。
ティッキーは書類を簡単にまとめ、終わったものを本にし、まだ読んでいない書類などを机の隅に置いた。
「ワイトキング……か」
ティッキーも何度か会ったことのあるモンスターだ。相対しただけでは攻撃せず、言葉も介することができた。人は襲わないとも言っており、手頃なワイトを討伐し、いつもその頭部を報告として国に挙げていた。
「もう、庇いきれん、か」
ティッキーが、本棚の中にある本をいくつか入れ替えると、本棚が音を立てて横へズレる。ズレた先にはクローゼットのようなものがあり、ティッキーはその中から仕事道具を取り出す。
光を反射し、全身を包むほどの黒く光るコートと手袋、そして靴
ティッキーが特注し、愛用している武器、串のように細く鋭い短剣をコートに仕込み、部屋を後にする。
部屋を出たところで、ティッキーとは正反対のような体型をした男が立っている。
「何か用か、マンモス」
「ら、ら、ラマの
(監視役か)
ティッキーは心の中でこの大男がなぜここにいるかを理解した。
五暴聖が1人、マンモスと呼ばれる男。
その巨体自体が武器なのだが、その巨体からは想像もできないような素早い動きをし、その怪力は、受け止めようもないほどの強さを持つ。例に違わず、その権力を振り回し、何人もの女性を弄び、再起不可能にもしている。
「いいだろう。ついてこい」
「ま、ま、マンモス、役にた、た、立つよ」
「あぁ。期待している」
脳裏によぎる、あの心優しいワイトキングを、ティッキーは思い出す。
ふと立ち止まり、目を閉じる。思い出という思い出はないが、その生き方には共感をし、今までは討伐を誤魔化してきたが、今回は監視もついている。そんなことできるはずもなく、マンモスと共ならば、確実にワイトキングを殺すことができるだろう。
深呼吸し、目を開く
ティッキーの目からは優しさや同情といったものはなくなっており、それは仕事人、かつての殺し屋、ゴンを彷彿とさせる力強い眼力をしていた。
「てぃ、てぃ、ティッキーの爺、さん、こ、怖い、ぼ、僕いなくても、だ、大丈夫、そう」
そんな言葉、今のティッキーには聞こえておらず、殺気のみが体から溢れている。
「さぁ、ワイトキングを殺しに行こう」
ティッキーとマンモスは、屍人の森へと歩みを進めた。
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