骸骨とあの頃


二色の魔力が形をとると、そこからは、モブとダゴンのような容姿をしたモンスターが出てきた。

2人とも、禍々しい見た目をしている。


「な、なにこれ?」


「お、おで、眠ってた」


アルテミス様はその2人笑いながら見つめ、席を立つ。


『どうぞお2人ともイスに座ってください』


「う、うん」


「ご、ごこはどこ?」


戸惑う2人。すると、席につく前に2人の体が形を保てなくなっていた。


「な、なにこれ?」


「な、なんだ?」


『どうやら、私の力では及ばなかったようですね』


「アルテミス様は何をしたんだ?」


『私の力で、ムルトの中にある大罪に、形を持たせたのです。ムルトの前に大罪を司った者が現れたはずです』


確かに、モブとダゴンの息子は、大罪スキルの前任者だったはずだ。

2人は元の魔力の形になり、俺の中へと戻っていく。


『本来、大罪スキルが次の所有者に受け継がれたとき、前任者の記憶などは消えて無くなるはずなんです。ですが、ムルトの場合はそれが残っている』


「な、なぜだ?」


『きっと、その宝玉の力でしょう。器のように大罪スキルを溜め、使いこなすことができる。それを手に入れてから感情のコントロールが上手くいくようになったのではないですか?』


「あぁ。この宝玉とひとつになってから、大罪スキルの魔力を上手く扱えるようになった。憤怒についてはモブも協力をしてくれているようでな、スムーズに操れる」


俺は赤い魔力を出し、それを右腕に纏わせてみせる。


『それがすごいんですよ。大罪スキルを扱う人は、内側のその魔力を扱いきれず、飲み込まれてしまうんです。ですがムルトは自我を保ちながらその力を使いこなせている』


「それはモブ達のおかげだ」


『ムルトの力でもありますよ。……そろそろ時間ですね』


「お別れか」


『はい。ですが、きっとまた会えます。今日も会えたのですから』


「あぁ。きっと、また」


『はい。また……ムルトは、人間に成りたいですか?』


「成ろうとは思ってはいないが、人間として生きたい」


『そう、ですか。私はムルトをいつまでも見守っています。辛いことはたくさんあったでしょうが、あなたは人を好きでいてくれる。私を好きでいてくれる。あなたは、人間に近づいていますよ。怒りも悲しみも、全て人間のように感じている』


「そんなこと」


『あります。きっとあなたはいいになれます』


「……それはよかった」


『それでは、また会いにきてくださいね』


「必ず」


意識がどんどんと白くなっていく。前回と同じだ。俺は目を瞑る。

周りにざわつきが帰ってくると、俺は静かに目を開け、立った。


「みなさん、祈りは終わりましたか?私とムルト様には神託が下りました。今からそれを実行に移そうと思います。が、これはみなさんにもとても大切な話、顔をあげて聞いてください」


祈りを捧げていた巫女達は、顔をあげカグヤを見つめる。礼の姿勢は崩さず、耳を傾けている。


「御神体である」


「俺から話させてはくれないか」


俺は、話を始めたカグヤを手で制す。カグヤは俺の顔をじっと見つめ、優しく微笑み頷いてくれた。俺は皆の前に一歩出る。


「カグヤが言ったように、俺とカグヤはアルテミス様に神託をもらった。これは俺とカグヤ2人だけの問題ではない。まず、この月光剣だが、折れてしまっているのは皆知っているだろう。俺は、この剣の修復の仕方を、アルテミス様から教えられた」


皆は目をそらすことなく静かに俺の話を聞いてくれた。


「これを治すには、月の石が必要らしい。そして、それはとても希少で、世界各地に少量しか残っていない。そして、ここにはそれがある。御神体の、アルテミス様の銅像の中に……アルテミス様は自分の像を破壊し、中から月の石を取り出してほしいと言った」


初めてざわつきが起こる。目を見開いて驚いている者もいれば、口を手で覆って驚くものもいる。


「静粛に!」


カグヤが手を打ち鳴らし、場を沈めた


「これは確かにアルテミス様から授かった神託です。永くこの教会で祀られてきた銅像を破壊するのは酷です。が、銅像はアルテミス様であってアルテミス様ではありません。本物のアルテミス様はあそこにおられるではありませんか!」


カグヤは空を指差す。そこには、なんとも大きく、綺麗な青い月が浮かんでいる。月の女神であるアルテミス様は、月そのものだということだ。


「銅像を破壊するのは心苦しいでしょう。ですが、それを皆で乗り越えていきましょう。10分後、御神体のある広間へ全員集まるように、それでは、また。ムルト様、いきましょう」


「あぁ」


各々ショックを受けただろうが、カグヤの指示に従い、部屋に戻っていった。

俺もカグヤに連れられ、部屋に戻る。時間が来るまでカグヤは話に付き合ってくれたのだ


そして、10分後、その時が来る。


カグヤはハンマーのように大きなメイスを持ち出し、銅像の横に立っている。

巫女服の他の女性は、その銅像をぐるりと囲み、これから起きることを覚悟している。


「これは世界を救うことに大切なことなんです。みなさん、そしてアルテミス様、どうかお許しを」


「なんなら俺が」


「いえ、これは、私がすべきことですから」


そういってメイスを高々と持ち上げ、振り下ろす。一撃で終わるよう、お腹を狙っていた。アルテミス様の像は、その一撃を受けて、砕け散る。腰が砕け、上半身が前へと崩れる。俺はそれを落ちる前に受け止め、優しく仰向けに寝かせた。

巫女達は涙を流していたが、怒りを表に出すものは誰1人としていなかった。


穴の空いた腹から、拳ほどの大きさをした黒々とした石が出てくる。


「これが月の石、月鋼か?」


黒々とした石の表面は、ゴツゴツと凹んでいたりして、地上から見る月のようだった。違うのはその色だろう。


「ムルト様、この後はどうすれば?」


カグヤがそう声をかけてくる。

頰が赤く、涙の跡がうっすらと見えている


「それが、俺にもわからないんだ」


「見当は?」


「ついている、が、色が全く違うのでな」


月欠を抜き、石にくっつけてみるが、俺の体のように簡単にくっつきはしないようだ。


「どうしたものか」


ふと、月の石を高々と掲げてみると、窓から差し込む月の光が、月の石に当たる。すると、先ほどまで黒々としていた月の石が青く透き通っていった。


「ほぉ」


胸の前まで月の石を下ろすと、少しだけ時間を置いて、元の黒へと戻ってしまった。


「これは、まさか」


俺は閃いた。すぐさま、先ほどの礼拝堂まで行く、礼拝堂には天窓がついており、そこから月の光が礼拝堂の中へと降り注いでいる。

俺は、月の石を折れた月欠の真ん中へ置く、すると


「おぉ、すごいな」


月の光を受けて青く透き通った月の石が、月欠の折れた場所を繋ぎ、ひとつになった。まだ形は歪だが、まるで俺が他の骨を体につけたとき、少しずつ俺の体の色と同じなるように。


「時間がかかりそうですね」


「あぁ」


「私の者をつけますので、ムルト様はお部屋で休んでいてください」


「いや、これを見ていたい。俺の剣だ。最後まで見届けたい」


「ムルト様が、そうですね。そう仰るのであれば」


カグヤはそう言い、礼拝堂を後にする。

時間的には、もう皆が寝静まっている頃だろう。カグヤが「ずっと立っているのは辛いでしょう」と、途中、イスを持ってきてくれたが、俺はイスには座らず、月欠の近くに立ち、天窓から月を眺めていた。

何も考えず、上から降り注ぐ月の光に照らされながら月を眺める。


俺は初めて、洞窟の天井に空いた穴から、月を見ていたことを思い出す。

1人で月を見上げていたあの頃を。その日から今日までの日々を、思い出す。

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