骸骨と女神、再び
俺は、何もわからないままに、月の教会に来ていたようだ。
今の俺はというと、骨の体を剥き出しにし、装備を外し、生まれたままの姿をしている。
思えば、この部屋に連れられ、仮面を持っていかれたと思えば、大人数の女性が部屋に入って来て。
「ローブを脱いでください。血を落としてきますわ」
「洗った後のローブは私が縫うので、少々お待ちください」
「武器などはこちらに立て掛けておいてください」
「長旅でお疲れでしょう。こちらの湯と布巾を使ってくださいませ」
と、
あれよあれよという間に、俺はまた部屋に1人となってしまった。
「一体何が起きているんだ……」
そんな独り言を漏らしながら、俺はもらった布巾で体を拭いていた。
森で殺した男の返り血が骨にかかっていたのである。
コンコン
「む?誰だ?」
ドアがノックされた。この教会の人間だとは思うが、一応声をかけてみる。
「カグヤです」
「入っていいぞ」
「失礼します」
先ほど俺の仮面を持っていった女性だ。赤と白の装束、後で聞いたが、巫女装束、という名らしい。そのカグヤという女性が、部屋の中に入ってくる。
「まずはこちらを」
「うむ」
俺は貸していた仮面を受け取り、装着しようとすると。
「申し訳ありませんが、顔を隠す前に、私の仲間たちに紹介してもよろしいでしょうか?」
「紹介?とは?」
「こちらです」
俺はカグヤに手を引かれ部屋を後にしてしまう。
(今日はよく手を引かれる日だな)
そんなことを思っていたが、別に嫌な気はしない。逆に、人の温もりを、素肌を、俺の場合は骨だが、感じられるのがとても嬉しい。
「こちらとなります」
カグヤはドアを開け、俺を通す。
ドアを抜けた先には、教会ではなく、神殿という言葉が似合いそうなところになっていた。
そこには、カグヤと同じ、赤と白の巫女装束に身を包む女性たちが座っていた。20人いるかいないかぐらいだ。聖国の中ではきっと少ない方なのだろう。
「どうぞ、お座りください」
カグヤに勧められるまま、赤い座布団の上に胡座をかいて座る。
「皆様!こちらのお方が、朝にお伝えしました、アルテミス様のお客人であり、月の守護者様であるお方です!その証拠に!……剣を見せてあげてください」
最後に小さな声で俺にそう言う。
俺は唯一携帯している月欠を高く掲げた。
女性達からは、「おおっ」という声が聞こえてくるが、俺は何が起こっているのか全くわかっていない。
「引き抜いてください」
「抜くのか」
「はい」
「だが、今月欠は……」
「アルテミス様からお話は伺っています。心配はありません」
「ぬ?」
俺は剣を引き抜く、月欠は、変わらず折れたままだ。女性たちはそれを見つめていたが、別にがっかりするものや、喜ぶものもいなかった
「それでは、お目通しはこれくらいにしましょうか、ムルト様、こちらへ」
「う、うむ」
またまた手を引かれ、案内をされるのだが、何か小っ恥ずかしいものがあった。
「本日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでいてください」
「あぁ」
「こちらがムルト様にお使いいただくお部屋になります」
案内されたのは、綺麗な部屋、ベッドやカーテンがあり、机などのちょっとしたものしかないが、広さはまぁまぁある。
壁には巫女に渡したローブと、さっきまでいた部屋に置いていた、武器の類だ。
「カーテンはくれぐれも開けないようにお願い致します」
「あぁ。わかっている」
「それでは、湯浴みに行きましょう」
「湯浴み、とは?」
「お風呂です」
「あぁ、風呂か。布巾などを持っていないのだが」
「こちらでご用意致しますのでご心配なさらずに。それと、この教会の中であれば、仮面やローブで姿を隠さなくても大丈夫ですので」
「あ、あぁ」
そう言われたが、やはり仮面とローブをしていないと落ち着かない。結局、ローブを着込み、仮面を顔に被るが、半分ほどずらしている。腰には月欠を差し、カグヤに手を引かれついていく。
「聞いてもいいか?」
「はい。なんなりと」
「なぜ手を引いて移動するんだ?」
「……手を繋いでいないと、どこかに行ってしまいそうで」
「どこにも行かないさ」
「そう、ですよね」
カグヤは寂しそうに手を放した。
少し歩くと脱衣所につく。ローブを脱ぎ、そそくさと浴場へと向かう。
露天風呂ではなく、大きな室内に、大きな浴槽があるだけだが、それでも十分上等なものだということがわかる。
「お風呂の入り方はわかるんですね」
「あぁ。何度か入ったことがあるからな」
「そうですか」
カグヤはタオルを体に巻き、共に入ってきた。俺は体を洗い、貸してもらった布巾で骨をゴシゴシと洗う。
先ほど部屋でも同じようなことをしたのだが、やはり風呂ですると気持ちが変わる。
体を綺麗にした俺は、浴槽に浸かり、温まる。
「ふぅ。気持ちいいな」
「はい。気持ちいいです」
背中を壁に預け、腕を広げ入っていた。
そして、俺は疑問をカグヤへ投げかける
「カグヤは、なぜ俺がここに来ることをわかっていた?ササとここはどういった関係なのだ?」
「はい。そのことについてはこの後にある礼拝でお話をしようと思っていました。その時でもよろしいでしょうか?」
「……構わない。が、私が納得できるような話なのか?」
「はい。きっと納得していただけるはずです」
「そうか。俺はここからいつ出られる?」
「わかりません」
「わからない?」
「はい」
「カグヤが私を呼んだのではないのか?」
「はい。私ではありません」
「じゃあ、誰が私をここへ呼んだのだ?」
「ムルト様がよく知るお方ですよ」
「私がよく知る?」
その言葉に最初は見当もつかなかったが、月の教会で俺が最もよく知る人物、話したこともあり、他の教会とも繋がりのある、神物とでもいうべきか。
「アルテミス様、か」
「はい。アルテミス様が、ムルト様をお客人として迎えるよう仰られました」
「なぜアルテミス様は私をここに?」
「それは私にもわかりませんが、ムルト様はここに来るべきだと言っていました。私がいるここに」
「なぜここなのだ?」
「心当たりはありますが、絶対とも言えません。その答えは、この後の礼拝でわかるはずです」
「カグヤは、アルテミス様に会ったことがあるのか?」
「はい。極々稀に、ですが、見目麗しい人ですよね」
「あぁ。全くもってそう思う」
ふと、カグヤを見る。水に濡れた髪が肌に張り付き、色っぽい。張りのある髪と肌が、その色っぽさをさらに際立たせる。
カグヤの微笑みには、それだけで人を魅了するのではないかと思うほどの美しさもある。
「ムルト様?いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもない」
その後も他愛もない話をし、風呂を上がった。
体を拭き、ローブを着込む。
巫女たちが待つという礼拝堂に、2人で向かった。
「それでは、ムルト様は私の後ろについてください。アルテミス様とお会いしたことがあるということは、祈りを捧げたことが?」
「ある」
「なら、説明は不要ですね。こちらです」
カグヤに連れられたのは、巫女たちが並んでいる一番前だ。先頭にカグヤ、二番目に俺ともう1人の巫女、その後ろにもう数人、そしてその後ろに残り全て、という位置関係になっている。
「それでは、我が神アルテミス様へ、祈りを捧げます」
「「「はい」」」
「みなさん、祈りを」
ザッ、という、皆が一斉に膝をついただろう音が聞こえる。
周りが膝をつき、祈りを捧げているのを見てから一拍遅れて俺も膝をつき、指を組み、祈りを捧げた。
(アルテミス様に、また会いたい)
今日、この時、その思いが叶う。
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