骸骨と月光教
「その仮面を取って、顔を見せろ!」
ムルト達の相手をしていた門兵がそう言い放つ。
「ムルトさん、言う通りにしましょう」
ササはムルトにそう言ったが、それは無理なことだった。
元々、ムルトはここへ来る気はなかった。
モンスターでなくとも、亜人をも差別的に扱うこの国に来れば、どんな扱いを受けるかわかっていたからだ。
「ぬ……それはできない」
ムルトは考える。
(どう逃げたものか)
「早くしろ!」
ムルトがただ黙って突っ立っている間にも、続々と兵士が集まり、弓に矢を番える。
サイレンのような音が響く中、その鳴き声は聞こえた。
「ビョエ〜ビョエ〜」
鳴き声のした方へ目を向けると、体の半分が溶けた、鳥のような生物が飛んでいた。
「アンデッドバードだ!う、撃ち落とせ!」
兵士たちの視線がムルトから外れた。
ムルトはそれを好機と思い、背中を向け、外へ逃げようとする。
「ムルトさん?!」
だが、ムルトは逃走できなかった。後ろには、森でササを襲った仲間と思われる、黒づくめの人物達が、道を塞いでいたからだ。
(くっ、こうなったら……)
仕方なくムルトは街の中へ走ろうとする。
だが、目の前には兵士、そしてその兵士の後ろからは
「キャー!助けてー!」
町民のような服装をした女性が、ムルトの目の前に立っていた兵士へ体当たりをしたのだ。
「街の中にモンスターがいるわ!」
「なんだと!」
他の兵士より装備がしっかりとしている、兵士長と思われる男が大声を出す。
「なんだと……くっ、お前らはあの男を追え!あとは俺に続いて街の中を見に行くぞ!」
「はい!」
何が起きているかわからなかったが、なんとか街の中に入れそうだった。
「こっちです!」
走った目の前には、ササのように青いローブを着た女性がいた。ササと違うのは、そのローブの下が、修道服ではなく、装束のようなものだった。
「行きましょう、ムルトさん」
ササはその女性を疑わず、指された方向へ走り出す。路地裏へ入る前、ムルトはチラリとその女性を見た。赤と白の装束に、青いローブ、そして、首元には月のペンダントを提げていた。
「こちらです!」
路地を曲がった先にも、先ほどの女性と似たような服装をした女がいた。ムルトとササは、何人かの女性の指示に従い、街の中を駆けた。いつの間にか、追っ手は振り切っており、見知らぬ教会の中に入っていた。
「こ、ここは……」
ササは辺りを見渡し、自分が今どこにいるかを確認しているらしい。
まだ真昼間だというのに、教会の中は物静かで、薄暗かった。ただ、その薄暗さは不気味だとは思わず、どこか、心安らぐ暗さだったのだ。例えるのならば
(まるで夜空だな)
黒塗りの天井には、星のような塗料が塗られ、キラキラとし、天窓のようなところには、月のようなガラスがはめられている
「ムルト様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
奥から出て来た謎の女性が、ササとムルトを案内するようだ。ササとムルトはそれに従い、後ろを歩く。
「ムルト様、申し訳ありませんが、仮面を貸してはいただけませんか?」
その女性は、唐突にそう言い放った。
「ダメだ。これは大切なもの、貸すことはできない」
「お願いします」
「ダメだ、それに……この仮面の下はとても人に見せられるようなものではなくてな」
「あなたが
「……」
ムルトは微かに考え、フードをとり、仮面を外した。
「えっ」
横に並ぶササは、目の前の女性がスケルトンと言ったのを冗談だと思ってたらしい。ムルトがその素顔を晒すと、小さな声を漏らした。
「それでは、ムルト様はこちらでおやすみください」
その女性は、俺に部屋を案内し、ササを連れ、後にしようとする。
「待て」
ムルトはその女性を呼び止める。
「なぜ、私を知っている」
その女性は振り向き、優しく微笑み、こう言った。
「アルテミス様から聞いたのです。後で皆さんにも紹介致しますので、お待ちください」
女性はそう言って、ササと共に部屋を後にした。しばらくすると、ガチャリとドアが開く。
「なっ」
数名の女性が部屋に入ってきて、ムルトへと向かった。
★
「ここにムルトという男と、ササという女性がいるだろう!だせ!」
「お待ちください!勝手に入られては困ります!」
複数の女性と、複数の男性が教会の扉の前で押し問答をしている。
「モンスターを匿うようなら、いくら月光教でも罰を下されるぞ!」
その男の一団を纏めていると思われる男が、声を荒げる。
「お待ちなさい!」
その場にいる全員が動きを止めてしまうような、力強い声が聞こえた。
「カグヤ様」
同じ巫女服を着た信徒達が、安心したように力を抜いた。
「カグヤ様ともあろうお方が、モンスターを匿うなど、いただけませんな」
「匿ってなどおりません。それをこれからお見せしましょう。こちらへ」
カグヤは、兵士長、数名の男性を連れ、部屋へ向かう。そして、その部屋の扉を開けると。
「これが、今回捕らえたスケルトンです」
部屋の中には、黒いローブを纏い、手足、口を紐で固く閉じられたスケルトンが横たえられている。
「このスケルトンが、今回、私たちの教会の信徒であるササをたぶらかし、この街へと入ろうとしていました。そうですね?ササ」
「は、はい」
「で、そのスケルトンはどうするつもりなんだ?こちらに引き渡してもらおう」
「皆様のお手を煩わせるわけにはいきませんから、ササ」
「は、はい」
ササは、大きな棘のついたメイスをカグヤへと手渡した。
「今ここで完全に殺します」
そうカグヤが言った瞬間、すぐにそのメイスはそのスケルトンへ振り下ろされ、頭蓋骨を粉々に砕いた。
「ふぅ……このスケルトンが持っていたこの仮面は、月光教のものなのでいただいても?」
「あ、あぁ構わん……それでは、私たちは帰る」
「はい。お疲れ様です。ササ、送って差し上げて」
「はい」
ササが男達を連れて部屋を出ると、カグヤは今しがた自分が殺したスケルトンの横に立ち、膝をついた。手を組んで、祈りを捧げる。
「申し訳、ありません」
一体のスケルトンの死を悲しんで。
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