骸骨は動けない

その夜のこと、ギルドにて今回の集団暴走についての話し合いが行われ、その結果を王都の本部に報告することになったらしい。


主な報告内容は、集団暴走が意図的に行われたこと、その原因が黒色のスケルトンだということ、ギルドマスターであるギャバンと、鍛冶師ではあるが、その強さはギャバンにも引きをとらないほどのフッドンが足も手もでなかったことが問題になっている。


これらを教えてくれたのは、イメルテだ。

ギャバン宅に運ばれた後、世話係がいたほうがいいと、俺の正体を知っているイメルテが世話係として来たのだ。


「本当に、よかったです。ムルトさんが、その、死ななくて」


「生きているかどうかは置いておくが、この状態では、死んでいるのと同じだがな」


ベッドに横たわる俺の体は、足りないものが多すぎた。今の俺にあるのは、頭蓋骨、脊椎、脊椎についている宝玉のみだ。


「大事な剣は折れ、ローブも破れてしまった」


ダゴンからもらったブーツや、短剣はフッドンに拾ってきてもらった。大事な荷物などはハルカのアイテムボックスに入れてあるので、それらに関しては安心している。

が、問題のハルカは


「まだ、目を覚まさないか」


「ムルトさんのお話ですと、見慣れぬ魔法を使ったと?」


「あぁ。召喚魔法のようだった。ハルカの魔法は特殊でな、恐らく、MP枯渇なのだろうが」


息はしている。腹が膨らんだりしぼんだりを繰り返している。命に別状はないみたいだ。骨も折れていない。特に傷も見当たらない。


「ムルトさんは、本当にお優しいんですね」


「ハルカは俺の宝だ。大切にするのは当たり前だ。イメルテ、月欠を持ってきてはくれないか?」


「かしこまりました」


イメルテは折れた月欠を持ってきて、俺の横に置いてくれる。綺麗に割れた月欠を、俺は見る。きっと、悲しいのだろう。俺は月欠を見て、目を閉じる。


イメルテは、そんな俺に、今回の集団暴走の功労者を教えてくれる。


当然、ギャバンとフッドンは、元凶を倒したということで、1番の功労者になっている。

本当はハルカが相手を弱らせ、コットンが退いた感じなのだが、ギャバンは、俺とコットン、ハルカが表舞台に立つのを嫌っていることを考慮し、俺たちに断りを入れてそう発表することにしたらしい。


次に、ギャバンについてきたSランク冒険者、そして、数名のAランク冒険者だ。


俺たちがエルダーリッチを倒したあたりから、モンスターがだんだんと減ってきていたらしい。Aランク冒険者はいくつかのパーティで、エルダーリッチを凌ぎ切ったらしい。


街は無事。冒険者も、重傷者などは出たが、命を落とした者はいないらしい。


「この都市を、民を守ってくれてありがとうございます」


「当然のことを、したまでだ」


犠牲は確かにあった。が、守るべき者を守れた。それだけで、命を張った価値はあるというものだ。





次の日、俺は眠ることができなかった。俺はイメルテに抱えられ、窓から一晩中月を眺めていた。イメルテはイスにもたれかかり、静かに寝息を立てていた。


(体がないと、やはり不便だな)


俺はセルシアンの時のように、召喚魔法を使い、頭だけを変えようと思い、使う。が、どうやら召喚魔法が発動しないようだ。

元々、あの場にいたスケルトンたちの骨で代用しようと思ったのだが、全て召喚されたものだったらしく、全てが消え去っていた。

ダンジョンで見かけていたスケルトンも、召喚されていたものらしく、替えが利くものはなかった。


(退屈、だな)


朝日が昇りきった頃、部屋の扉がノックされる。既に起きていたイメルテが、それに返事をする。


「ギャバンとフッドンだ」


「はい。どうぞお入りください」


部屋の中へ、ギャバンとフッドンが入ってくる。


「嬢ちゃんはまだ目を覚まさないのか」


「あぁ」


「そうか……突然で悪いのだが、俺はここを発つことになった。王都へ招集されてしまってな。この家は元気になるまで好きに使ってくれて構わない。鍵はイメルテに渡しておく」


ギャバンはそう言って、家の鍵をイメルテに渡している。


「コットンは?」


「コットンは、1度救援を頼んだ方のギルドに報告へ戻っている。その後、王都に行くことになった。伝言を預かっているぞ『ムルト、久々の再会で残念に思う。が、また会えると信じている。それまで、自愛を忘れぬよう』とのことだ」


「そうか、わかった」


「あぁ。じゃ、俺はこれで終わりだ。すまないが、すぐに発つんでな、また」


ギャバンはそう言い、すぐに部屋を後にした。フッドンは腕を組み、ギャバンの話が終わるのを静かに待っていた。


「正直よ。ダチがこんな状態になっても、安心してる俺がいる。頭だけになっても、ちゃんと生きてる。俺はそれが嬉しい」


「頭だけじゃなく、脊椎もあるぞ」


「冗談で言ってんじゃねぇ。本当に、本当に死ななくてよかった」


「……そうか」


フッドンは顔を伏せ、体を震わせた。


「俺がいながら、お前をこんなにしてしまった。罪滅ぼしじゃねぇが、お前の剣、俺に打ち直させてくれねぇか?それがお前にとって大事なものだってこたぁ、見りゃわかる。だが、俺に預けちゃくれねぇか?」


「この剣がもう一度振れるのであれば、願ってもない。是非、よろしく頼む」


「あぁ!絶対いいもんにしてやるぜ!」


「あぁ。信じている」


イメルテが月欠を鞘へ納め、折れた刀身を布に包み、ギャバンへ渡す。


「2.3日したらまた来る。それまで、待っててくれ」


「あぁ」


ギャバンはそう言い、部屋を後にする。


「ムルトさんは、みなさんに好かれてますね」


「あぁ。ありがたいことだ」


「素直なんですね?」


「好意を向けてもらってるんだ。それに応えずどうする」


「全部応えてるわけではないですよね?」


「応えているつもりだが、何か抜けているか?」


「気づかないんですね」


「何をだ?」


「なんでもありませんっ」


プイ、とイメルテが顔を俺から逸らした。

首を動かすことしかできない俺は、何もできなかった。


(好意には応えているつもりなのだが)


自分のいままでの行いを振り返りながら、今後の旅のことを考えていると、ハルカが目を覚ました。


「ムルト様!!」


開口一番、体を起こし、そう言い放った。部屋の中に、その大声が響き渡る。ハルカは固まり、自分が今どうなっているか、あの後どうなったかを察しているようだ。


横を向き、イメルテと目が合う。視線を下げ、頭と脊椎だけの俺を見た。


「ムルト様!!!」


ベッドから這い出し、俺をきつく抱擁した。

頭蓋骨がハルカの胸に当たっている。


「よかったです!本当に、本当にぃぃ!」


大粒の涙を流し、頬ずりをする。

ハルカが落ち着いた頃、イメルテが改めて集団暴走の終わりや、ギャバンやフッドンのこと、正式な発表はどうなるかなどを話した。


「ギャバンさんとフッドンさんのお怪我は大丈夫なんですか?」


「はい。施術院にて、治療を受けました。骨は自分で曲げて戻して、それを魔法で固定し、回復魔法とポーションを飲んでいましたね」


「すごい、タフ、なんですね」


「うちのギルマスは案外すごい人なんですよ」


まさに、女子の会話というものだった。俺はずっとハルカの手の内にいて、その話を共に聞いていた。ハルカは愛おしそうにずっと俺を愛でていた。


「ところでハルカ、あの魔法のことは覚えているか?」


「あの、白い人が出てきた魔法、ですよね」


「あぁ。あれはなんだったんだ?自分の魔法なのは明らかだとは思うが」


「はい。あれは、氷獄の姫アイス・プリンセスだと思います」


「使うことができないと言っていた?」


「はい。その魔法が発動してしまったようです。今はMPが回復していないのか、使うことができなくなってしまっていますが」


「そうか」


氷像のようなあの女性、儚くも、力強さを感じた。その姿のみで、完成された芸術のように思える。アルテミス様と比べるのも烏滸がましいが、気品や美しさを感じた。


その日は、イメルテが知り合いのギルド職員に頼み、食事を扉の前まで運んできてもらうことになった。


「イメルテ、俺の分も頼んでもらっていいか?」


「ムルトさんの分も?はい。かしこまりました」


程なくして、扉がノックされる。イメルテは、扉を開かず、食事を扉の前に置いて、帰ってもらうように言った。


食事の乗ったワゴンが、部屋の中へと入る。香ばしい匂いがして、頭を刺激する。


人生2度目の食事に、興奮が隠せない

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