骸骨の壁


『どれ、退く前に、若い芽は潰しておかねばな』


低い声が、お腹に重く響いた。

黒色のスケルトンは、無数の骨が混ざり合ってる大きな手を前に出して、魔法を唱えた。


死の波デス・ウェーブ


大きな手の平からは、私たちを包み込むように煙のようなものが溢れ出た。


(危ない……!)


誰もが動けない中、誰もが思っていた。

死ぬ。と


その時、1つの単語が、頭の中に浮かんだ。


ー|癒しの聖域《ライト・サンクチュアリ》ー


癒しの聖域ライト・サンクチュアリ!!」


私はメイスを前に出し、頭に浮かぶ単語を唱えた。





まばゆい光が俺たちを包み込み、目の前の黒い瘴気から逃れることができた。


「うぐぁっ!」


だが、俺は聖域に拒まれたようだ。全身に痛みが走る。


「はぁ、はぁ。ムルト様!」


「くそっ!」


俺はギャバンの回し蹴りを食らってしまう。が、相当手加減をしてくれたようで、ダメージはないようだ。俺は聖域の外に出てしまい、黒い瘴気を一身に浴びてしまう


「ムルト様ぁぁぁぁ!!」


「落ち着け!」


「嫌です!!ムルト様!!」


「大丈夫だ!!」


大声で俺を呼ぶハルカに、声をかける。


「ムルト、様?」


「大丈夫だ。なんともない」


俺は二本の足でしっかりと立ち、ハルカの方へ顔を向けた


『なんともない……とはおかしな話だ。お主、何者だ?人間ではあるまい?』


黒色の異形は、俺に向き直り、そう言い放つ。


「お前と同じ、スケルトンだよ」


俺は仮面を外し、その顔を晒すが、大きなスケルトンは、それに驚かず、笑っていた。


『はっはっは!そうかそうか、お主が我と同じ、もう1つの器だな』


「器?なんのことだ?」


『なんだ?クラーケンのところで話を聞いたのではないのか?怠惰がなくなっていると思ったが、お主が持っているのだな』


「クラーケン?ダゴンのことか?」


『はて?そんな名だったか?少し待て』


大きなスケルトンは、無数の骨が入り混じっている腹内に腕を突っ込み、かき混ぜるように、何かを探しているようだった。

俺は、悪い予感を感じる。


『おぉ。あったあった。これだ。クラーケンのくせに、骨のあるやつだった』


その大きなスケルトンが出してきたのは、何者かの頭蓋骨。眼球が入っていたはずの眼窩は小さく、触手のような骨が、ヒゲのように顎骨にくっついていた。

俺の中の2つの大罪が、顔を出す。憤怒と怠惰だ。


「まさか……それは海の底の神殿で?」


『あぁ、そうだそうだ。大きなところだったよ。いやぁ、あれらはなかなかに骨が折れたな』


「それは、冗談か?」


『皮肉だよ』


俺は月欠に魔力を通す。憤怒と怠惰の魔力が、とめどなく溢れ、俺の魔力と混ざり、月欠に宿る。青く透き通った刀身は、赤と青が混ざり、濃い紫といった、毒々しい色となっている。


「旋風脚!!」


ギャバンが体を回転させ、聖域の中で竜巻を起こす。黒い瘴気は、その竜巻に吸い込まれ、空へと舞っていく。空を飛んでいた生き物たちが次々へと地面へと墜落する。


「ムルト!フッドン!こいつは今倒さなけりゃぁやばい!」


「当然だ!!」


「わかってらぁ!」


黒い瘴気を払い、ギャバンとフッドンは大きなスケルトンの前に立ちはだかった。

ハルカは肩で息をしていた。癒しの聖域はそれだけでMP消費が凄まじかったのだろう。

対峙するのは俺たち3人、各々が武器を、拳を構え、動きに注意をしている。


「いくぞっ!」


ギャバンは目にも留まらぬ速さでスケルトンへ向かい、飛び上がる。


「地殻砕き!」


ギャバンは、グローブに魔力を込め、空中で体勢を整え、スケルトンの腹部へ、渾身の拳を捻りを入れて叩き込む。

だが、スケルトンはよろめきもしなかった。


「アースブレイドォォォォ!!!」


フッドンが、どこからか出した、巨大な剣で、兜割りをスケルトンへ繰り出す。大きなスケルトンはその攻撃を避けることすらせず、その脳天に大きな剣を受けた。

が、頭蓋骨にヒビが入ることはない。


『他愛ない』


大きなスケルトンは、2人の攻撃を一身に受けても、ビクともしなかった。

大きなスケルトンは、丸太のような巨大な腕を、目にも留まらぬ速さで振り回し、ギャバンとフッドンを吹き飛ばす。


「うごぁっ!!」


「がはっ!!」


2人は、真っ直ぐにどこかへ吹き飛ばされる。2人の生死はわからない。が、あの2人がそうそうくたばることなどないだろう。


『さて、第2の器よ。お主はどう我を楽しませる?』


大きなスケルトンは、俺へ向き直り、面白そうに俺を見つめる。

俺は既に月欠の形を変え、戦斧にしている。

憤怒の魔力で、戦斧を強化し、怠惰の魔力を上乗せし、俺は渾身の攻撃を繰り出す。


「ラース・ブレイク!!」


大きなスケルトンは、その攻撃を避けず、人差し指と中指の間に挟むだけで、止めたのだ


『ふむ。まともに喰らえば、擦り傷を負ってしまうな』


バカにするように、スケルトンは笑う。

戦斧を掴み、それを軽々と粉々に砕く。


「なっ?!」


『他愛なし』


大きなスケルトンは、親指で人差し指を抑え、そのまま俺を弾いた。俺は月欠を手放し、木に衝突し、全身がバラバラに砕け散った。


『さて、次は……』


大きなスケルトンは、ハルカが入っている聖域へと目をつけた。ハルカは未だ肩で息をしているが、聖域の中でメイスを構え、スケルトンを見ていた。


『ふむ。まだまだのようだな』


大きなスケルトンは、ハンマーを振り下ろす。聖域は、その大きな腕を受け止める。

1発、2発、3発打ち込まれた時には、聖域は耐えることができず、その姿を消してしまった。無防備なハルカが露わになってしまう。


『む?お主、大罪所持者か?これは運がいい』


大きなスケルトンは、顎をさすり、ハルカを見下ろす。


「えっ」


『だがおかしい。何か、不純物が。これは、まさか……』


大きなスケルトンが動く。ハルカは動けなかった。為すすべもなく、スケルトンの巨大な手の中へと収まってしまう。


『やはりな。これは、暴食の罪……そして、ふむ、お主、美徳の持ち主か、なぜ魔族が美徳のスキルを獲得しているのだ?』


「えっ!な、なぜ……」


『はっはっは。隠せぬよ。我の強欲の前ではな。お主の暴食は、我がもらっておこう』


黒い魔力のようなものが、ハルカを包み込み、黒みに黄色が加わる。その色の混じった魔力が、大きなスケルトンの元へと戻っていく。


『生者でなければ強欲を使えぬのが、不便なところよ。まぁ、死ぬことに変わりはないのだがな』


大きなスケルトンは、親指をハルカの頭部へと押し当て、力を込める


「ハルカァァァァァ!!」


俺は腕を動かし地面を這い、半ばで折れている月欠を拾い、大きなスケルトンへ投げつけた


『はっはっは!間に合うわけがなかろう!』


俺は、これから起きるであろう絶望に、思わず目を瞑ってしまう。鈍い音が、脳裏に響く。

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