動き出す影

大きな円卓に、8人の人物が座っている。

席は全部で9席あるが、残りの1つは空席である。


「話を、始めようか」


言葉を発したのは、黒い衣服を身に纏う男、ロンドだ。

だが、その発言の意図を汲み取ることができず、ラマは喋りだした。


「あら?まだセルシアンが来てないようだけど?うるさい奴がいなくて話がまとまりやすいのはいいことね」


ロンドの意図に気づいたものは何人かいた。

それは、ムルトと接触していたミナミ、ジャック、サキ。そして、グランドマスターであるバリオと、バリオとともに幾多の死線を潜り抜けてきたジュウベエだ。


僅かな沈黙を破り、ロンドは言葉を続けた。


「セルシアンはもうここに来ることはない。これが証拠だ」


ロンドはそう言って、アイテムボックスの中からセルシアンの着ていた革鎧と細剣を机に並べる。


それぞれが、真っ二つに斬られた鎧を見る。鎧には少しばかり血がついていた。

皆はそれだけで全てを察する。


「そうか……セルシアンがやられたか」


ジュウベエが口を開く。腕を組み、天を見上げる。


「異色の骸骨は、それほどまでの強さを持っていると」


それぞれがセルシアンのことを思い出し、悲しんでいた。それはロンドとて例外ではない。うるさくも粗暴ではあったが、仲間想いで仕事には忠実だった。


「それで、なぜお主がそれを持っている?」


鋭い目でバリオが問いかける。

ロンドの中で答えは決まっている。


「その骸骨に遺品を返還してもらった」


「なんでその時に仇をとらなかったの!」


ラマが机を叩きながら立ち、ロンドへ食ってかかる。


「あなたほどの強さ、それも相手はアンデッド!あなたが殺せない相手ではないと思うけど?!」


「殺すべきではないと判断した」


「セルシアンが殺されてるのよ!」


「骸骨の話によると、先に手を出したのはセルシアンとのことだ」


「あんたはその戯言を信じたの?!」


「討伐か否かは個々の判断に任せると言われていた。俺は討伐すべきではないと判断したまでのことだ」


「相手はモンスターよ!それも生を冒涜しているアンデッド!無抵抗でも殺してしまえばいいのよ!」


「骸骨は理知的な判断をし、俺との対話に臨んだ。こちらが殺気を当てない限り、武器にも手をかけなかったし、人間を襲わないとも誓ってくれた」


「モンスターがそんなこと守るわけないでしょ!」


「……俺も貴様ら人間の考え方によると、モンスターということになるが?」


ロンドの静かな問いかけに、あたりが静まりかえる。


バリオが手を叩き、その場を収めた


「熱くなるのはそこまでにしてもらおう。

して、ロンドの報告はそれで終わりか?」


「あぁ。短くまとめると、奴は人間をこちらからは襲わない。と言った。考えて行動し、こちらが殺気を出しても、手を出してはこなかった。しっかりした判断も下せる奴だ。人間の女……恐らく魔族だが、そいつとも上手くやっているようだ」


「ふむ。そうか。他に意見があるものはいないか?」


話し合いが始められてから、ずっと沈黙を貫いていたミナミが手を挙げた。


「ミナミ」


「はい。私も、異色の骸骨討伐には反対です」


「なぜ?」


「はい。私もその異色の骸骨と接触を致しました。そして対話を試みたところ、それに快く応じてくれました。対話をしたところは、ヤマトの料亭、暴れることもなければ、マナーを守っていたとさえ感じます」


「そうか……」


「他に意見のあるものは?」


冷静になっと思われるラマが手を挙げ、意見する。


「ラマ」


「私はやっぱり殺すべきだと思っているわ」


「なぜ?」


「なぜって!こっちは仲間を殺されてるのよ!」


「殺さなければ殺されていたのは骸骨の方だ」


その意見を否定するように、ロンドが口を挟む。


「だからなんだって言うのよ!だったら殺されればいいじゃない!セルシアンの仇をとらなきゃ!」


「復讐は復讐を呼ぶ。当人達で終わったのであれば、手出しをするべきではない」


「あなたは魔族だからそんなことが言えるのよ!仲間が殺されたの!仇を討つべきよ!」


「貴様ら人間は、いつも仇、仇と言う!

ならば今まで殺したエルフやドワーフ、獣人などの亜人種に殺されても文句は言うまいな!!」


ロンドは激昂し、机の上に立ち、殺気を解放する。眼は血走り、赤黒い爪は伸び、口元からは鋭い歯が見えている。


「それは昔のことでしょ!話しているのは今この時のことよ!」


「今も昔もない!我ら吸血鬼族は、人間の手によって絶滅の道を辿りそうになった!せめて一矢報いるために、我らは抵抗し、人間族を退いた!!その時、人間族はなんと言ったと思う?『憎しみは憎しみを呼ぶ。戦いはこれで終わりだ』と抜かしたのだ!!そう言えば、母を、父を、弟、妹を人間に殺された同胞どもはそれで止まるとでも思ったか!人間を殺しに行こうとした同胞を止め、殺したのは我ら吸血鬼族だ!!人間どもはいつも自分勝手なことを言う!我慢しているのはいつだって他種族ぞ!!」


「そこまでだ!!ロンド!机から降りて落ち着け!ラマ!これ以上の差別的な発言は罰則対象だ」


バリオとジュウベエは席を立ち、武器を構えている。ミナミ達も武器に手をかけ、その行く末を見守っている。


肩で息をしていたロンドは机から降り、自分の席に腰を下ろす。

腕を組み深呼吸を数度する。血走った眼からは血の気が引き、爪も歯もおさまっていく。


「取り乱した。すまない」


ラマを席に座らせ、しばらく誰も声を発しはしなかった。

この場を収めたバリオが、大きな声で言う。


「種族の怨恨はあるだろうが、それは今この場では意味をなさない。我らは公平な判断を下さねばならない。ロンド、ミナミ達の発言から、異色の骸骨は危険対象ではないと判断する。こちらから積極的に接触することがないよう、頼む」


各々が返事をし、ムルトについての話は終わる。


「続いて、邪神の話だが」


バリオがよく通る声でそう発した。邪神という言葉に、その場にいる誰もの身が強張る。





「邪神に対抗できるのは、美徳スキルを持つ者だけだ」


それぞれ、邪神が如何に危険なものかを認識をしている。


そもそも、邪神について知っている者は極端に少ない。最高位神官や、その座を受け継ぐ神官、各ギルドマスターはその存在、話を知ってはいるが、ギルド職員の誰もが知っているわけではない。

それは冒険者にも言えることで、冒険者の中でも、邪神の話をされるのは、S2になり、グランドマスターに王都へと招集され、直々に説明を受ける。

当然、この場にいる全員はその話をバリオ自身からされている。ここにいないS2ランク以上の冒険者にも、近々話はされることだろう。


「今こちらが確認している美徳スキル持ちは、ミナミとジャックだけだ。異色の骸骨に関しての調査は一時取りやめ、美徳スキルを持つ者の捜索にあたってほしい」


「美徳スキルを持つ者が一般市民であったなら、戦へと駆り出すのは心が引けるのではないかのぉ?」


ジュウベエがそう発言すると、苦々しい顔をしながらバリオは言葉を続けた。


「当然そういった者もいるだろう。だが、世界を守るための戦いになる。戦地に赴いてもらわねばならない。その時は、我々が身を呈して守る他あるまい」


「ふむ。わかった」


「異論があるものはいるか?」


冷静さを取り戻したラマが、静かに手をあげる。


「大罪スキルに関してはどうするの?」


「邪神の力の一端とされている大罪スキルだが、その実邪神とは関係がないといった話も出ている。注意をしつつ、情報は入れておきたい」


「異色の骸骨が大罪スキル持ちだった場合、討伐しても構わないわね?」


異色の骸骨の話はもう終わらせたものと思っていたが、バリオは目頭を押さえ、首を左右に振り


「危険ならば討伐も視野に入れてもいい。

ロンド、異色の骸骨は大罪スキル持ちか?」


「鑑定眼も鑑定石も持っていないからわからないが、接触した限り、大罪スキル持ちだとは思えなかった。俺よりずっと弱い。が、セルシアンを倒したのだから、可能性はあるだろう」


「そうか、ミナミ、お主は鑑定眼を持っていたな?」


「はい。異色の骸骨と接触を果たし、この目でその骸骨のステータスを見ました。が」


「が?」


一同の視線がミナミへと集まる。

ミナミの持つ美徳は『正義』

弱きを助け、強きを挫く。

自分の正義を持つことで、そのスキルの真価が発揮される。元々、ミナミ自身、嘘などをつくことがない。

自分の正義の名の下に、ムルトが大罪持ちだと言うことが普通だった。


(俺たちはミナミに任せる)


ジャックから念話が飛んでくる。

ジャックもサキも、ムルトが大罪スキルを持っていることを知っている。そして、ムルト共にいる少女がミナミの親友だということも。

2人はミナミに託したのだ。その選択が、吉と出るか凶と出るか


「異色の骸骨は、大罪スキルを所持していませんでした」


ミナミの頭をよぎるのは、親友の笑顔、そして、その親友を大切に扱っているあの頭蓋骨。ミナミの正義は、全てを守ること、民も、友も、敵でさえもだ。


「ふむ。そうか、ラマ、そういうことだ。異色の骸骨への接触は慎んでもらおう」


「……はい」


「よし。残る美徳スキルは、節制・堅固・慈愛・希望・信仰。の5つだ。

どうか穏便に協力を取り付けるよう頼む。他に意見がなければ、解散とする」


誰も言葉を発しない。会議は終わりを告げた。

各々が部屋を出て行き、それぞれがするべきことへと行動を移す。





薄暗い地下を通り、その部屋へと来ていた男が1人。黒い衣服を纏い、完全に闇と同化している。ロンドだ。


広い部屋の中へ入り、灯りをつけていく。

ロウソクの火が部屋を照らしだすと、その部屋の中にあるものがはっきりと見える。巨大なクリスタルが部屋の真ん中に鎮座している。

それ以外には何もない。

そのクリスタルのために作られた部屋だということがわかる。

そして、そのクリスタルの中には、膝を抱え、眠ったように目を閉じている女性が入っている。


「どうしたらいいか、わからないよ、母さん」


ロンドはそのクリスタルに優しく触れる。

その女性が何も答えることはないことを、ロンドは昔から知っているが、声をかけられずにはいられなかった。


「なぜ、人間なんかに協力しなければ……」


拳をきつく握りそう呟いた。答える者など、ここには誰もいない。


「また、くるよ」


ロンドは母を一目見終わると、すぐに灯りを消し、闇へと消えていった。

クリスタルの中の女性は、静かに鼓動する。



★★★


名前:レミリア


種族:始祖吸血鬼ファーストヴァンパイア


固有スキル

希望の美徳

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