骸骨は揺れる
翌日、太陽が一番高い場所に登った頃、人狼族の村へ商人がやってきた。
月に1度、調度品や嗜好品、食料などを買い付けているのだとか。
「初めまして、バレルと申します」
バレルと名乗った初老の男性は、頭から紫色の角を生やし、紫色の目をしていた。これが魔族のデフォルトではあるらしい。魔人族。人間の見た目に角が生えている。人間とは違い魔法の扱いや身体能力が上らしいが、根本的には同じらしい。
「初めまして、ムルトと言う。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
軽い挨拶を交わす。スケルトンということはあまり気にならない様子だ。
「魔族にはたくさんの種類がいますからね。あなたは骨人族でしょう?」
「骨人族?」
「はい。スケルトンと同じ見た目の種族ですよ。違いは胸に魔核があるかどうかです」
「ほう。」
「あなたは骨人族では?」
「俺は……」
「ムルトさん、バレルさん、出発の準備は整いましたか?」
「あ、あぁ」
「はい」
「ムルトさん、これをどうぞ」
「……これは?」
「私が昔使っていた外套です。ムルトさんが持っていたのは、失礼でしょうがボロボロで、粗悪品でしょう?それはワイバーンの皮で作られていましてね、伸びますし何より丈夫です。もしよろしければお持ちください」
「いいのか?高価なものだろう?」
「私にはもう不要なものですから。是非もらってください」
「……有り難く頂戴しておこう」
「あと、これも」
ビットは懐から綺麗な、鞘に収まっているナイフを俺に手渡した
「これもか?」
「はい。受け取ってください。それは友好の証です」
「ほぉ……人狼の牙か?」
バレルが馬の準備をしながらこちらを見て言った。
「はい。お恥ずかしながら……」
「人狼の牙、とは?」
「人狼の牙というのはだな、人狼族が友好の証として人狼族以外に渡すものだ。人狼の姿の時牙が鋭利になるだろう?その中でも一番立派なものを引っこ抜き、それを相手に渡す。とても希少でほとんど、証をもらったという話は聞かない。それも、こんなナイフのように加工したものなど聞いたこともない」
バレルがわかりやすく補足をしてくれる。
「私の牙で作りました。ほら」
ビットは口を大きく開き口の中を見せてくる。犬歯が一本なくなっていて、ぽっかりと穴が空いていた
「生えてはこないのか?」
「10年ほどすれば生え変わりますよ。それを持っていれば人狼族から襲われることはないでしょう。もっとも、ムルトさんを襲う奴はいないでしょうがね。友好的に接せば骨を……じゅるり……」
「ビットよ。私にもその牙卸してはもらえんか?」
「バレルさんにもお世話になっていますがダメですよ。これは本当に特別なものなので」
ビットとバレルが笑いながら話している。そんなことを言っているバレルの首からは、小さめの牙のようなものがネックレスとして首から下がっていた。
こう言っているものの、バレルも牙をもらっているようだ。その牙を商売に使うことはなく、大事に持っているらしい
「ビットよ。短い間ではあったが本当に世話になった。是非、これを受け取ってほしい」
俺は自分の肋骨を二本取り、ビットへ手渡す
「いいのですか?」
「構わない。予備の骨を馴染ませればすぐになおる。これはせめてものお礼だ。」
ビットは膝をつき肋骨を丁寧に受け取り、静かに嗚咽をもらしていた
「本当に……本当にありがとうございます……!」
震える声でそう言われると、こちらも思うことがある。
出発の前、村人総出で俺の見送りをしている。涙を流すもの、下を向くもの、たくさんの人がいた。
(俺のために、涙を……)
「それではムルトさん、行きましょうか」
バレルは既に馬を動かすために座っていた。
俺もビットからもらった外套を着て、ナイフを懐へ納め、静かに荷台に乗った。
荷台から眺めた景色は、とても美しかった。
緑の森に囲まれた村の中では、昼にも関わらず、人狼がいた。一面が灰色の毛並みだが、ちらほらと赤や黒、ピンクなど、色とりどりだった。それは皆、こちらに手を振っていた。一頭の黒く、青い人狼が大きく息を吸い、天に向かって一際大きな遠吠えをしていた。
その遠吠えはとても力強く、とても優しさに満ち、俺の旅路を案じているように感じた。
「ムルトさん、本当に愛されていますね」
バレルがそう言った。馬車は静かに走っていたが、確かに俺の体は、微かに震えていた。
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