第3話 未来都市-1
2020年7月東京
「本日未明、富士山に墜落した巨大隕石の調査のために政府は専門家による調査チームを……」
夜のニュースを見ながら、ラフな格好をしたその男はテーブルに運ばれた夕食を口に運び始める、今日のメニューは炊きたての白米と味噌汁、サラダと漬物、脂ののった鯖の塩焼き、鯖は焼きたてなのか皮の端でまだ脂がジュウジュウとはぜている。
「こら! いただきますは?」
温和そうな黒髪の女性が笑いながら男の頭を軽くはたく。
「あぁ、すまんすまん、いただきます」
男は素直に箸をおき、食事に一礼する。
「九山さん、何考え事してたの?」
味噌汁をすすりながら女性は夫である男に質問をする。
「このニュースでやってる調査チームに明日、参加することになってな。君のお父さんに頼まれたんだ」
「そうなんだ、じゃあまたしばらく忙しいの?」
「そうだな、それなりに大事だし大変な仕事になる、帰ってこれないことも多くなるだろう」
「そっかー、さみしいなー」
「美樹……いつもいつもすまないな」
申し訳無さそうに九山は自分の妻に謝罪をする。
「ごめんごめん、冗談よ! 継花と一緒だから大丈夫、ね!」
女性は隣に座る少女に語りかける。
「お父さんまた帰ってこなくなるの?」
少女は九山にムスッとした顔で質問する。
「あぁでも少しだけさ」
少女は寂しげに言う。
「またお父さんと遊べなくなるの?」
「ちょっとの間だけさ、終わったら沢山遊ぼうな」
「うん……」
九山は俯く娘の頭を優しく撫でた。
そのふわふわとした髪の毛からシャンプーの香りがふわりと仄かに舞う。
食事を終え寝床に就いた九山はクーラーの電源を入れる。
最近は熱帯夜が続き36度を超えるのでクーラー無しでは寝れない。
静かな機械音と共に涼しくなっていく暗い部屋のなかでまぶたを閉じながら九山は先ほどの娘の顔を思いだし少しだけ心苦しい思いにとらわれる。
確かに自分は世の中の平均に比べると娘に接する時間はいささか少ないように思える、それに忙しさにかまけて妻に家事育児を任せすぎなようにも感じる。
にもかかわらずいつも妻と娘は満面の笑顔で帰宅する自分を迎えてくれるのだ。
そんな家族に自分は彼女らに十分に報いることが出来ているのだろうかと疑問に思う。
この仕事が一段落ついたら貯まっている有給を使おう、嫁と娘を連れて旅行にでも行こう、そこで沢山娘と遊んであげよう、嫁の行きたかった所に連れていってあげよう、日頃の感謝を伝えよう、そんな事を考えながら九山は眠りに就いた。
夢の中だろうか、ふわふわとした霧のなかにいるような感覚、そこでおぼろげな影が語りかけてくる。ひどい頭痛がする。
「ここなら……君もきっと……わ…………にはされないだろう……の……がりとは……そういうものだ…………世界が……るその時迄……せめて…………安らかに暮らしてくれ……今まで世話になった……クザン…………」
むき出しのコンクリートの天井には三本の蛍光灯が備えつけられている。
1つは完全に切れている、1つは不安定にちらついている、まともに点灯しているのは1つだけだ……蛍光灯?
その男、クザンはベッドから飛び起きる、俺はどこで寝てしまったんだ? 家の電気は全てLEDのはず、家にこんな裸の蛍光灯を付けた部屋などないぞ?
軽いパニックに陥りつつ辺りを見回す。
「なんだこの部屋……」
むき出しのコンクリートの壁、ちらついた蛍光灯、自分が寝ているのは色気のひとつもないパイプ造りのベッド、ガラスケースに入った謎の液体、見慣れない道具、頑強そうなガラス棚には複数のモデルガンが置かれている。それに自身は全く身に覚えのない青いローブのような服を着ている。
おかれた時計をみると15時10分、外は明るい。
遅刻? それよりもここは何処だ?クザンが混乱していると風呂上がりの様子の背の高い女性が栗色の髪を拭き上げながら部屋に入ってきた、桜だ。
ショートパンツから覗く彼女の作り物の様に白く長い脚が窓から照らす光を弾いて眠りから覚めたばかりのクザンの目を眩ませる。
「あ、起きたんだ、大丈夫?」
桜はクザンに話しかける。
「…………」
「もしもしぃ? なんとかいったらどうなのよ?」
クザンの耳に彼女の言葉は入らない。
昨日自分が何をしていたか必死に思い返す。
だが何をどう思い出しても自宅で夕飯をとり眠りに就いたのが最後の記憶だ。たまらずクザンは桜に問いかける。
「ここは何処なんだ? 君は……一体誰だ?」
桜は心底呆れたように問い返す。
「あなたねぇ……人の家の前で酔いつぶれてぶっ倒れて、介抱までしてもらっておいてその言い草は何よ?」
「いや、俺は酒は飲まな……」
クザンは言いかけたあと事態を1割ほどだが理解し桜に礼を言う。
「……どうやら……なにも覚えていないが助けてもらったようだな……ありがとう」
「よろしい、はいこれ」
桜は言った後彼に氷の入った水を差し出す。
「すまん」
クザンは自信が異様に喉が乾いていることに今さら気づきそれを飲み干した。
「起き上がれる?」
「あぁ、大丈……痛っ!」
酷い頭痛がクザンを襲う、なんだ、本当に俺は酒でも飲んでつぶれてしまったのかと自分を疑う。
「あぁっ、ごめんごめんっ! 落ち着くまで寝てなさいよ」
「すまん……迷惑をかける……」
「別にいいわ、歩けるようになるまでは休んでていいから」
ここでクザンはもう一度先程の質問を彼女にぶつける。
「ここは何処なんだ?」
「自分が酔いつぶれた場所位覚えてなさいよ情けない、B区画bエリア7クロック3-809-403よ、貴方は近くにすんでる人? 見たことないけど」
「は?」
「B区画bエリア7クロック3-809-403よ!」
クザンは困惑しながら聞き返す。
「すまん、君が何をいっているのか俺にはさっぱり……」
桜は再度呆れた顔をする。
「住所よ住所、これでわかんないんなら何もわかんないよ?」
「住所? じゃあ、ここは何県の何市なのかをまず教えてくれないか?」
「何県何市って……そんな古臭い事いちいち記憶してないわよ、ヤマナシかシズオカのどっちかじゃない?というよりそれで言えばわかるの? 貴方は?」
何を言っているんだこの女性は、とクザンは思う。
恐ろしく地味な部屋だし女性らしからぬリアルなモデルガンを飾っているし実はおかしい人なのか?
クザンは色々考えながらふとモデルガンの入ったガラスケースにもう一度目を向ける、そこに写った自分の姿を見て彼は一つおかしな事に気づいた。
「…………!?」
「オーイ、なんとか言ってー」
サクラは困惑した様子で固まるクザンの返答を促す。
「髪が……伸びている……」
「え、何?」
「何故だ?……まさか記憶喪失? 何なんだ一体?」
「何ぶつぶつ言ってるのっ!? 怖いよ!」
クザンは今頭の中にある少なすぎる情報をまとめ上げ、一つの予想を打ち立てた。何かの事故で頭を打ち、何ヵ月分かの記憶を失い彼女の家の前に倒れた……そうだ!これなら説明が付く!
そして彼女に疑問を解消するための質問をする。
「質問ばかりですまない……今は何年の何月だったか?」
桜は疑問に答える。
「2073年4月、ついでに言うと新元号で復興48年」
「何?」
「2073年4月、復興48年」
「世話になった身で申し訳ないんだが真面目に答えてくれないか?」
クザンは苛立ちを隠せない。
だが桜はその苛立ちに気づきながらこう言うしかない。
彼女は彼に真剣さが伝わるようにもう一度声を大きくして言う。
「ふざけてないよ! 真面目に答えてるってば! 今は間違いなく2073年!」
彼女のその言葉を聞くや否やクザンはベッドから飛び起きる。
おそらく出口であろう扉を見つけ外に飛び出した。
「ちょっ! 大丈夫なの!?」
桜の言葉はまだ彼の耳には入らない、いまクザンは自身の目に入る外の風景の情報を処理するので精一杯だ。
コンクリート造りの巨大で地味な住宅群、頭の上にはパイプやケーブルが蜘蛛の巣のように張りめぐっている、街の細かいところまで目を見やる、電柱と思われる幾つも立つ柱の上には全て角の着いた不細工な黄色い蛙のような生き物が引っ付いて呻いている。
建物のコンクリートの壁から藤色の触手が飛び出しのたうっている。
その黄色と藤色、そしてケーブルの隙間から見える大空の綺麗な青と入道雲の白が地味な灰色の町に彩りを添えている。
そして一番目を引くのは建物の隙間から遠くに見える、スカイツリーの倍はあろうかというコードと機械に覆われた倒れかけの不気味で巨大な塔。
クザンは混乱する頭で1つだけ理解する。
いま自分は何処か遠くの別世界、恐らくは未来に来ている……。
「もしもーし、もうっ!なんとかいってー!」
その場で立ち尽くして動かないクザンに桜は不満気に話しかける。
珍妙な言動と行動ばかり繰り返すこの男をどうしたものかと頭を抱える。
「すまん……」
「あなたそればっか、まぁいいわ、元気になったんだし家帰ったら?」
「わからない……」
「へ?」
「記憶がないんだ……この街の」
「え、マジで、大丈夫?」
「多分……大丈夫ではない……」
「そう……はぁ」
桜は大きな溜め息をつきクザンを家に引っ張り戻す。
「はい、座んなさい」
「……?」
「座って!」
「わ、わかった……」
促されるままクザンは椅子に座らせられる。
桜はベッドの縁に腰掛ける。
「どういうことなの? あなた、さっきから変なことばっか言ってるのよ?」
少しイラつき気味の表情から心配そうな顔つきに表情を変え桜はクザンに語りかける。
クザンは彼女に面倒をかけていることをひしひしと感じつつ、しかし彼女しか今、頼れる人はいないので正直に全てを話すことにした。
「言った通り、記憶がないんだ……君の言った西暦が正しいのなら……その……50年間の」
「まだよくわからないけど……?」
「簡潔に言うと、俺は今2020年までの記憶しか持っていない、普通に家で夕食を食べ、眠りについて、目覚めたら君のベッドの上にいたと言うことだ」
「でも色々おかしいよね、それ」
「ああ、鏡を貸してくれないか」
桜は洗面所から鏡を持ってくる。
クザンはもう一度自身の顔を観察する。
「やはり、髪が伸びているが顔はほとんど変わっていない」
「あなた、20代後半ってとこかしら?」
「そうだ、俺は28歳、1992年、2月1日生まれのはず……」
「やっぱり滅茶苦茶、さっきも言った通り今は……」
桜の言葉をさえぎりクザンが続ける。
「2073年復興48年……だろ?」
「その通り、あなた自分でもわかってるだろうけど色々クレイジーな事言ってるよ、普通なら生きててもヨボヨボのおじいちゃんのはず」
「あぁ、理解はしている、正直タイムスリップでもした気分だ」
桜も普段なら頭のおかしい人間の戯れ言と相手にしないかもしれない。
しかしこの男はそのような感じではない、この男にはきちんとした理性と思慮深さを感じたのだ。
「あなた、何か歴史の研究でもしてたんじゃない? それで頭打って記憶と知識が混濁してるとか?」
「だといいんだが、過去の記憶が鮮明すぎる……嫁や娘の事も、2020年の記憶も、俺には幻とは思えない……」
「うーん」
様々な憶測や推論を二人で交わし会うがどうあがいても話はまとまらない。
「とりあえず、警察のような所はないか? そこで行方不明者に自分のようなものがいないか聞いてみようと思うんだが……少なくともタイムスリップしたのでなければ俺はここで50年、生活していたはずだからな」
「それはまだ駄目ね」
彼女はピシャリと言い放つ
「何故だ?」
「いまさっき気づいたけど、あなたこれ、持って無いでしょ?」
彼女は自身の左手首にはまった薄い青色をしたセラミックス製の腕輪を指差す。
「この都市は指令府に許可されたものしか住めない仕組み、そしてこの腕輪は居住権を持っているかどうかの証。あなたがうっかり警察に行って、この腕輪の有無を確かめられようものならこの都市を問答無用で追い出されてしまうわ」
桜は続ける。
「しかもこの都市の外側は入都希望の人が暮らすスラムと廃墟が広がるだけ、村みたいなのは少しは有るけどこの都市の生活レベルには遠く及ばない。そんなところに記憶もない状態でほっぽりだされたら間違いなく詰みよ」
クザンは彼女の言う腕輪を何処かポケットにでも入っていないかと確かめるも徒労に終わり、自身の置かれた状況に途方に暮れて言葉につまる、自分だけならともかく、妻と娘、両親のこと、そして彼女が何の気なしに言った現在の日本の現状、考えなければならないことが多すぎる。
「なぜこんなことに……解らないことが多すぎる……」
困り果てたクザンを見かねて桜は言う。
「うーん、まぁ、今日のところはここで寝たら? 来客用の部屋があるから少しの間はそこにいていいよ」
「いいのか、こんな得体の知れない男を泊めて」
「んな弱り果てた仔犬みたいな表情されたら見捨てらんないよ、それに寝て起きたら記憶戻ってるかもよ?」
「恩に着る……」
「あはは、やっぱり50年前の人ってのはホントなのかもね、しゃべり方が古臭いや」
「そ、そうか?」
「うん、おじいちゃんっぽいよ、あはは! 明日になってもし記憶が戻らないんだったら頼りになる人紹介してあげる、今日はゆっくりしなさいな、そういえばあなた、名前は?」
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