そのふたつの円に入るには

カゲトモ

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「こんばんは」

 かろん、と控えめにベルを鳴らして来店したのは、名前は分からないけれど誰を想っているかは知っている人。確かヤマギシさんの会社の取引先の人だ。

「いらっしゃいませ」

 にっこりと微笑むと、男性は店内を見渡して少しだけ残念そうな顔をした。そうだよな、今日はヤマギシさん来てないから。

「こちらへどうぞ」

 男性は小さく頭を下げてカウンターへ腰かける。彼が来たのはどれくらい振りだっけ? あの頃はまだ冬の名残があったはず。あの日は彼と入れ違いにヤマギシさんが出て行ってしまって残念そうにしていたんだ。しかもヤマギシさんは彼が挨拶をしても全く分からないようだったし。残念ってまさにこの事? なんて失礼過ぎか。

 一杯目のカクテルを作り終えて彼を見ると、しきりにドアの向こうを見ているようだった。

・・・もしかして待ち合わせしてきた、とか? 前回あんな感じだったのに?

 もしかして俺が誘ってみたらって言ったから? 

「いや、実は今日こちらに伺うって聞いて」

 聞いて?

「その、実はまだ誘えてなくて。今夜時間が出来たらこちらへ行くって会話が、聞こえていたので」

「・・・なるほど」

「あっストーカーとかじゃないですからねっ俺も、その、飲みに来たいなって思っていたからであってっ」

 どんどん早口になる男性。大丈夫大丈夫、分かっているから。と、そういう顔つきで微笑んでみせる。男性は恥ずかしそうに顔を伏せた。

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