第16話 凌辱と虐殺そして奪還

「アミティエは動作を停止しました。強制停止です。現在クラージュはアキツシマとの衝突コース上にあります。衝突予測は約120分後。回避するための時間は20分必要です」

 ミニョンの報告に由紀子が質問する。

「主AIのアミティエが停止した状態でクラージュのコントロールは出来るの?」

「出来ません。クラージュをコントロールする為にはアミティエの起動が不可欠です」

「ここからアミティエの再起動は可能かしら」

「可能です。しかし、コクピットにいる犯人に察知されます」

「じゃあ、私は残り20分で衝突回避のためのシークェンスを構築します。紀里香姉様が来れなかった場合の保険です。辰兄様は引き続き紀里香姉様へ状況を報告してください」

「でも、他の人を助けに行かなくていいのか」

「先ほども言いました。衝突回避こそが最重要です。その辺で誰か撃たれてもここが落ちなければ回避可能なのです。兄様、心を鬼にして下さい。目先の事に捕らわれないで。正確な情報提供こそ、多くの人命を救うのです」

「わかったよ」


 俺はメールを打つ。

 コクピットが占拠された事。

 パイロット3人は射殺された事。

 AIが機能停止させられた事。

 クラージュとアキツシマが衝突コースにある事。

 あと120分で衝突する事。

 エミリさんは無事。

 ジャンさんともう一人の男性が射殺された事。

 その他のアテンダントも早々に射殺された事。

 そして今、船室では多くの人が虐殺されている事。


 クラージュの客室は6つに区切られている。

 奴らは大人と子供を分けた。

 子供たちは右側に大人たちは左側に閉じ込められた。

 そして、左側の客室に押し入った犯人達は、強姦と殺人を楽しんでいるのだ。

 自爆テロだから、もう死ぬんだから、最後の時間は好き勝手にやってやる。

 そんな意志が見えてくる残虐な行為だ。

 俺は冷静にその情報をメールで送る。

 男性が頭を撃たれた。

 今、女性が二人がかりで犯されている。

 さっき犯されていた女性は性器に銃口を突っ込まれて射殺された。

 頭の皮を剥がされる女性。

 生きたまま首を斬られた男性。

 乳房を切り取られる女性。


 胸が苦しい。助けたい。でも、何もできない。

 怒りが爆発しそうだ。

 しかし、冷静に、正確に、メールを打ち送信する。

 ミニョンは各カメラの映像をパネルに映し出す。

 その状況を客観的に報告する。

 俺はそれを紀里香さんに報告する。


「辰兄様。今、子供達が押し込められている部屋をロックしました。犯人には開けられません。子供達だけでも助けます」

 妹も考えているようだ。さすがに子どもたちに手を出すのは阻止したい。

「私はここにいていいの?これでも宇宙軍なんだけど」

 エミリさんの質問に妹が答える。

「今はここにいてください。恐らく紀里香姉様が突入の指示を出されます。その時に合流してください。それまでは此処を守ってください」

「分ったわ。着替えます」

 どっちが年上なんだかわからない。

 エミリさんは俺の目の前で服を脱ぎ始めた。俺は彼女の下着姿から目が離せなかったのだが、由紀子に蹴られてしまった。

「兄様。エミリさんがお綺麗なのは承知してます。見たいという欲求も理解します。しかし、今はちゃんと仕事してください。もう一回蹴りましょうか?」

「スマン。まじめにやる」

 俺は報告を続けた。エミリさんは濃いグリーンの作業服のような戦闘服のような服に着替えていた。

 無粋な服装だがそれでもスタイルの良さは際立っており、将来結婚するならこういう人が良いなと考えてしまう。


 また妹に蹴られた。


「何回言ったら分かるのかしら。もうエッチなんだから」

「スマン」

「あら、ユキコちゃんも見つめて欲しいんじゃないの?」

「いえ。結構です」


 顔色一つ変えず、冷徹に返事をする妹である。ここは真っ赤になって否定するのがお約束だろうに可愛げがない。


 左前の部屋に閉じ込められた40人が全て虐殺された。

 犯人6名は次の部屋へ入り、また凌辱を始める。

 その時紀里香さんからメールが入る。

 俺はメールを読み上げた。

「読みますよ。『今、アキツシマから発艦しました。後10分ほどで接触できると思います。それまで頑張って』だって。後10分で助けが来るんだね」

 エミリさんもほっと一息ついた。

 しかし、由紀子は渋い顔のままだ。

「紀里香さんは『雷光』で出撃してますね。これは戦闘機ですよ。大型のレーザー砲を搭載しています。僚機は、え?機動攻撃軍のバリオン?C装備だって?これ、撃墜する気満々の装備じゃないの。何考えてるの紀里香姉様は!」

「由紀子ちゃん落ち着いて。きっとアキツシマ側に内通者がいるのよ。だから救助艇じゃなくて戦闘機で出てきたんだわ」

「なるほど、戦闘機なら、そうか、たとえクラージュを撃ったとしても破片はそのまま衝突する。戦闘機なら乗っているのは一人。救助艇で来るよりは犯人側への圧迫は少ない。まさか乗客もろとも撃つなんてないからね。紀里香姉様と私達協力者で制圧できるって計算なんだわ」

 したり顔の妹である。さすがは紀里香さんってところだろう。

「お、またメールが来た。爆発物はないか?だって」

 俺の質問にミニョンが返事をした。

「爆発物はありません。雷光とバリオンが接近中です。右舷より接近。うまく背に回りました。犯人からの死角に入っています」

 俺は無いと返事をした。

 なるほど、そういう事か。船内の情報をキッチリと教えることで確実に裏をかく。

 妹の作戦はこうだったんだ。

「紀里香様から通信が入りました。繋ぎます」

 ミニョンが操作しているのだろう。パネルに宇宙服を着た紀里香さんが映る。

「船内の状況は把握しています。今からコクピットに突入します」

「エアロックから入ると犯人に気付かれるわ」

 エミリさんにの言葉に紀里香さんは笑って答えた。

「大丈夫、天井剥がすから」

 その時船体がガタガタと揺れた。まさか本当にコクピットの天井を剥がしたのか。

「コクピットの天井剥がされました。パイロット2名コクピットに突入、制圧しました」

 奇襲とはこういう事なのだろう。思っても見ない大胆な方法で、しかも迅速だった。

「アミティエ再起動しました。クラージュは減速開始、衝突コースから離脱します。月の周回軌道へ変更中です」

「じゃあ私は行くわね」

 エミリさんがアサルトライフルを構え厨房から出ていく。

 しばらくしてミニョンが報告を始めた。

「客室Cから犯人が出てきました。紀里香さんとエミリさんが応戦しています。4人倒しました。残りの犯人は再び客室Cへ入りました、立てこもるつもりのようです。エミリさんが狙撃。犯人二人は射殺されました。船内制圧完了しました」


 終わった。自爆テロの実行犯は全て射殺された。クラージュは衝突コースから離れ月の周回軌道に入った。


 途端に妹が泣き出した。

「辰兄ちゃん。怖かったよ。うええええん」

 さっきまでの冷徹指揮官は何処へ行ったのか。元に戻った妹は普通のか弱い小学5年生になっていた。

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