第二章 Starship Breakers
第9話 カウントダウン
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「発射1分前」
AIのアモールがカウントダウンを始める。
俺はAIにはいつも名前を付けている。amour、フランス語で愛と言う意味だ。
「59……58……57……」
俺は今、ランスに乗り込んでいる。全長120mにもなる巨大な槍。こいつを飛ばして小惑星にぶち込むのが俺の仕事だ。
「56……55……54……」
戦艦シキシマに接続された巨大なレールガン。全長は5000m程。貨物投射用のカタパルトを改造した特別仕様だ。ここから発射されるランスの初速は秒速100㎞。更に多段ロケットで秒速500㎞まで加速する。地上の感覚じゃとんでもないスピードだが、宇宙じゃ昼寝してるようなもんだ。
「53……52……51……」
こんな速度じゃ月まで10分、火星までは2~3日かかっちまう。
たった光速の0.17%だ。
「秋山中尉、行けるな」
「何時でも来い」
「結構。健闘を祈る」
「了解」
今の声は山崎艦長だ。シキシマの女傑。姉御肌の親分だ。
「45……44……43……」
そんな速度じゃあ間に合わねえって事で、途中ワープする。高次元通って瞬間移動。ワープ前後のデリケートな操作が俺の仕事。他はほぼ自動化されている。
「秋山君。落ち着いて。必ず帰って来て」
「ああ、わかってる」
今の声は操舵士のアイリーン時山。美人じゃないし不器用だが優しい娘だ。
「39……38……37……」
「秋山、ビビッてしくじっても構わないぜ。俺がケツ拭いてやる」
「うるせえ。黙ってろ。気が散る」
俺が決めるからお前に出番はない。バックアップの宮地大尉。俺と同型の機体に乗って待機している。
「30……29……28……」
「周囲に障害物はありません。進路クリア」
電探からの報告だ。クリアじゃなかったらどうするんだ。全く
「20……19……18……17……」
発射の瞬間は緊張する。この加速Gは殺人的だ。
「10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……0」
「ランス発射」
強烈なGがかかる。ぶよぶよのG吸収ゲル素材のシートに体が押し付けれられる。この瞬間、目が見えなくなった。
「プラズマロケット点火しました。速度110……120……130……」
また強烈なGに押しつぶされる。しかし、最後の核に比べりゃまだまだ子供だましだ。
「速度180……190……200。核融合ブースト起動しました。加速Gにご注意ください」
これをどう注意しろっていうんだ!
加速度アラームが鳴り響く。耳が鳴り何も見えない。
「速度300……350……400……450……500……ブースト終了しました」
強烈なGから解放され、視界が回復していく。
一息つきたいところだがそうはいかない。残り約1億kmを跳躍すべくワープに移行する。
「次元跳躍航法準備開始します。現在座標確認。目標確認。跳躍最適化確認。最終コース確認しました。承諾どうぞ」
来た。デリケートな操作。
ワープ失敗の際の免責事項の承諾だ。
俺は迷わず承諾をタッチする。
「次元跳躍航法開始30秒前……29……28……」
またカウントダウンが始まる。
「27……26……25……24……23……22……20……」
さすがに飽きて来たが意識を集中させる。
「19……18……17……16……15……」
次元跳躍航法……正式には次元昇華変異による高次元跳躍航法だと言う。
意味はさっぱりだ。
「14……13……12……11……10……」
しかし、次元昇華変異している時、まあ高次元存在になっている時の恍惚感は忘れられない。
「9……8……7……6……5……4……3……2……1……0……次元跳躍航法開始します」
その瞬間、視界は虹色の光に包まれる。
高次元の光は暖かく、ゆっくりなふんわりとした不思議な光だ。
重い肉体を脱ぎ捨てたような解放感を味わう。
これは本当に気持ちがいい。
唐突に暗くなる。元に戻った。
「三次元空間へ回帰しました。目標まであと25秒……24……23……22……21……20……」
光学カメラが小惑星を捉えた。球形ではない歪な形状をしている。
「小惑星の重心を再計算します。特定しました。進路修正0.0012」
「了解」
AIの指示通りに修正をかける。正確に重心を貫かないと細かく破砕できない。
「目標まで10秒……9……8……7……6……5……4……3……2……1……着弾しました」
大きい衝撃を感じた。
その瞬間、俺の意識は宇宙空間に投げ出されていた。
小惑星が粉々になって、破片が円盤状に広がっている。成功した。
その後すぐに俺の意識は強い力で何かに引っ張られる。
何も見えなくなった。
「秋山中尉、秋山中尉」
ゆさゆさと体をゆすられている。
わかっている。わかっているとも。
一旦離れてしまった霊体が元の体に戻っている。
しかし、感覚が正常になるまで時間がかかるのだ。
目を開くと目の前にアイリーンがいた。
「秋山中尉……辰彦」
俺の胸で涙を流している。
「帰ってきてくれた」
「ああ」
俺はシキシマの医務室で横になっていた。
艦長と軍医が入ってきた。
「中尉、成功だ。体調はどうか」
「ええ。まあまあです」
「義体はどうだったかね?」
「特に不都合は無く自然に扱えました」
軍医が俺の診察を始める。上半身を脱がされ検査器具をあちこちに当てる。
「異常はないようだね。念のため48時間は安静にしておくように」
軍医はアイリーンを見つめにやりと笑う。
「まあ、ほどほどにな」
艦長と一緒に笑いながら部屋を出て行った。
途端にアイリーンは俺に抱きついて来る。
俺は彼女を抱きしめキスをした。
義体から元の肉体に戻った爽快感と、最愛の女性を抱きしめている幸福感に包まれていた。
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